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灰色の魔導士〜レディキャットの婚活調停〜  作者: 玖桐かたく
最終章
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最終章

 最終章


 魔導士たちがハスティ国へとやって来た時から僅かな月日ではあったが、季節の移り変わりの早い時期な為、朝晩はひやりと冷たい空気が北国であるハスティ国には降りる。

 魔導士たちが中央に戻る頃には、ハスティ国は冬の足音を聞き初め、中央もまた夏の暑さを忘れているだろう。

 そんな冴えた空気の朝、魔導士たちが荷馬車を整列させていた。

 先日、シルバーが言った通りに帰還する為だ。

「忘れ物もなさそうだし、何かあったらハーラルト頼むぞ」

 未だ銀髪に戻り切れていないシルバーは、髪を後ろで括り旅の邪魔にならないように纏めていた。中途半端に、銀髪と金髪が混じり、白髪のようだとチェルソが呟いた事が原因でもあるのだが。その後のチェルソが味わった恐怖は押して知るべしだろう。

「心得ております。早めに一時交代要員を送って頂けますし、私の方は大丈夫ですがチェルソと隊長が問題を起こさないかが心配です」

 何処か諦めたような眼差しのハーラルトだが、かしこまった態度でシルバーに対峙していた。チェルソのみならず、自らの上司の弾けっぷりも不安要素満載なのだ。

「まあ、なるようになるさ」

 考えても仕方ないとばかりに肩を竦めて笑ったシルバーを、見送りと称して立ち合いに来ていたレディ・キャットが、ハーラルトの心配も理解しつつ、シルバーの前向きな思考回路にも理解が出来てしまい言葉がなかった。

「ねえ、シルバー。一つ聞きたい事があったのだけれど…」

「ん?何か問題でも残っていたかな?」

「問題というか、シルバー貴方が婚姻調停をした内容について、選択肢に貴方が含まれていなかったのが不思議なのよ。私、貴方なら押し倒せそうだと第一印象で思っていたのよ」

「ああ……」

 レディ・キャットの身も蓋もない発言に、傍にいたハーラルトとチェルソが噴き出して、そのまま噎せて苦し気にしたが、シルバーはちょっと遠い目をしただけであった。

「私ではね、レディ・キャットの候補にはなれないんだよ。まず、条件の第一段階で振り落とされてしまうからね」

「第一段階……?」

 どういう事だろうと、レディ・キャットが首を傾げていれば、シルバーはレディ・キャットの腰を引き寄せるように腕を伸ばし、自らの傍へと寄せる。

 まるで抱きしめているかのような距離感である。それを、遠目で見ていた国王とエーベルハルド殿下が何やら叫んでいるようだが、レディ・キャットは敢えて黙殺した。

 何故なら、シルバーからは艶事の雰囲気が一切感じられないのだから。

「ずっと偽名だったけれど、貴女になら話しても大丈夫そうだから言っておくよ。私の名はね……」

 言いながらシルバーはレディ・キャットの首筋に顔を埋めるかのように耳朶へと唇を寄せる。

 そして、告げた。

「私の真実の名は、『シュルヴィ・シュルヴェステル・ホルソ』と言うのさ。長になってからは、名を呼ぶ人も居なくなってしまったけれどね。この見かけと名前もあるし、闇と光の魔導に長けているから、人によっては私の事を白でも黒でもない灰色の魔導士と呼ぶのだけどね」

「え……ファーストネームが真実だとすれば、お……」

 思わず、叫び出しそうになったレディ・キャットは、自らの口を自らの手で勢いよく塞いだ。

 初めから、偽名などではなく真実の名を聞いていればこんな誤解もなかったのだろう。

 シルバーという単語を、別の言語の名前に変えた女性名であるという事など。

 そう、つまり名前を聞いただけでレディ・キャットが悟ったように、シルバーの性別は女であった。

 道理で、第一条件から外れるわけである。

 国の法に照らせば遺産を相続する為に必要だったのは男の婚姻相手なのだから。

「まあ、私はどちらもイケる口だから、今回の調停の条件がなければ、私も候補に入れても良かったのだけどね」

 悪戯が成功したかのような、楽しそうな笑みを浮かべたシルバーは抱き寄せていたレディ・キャットからそっと腕を解いて、レディ・キャットの手を取る。そして、不思議と気障に見えない仕草で、レディ・キャットの手の甲へと口付けを落とした。

 遺跡調査において、同じ天幕で寝た時など、いらぬ誤解を持たれないかと悩んだレディ・キャットにとっては、早く言って欲しい重大な内容であった。

「シルバー、貴女ってば…悪戯好きね!でも、いい友達になれそうだわ」

「おや、友達になってくれるなんて光栄だ。魔導士の中では、中々友達も作れないからね」

 憤慨すると思ったレディ・キャットが、苦笑を零しながらもシルバーに告げた言葉は、シルバーにとって真実嬉しいものだった。

 しかも、レディ・キャットのような性格も合う友人というのは、中々作れるものではない。疫病調停に来て、シルバーにとっての一番の収穫が、レディ・キャットという友人を得たという事なのは、本人の心の内に仕舞った大切な秘密となった。

