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灰色の魔導士〜レディキャットの婚活調停〜  作者: 玖桐かたく
第二章
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地図と交錯Ⅰ

 麗しのドレス姿、ではなく乗馬服に似た男性と同じような、動きやすさを重視した服を纏ったレディ・キャットは使節団の宿舎へと出向いていた。そう遅くもない時間なのに、朝食の時間を少し過ぎた頃に王宮へと魔導士の青年シルバーに会いに行けば、すでにその姿は王宮を辞して使節団の下へと戻ってしまっていたのだ。


 仕方なしにレディ・キャットも、そのまま使節団の宿舎へと足を向けることになった。幾らも探さないうちに、目的のシルバーの姿が見えたので近づいて行く。


「へぇ…なら、太古の神々が旅立つ前には、この世界には魔導力は存在していなかったことは、すでに立証済みなのか。それも何処かの遺跡からの文献とかかい?」


 ぼさっとした黒髪の青年が、朝日に銀髪を煌めかせた青年の横で幾つかの紙の束を手に熱心に話しかけているのが聞こえた。遅かったとレディ・キャットが思ったのは間違いではないだろう。まさか、こんなに早くから王太子殿下がシルバーにはりついているとは、思いもよらなかったのだ。

 足早に二人の青年の元へと近寄ると、少々低い声で来訪を告げた。


「おはようございます。シルバー殿、それから殿下も」


 にっこりと笑顔を浮かべながらも、何処か殺気立ったようなレディ・キャットの雰囲気に片方は気付いて苦笑を、片方は気付く事もなく満面の笑みを返してきた。


「おはよう、レディ・キャット。珍しいね、こんな所に足を運ぶなんて。今回の疫病の件については特に貴女には辛いものだと思ったけど」

「おはよう、レディ・キャット。早速、国王陛下の許可が降りたようだのかな。とりあえず、先客が居りますから少し待ってもらえますか」


 二人のそれぞれ違った返答に、彼女は悪戯な眼差しを光らせて次の一言を告げた。夕べ、国王に頼まれた仕事を早速する羽目になっただけではあるが。


「殿下、今朝は今頃、会議室でこの度の疫病による人口の調整などに関する会議の時間だったはずですが、どうしてこちらに居られるのでしょうか?ああ、それとも殿下は陛下臨席の会議に用はないと…?」


 自国の王太子からの質問は綺麗に流して、逆に質問を返す不遜な対応をしながらも、効果は覿面だったらしい。一瞬で前髪に隠れていない部分の王太子殿下の顔色がさっと青くなる。一応、マザコンで歴史と考古学オタクであっても、国の事を投げ出すほどの愚鈍ではないのだ。王族たるものとして、その最低限の義務を守る気はあるようだ。


「そ、そうだった。今から行っても遅刻だな…でも、下手に会議が纏まるよりはましだが…仕方ない。魔導士殿、申し訳ない。また次の機会に是非続きの話を!」


 数舜の葛藤を言葉にしながら、そう言うなり脱兎のごとく、王宮方面へと護衛を引き連れて走り去っていく。護衛達の配置の早さが見事なものであった。それだけ、常習犯ということだろう。


「さて、シルバー殿。先客はお帰りになられました。貴方がお聞きになりたいことを、如何様にもお話いたしましょう。ただし、陛下の女性問題などはお答えしかねますが」

「仕事が速いね、貴女は。それにしても殿下も重要な会議をすっぽかすなんて、それほど魔導士に興味があるのかな」


 王太子殿下の姿が見えなくなったころ、レディ・キャットはシルバーに告げると、冗談っぽく手にしていた乗馬用鞭を手の上でピタピタと揺らした。

 面白そうに王太子殿下の姿を見送っていたシルバーだが、レディ・キャットの有能さに関心して肩を竦めた。


 王太子殿下が去ったせいなのか、次から次へと舞い込んでくる部下の要請に、シルバーは的確に指示を出しながら宿舎の外に張られた天幕へと歩き出す。レディ・キャットも、つられてその後を追うように歩き出した。


「シルバー殿、はっきりと申し上げておきますが、殿下は考古学関係になるとうっかりとした所が多いだけです。他では、一応王太子としての義務は果たしておられます。政治にも的確な判断を下す事が可能ですが、ただ難点としてはあの容姿のせいか、本人の趣味のせいなのか、あのお年になられても妃殿下がおられませんが…」