「隊長、支度整ったんで出発出来るっすよ」

 他の魔導士からの報告を受けていたチェルソが、手を振ってシルバーを呼ぶ。

「では行くかな。レディ・キャット、渡しておいた魔導具で調停の結果を頼むよ」

 立ち去り掛けたシルバーの白いマントを咄嗟にレディ・キャットは掴み、思わずといった様に足を止めたシルバーの耳元へと告げる。

「婚姻の方は、結論はもう出ているのよ。今からエーベルハルド殿下に見合った王太子妃を教育するのは大変だから、私が苦労する覚悟よ。でもね、貰った魔導具は大切にするから、友達としての会話を楽しみましょう」

 そう口早に告げたレディ・キャットは、白いマントから手を離すと、シルバーを見送るべく手を振った。

 告げられた内容に、シルバーは思わずといった笑顔を見られないようにか、振り返る事無く後手に手を振って、そのまま魔導士たちの集団へと紛れていった。

 ハーラルトと、駆けつけて来た国王やエーベルハルド殿下と共に、レディ・キャットは魔導士たちの姿が遠くハスティ国から去っていくのを、それは楽しそうに長い事眺めていたのだった。



◇◇◇



「長ー面白い国だったっすね」

「んーそうだな、まあ悪くはない。王位継承やら、戦関連の調停に比べれば断然に楽な調停だったな」

「それは、比べる調停が酷すぎっすよ。そこらの調停は、俺らぐらいの魔導士には回ってこないっすし、長にとって今回の調停では魔族相手に暴れれたから楽しかったんじゃないっすか?」

「はははは、チェルソ。時には真実からは目を逸らしておくものだぞ。さて、この辺りでいいだろう。なるべく若手や右の魔導に慣れていない連中を連れて行けよ。他の面子は、昼の支度でもして休憩しているからな」

 騎乗の上で会話していた二人は、ハスティ国から中央へと帰る途中。

 シルバーはそんな道中の森深い、旅人の姿の見当たらない主要街道から逸れた道で一行に止まるべく手を上げて指示を出した。

 シルバーの指示に従い隊列が順調に止まり、指示を受けたチェルソが、魔導士として若い者や右の魔導に慣れていない魔導士を呼び集めていく。

 そのチェルソの行動の意味を悟っている古参の魔導士は、進んで若手などをチェルソの元へと向かわせて、自らは昼休憩の支度を始めていく。実に決められた物事を、ただなぞっていくかのように当たり前の動きで。

「それじゃ、長行ってきます。あまり時間を掛けずに戻りますので、食事の方は長の方で頼みます」

 珍しく、真面目な言動でチェルソがシルバーへと告げる。いつもの気軽な言葉遣いではなく、魔導士として仕事をするという思考に切り替わったのだろう。

「ああ、いつものように赤と肉をメインに用意しておくから、お前の方も形も残らないようにしてこいよ」

 にやりという形容詞こそが相応しいような、そんな笑みを浮かべたシルバーがチェルソに指示する。これもいつもの事。

 そう、捕獲していたはぐれを人の形を成さない程に抹殺処分する事で、魔導士として未熟な者たちの精神に刺激を与えた後に、戻った休憩の昼食を平然と食べられるようになるまで行われる虐めのような魔導士たちの精神的教育の一環であった。

 古参の魔導士たちはそれを知っているからこそ、不慣れな者達を進んで送り出したのだ。

 自らも通ってきた道だと。

 そうして、魔導士は右の魔導を行使する時に躊躇しない精神力を養っていくのだった。

「了解です」

 まるで、王の指示を受けた騎士のごとく、チェルソがシルバーに対して一礼すると、自らが選び古参たちが勧めてきた魔導士を連れて森へとはぐれの処理に消えていった。

 それを見届けると、陽の光に煌めく金髪を指先に巻き付けて遊びながら、シルバーは誰にともなく呟いた。

「さて、今回は何人乗り越えれるもんかな」

「二人くらいはそろそろ乗り越えるでしょう」

 何処かタチの悪い笑みを浮かべた古参の魔導士の一人が、シルバーの独り言にそう応えたのだった。

 森の木々が綺麗に紅葉している、そんな見事な森の中で魔導士たちの精神的黒さと白さが入り混じった笑みが楽しそうに浮かべられていた。

 中でも、シルバーの笑みこそまさに灰色と呼べる、この世界の魔導士の存在を体現した笑みであった。


とりあえずレディ・キャットの婚活調停の完結です。

灰色の魔導士としては、他にも同じ程度の分量で話を纏めてはあるので、また時間が出来ましたら他の調停の名前で投稿させて頂くかもしれません。

此処まで読んで下さった方には感謝を。

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