 言っているうちに、レディ・キャット自身も弁護なのか非難なのか判らなくなってきてしまい言葉をとぎれさせてしまう。そう、確かに彼女は王太子殿下の弁護をしようとしたのだが。深い溜息が彼女の口から吐き出された。


「ああ、それも謎なんだよね。殿下って、妃殿下候補なら引く手あまただと思うんだが…って、敬語とか面倒臭いからやめていいかな?」

「敬語等は構いません。シルバー殿の楽な話し方で結構です」


 シルバーはレディ・キャットにとっては謎な発言をしていた。引く手あまたという単語が、あの王太子殿下にどう当てはまるのか不思議で、首を傾げている彼女にも関わらず、シルバーの歩みが止まる事はない。


 たどり着いたのは他に配置された天幕よりも一際大きい天幕。指揮系統の最上位という事が一目で判る。だが、その内は書類の山や適当に置かれた机や椅子、木箱等という姿をレディ・キャットは見ることになった。


 普段、煌びやかな場所を目にしている人間にとっては、あまりに質素で実利しかない天幕の姿である。

 レディ・キャットには魔導士たちの指揮がどう取られているかは知らなかったが、天幕の内には二人の部下しか居なかったのが驚きではあった。


 シルバーはレディ・キャットをその内へと招くと、二人の部下達が天幕の中央のテーブルに広げている地図を眺めながら、シルバーは地図に書き込まれた様々な情報へと指を走らせ目を滑らせていく。

 シルバーの動きに釣られて覗き込むように、レディ・キャットもテーブルの上の地図へと視線を落とす。


「これは、疫病が広まった地域の地図ですか?」


 シルバーも他の部下たちも咎めたりしないので、どうやら構わないらしい。地図に記された地域の一部は彼女の父が治めていた領地も含まれていたため、レディ・キャットには地理を直ぐに把握することが出来た。


「んーやっぱここだよな。風向き、流通、人の流れ、水の流れとしてみても…」


 シルバーが一つの村を指差せば、他の部下が地図の上に書かれた幾つもの線状の物をなぞってやはりシルバーの指差す村へと辿り着く。


「お…じゃなくて、隊長。そこしか、検討がつきませんよ。おかしなことっすけど」


 何かを言いかけて、もう一人の部下に睨まれた若い部下は、シルバーが指差している村を地図の上で小さな丸を描いて囲った。


「ですが隊長、北方のこの地で、更に国内でも北方に当たるこの過疎地で発生するとは、何か嫌な予感しかしませんが」


 先程、片割れの部下を睨みつけた髭を生やした壮年といった年頃の男が、シルバーに疑問ばかりだと首を傾げている。シルバーと共に地図を眺めていた部下の二人は魔導士だった。何か言いかけて睨まれた方が若く二十代だと思われる見た目で、左の腰には数種のガラス玉を吊るし、中でも回復魔導を示す桃色が多く連ねられている。代わって、髭の男は四十手前だろうという雰囲気ながらもシルバーへの対応が丁寧だ。もちろん、彼の左の腰にも数種類の色合いのガラス玉が紐に連ねられていた。


 二人とも右側の腰紐に吊るした紐よりも、左の腰に吊るした紐のほうがガラス玉の数が多い。レディ・キャットは、以前、魔導士について聞いたことのある情報を思い出していた。


 左の腰に吊るすガラス玉は癒しや研究等の文官といった序列で、右の腰に吊るすガラス玉は戦闘などの武官といった序列だったと。序列が上がれば上がるほど、実力も上がっていきガラス玉の数も増えていくという意味だったはず。シルバーの左の腰には、二人よりも断然多くの色取り取りのガラス玉が吊るされているが、右側の腰は常に白いマントで隠れてしまっていて窺うことが事は出来そうもない。


「そうだなあ…これは、故意に発生させられたものか、または神の遺産の一つが稼動した可能性が高いな。ちょっと、疫病のほうは対処法も判ったし、治療も安定してきたから、手の空けれる魔導士を何人かこの村に派遣するか。この村、なんて名前なんだこれ…」


 交わされていた会話に割り込むような形で、レディ・キャットは丸で囲った村の名前を口にした。


「ディ・ソルト・フェ・ラ村です」


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