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灰色の魔導士〜レディキャットの婚活調停〜  作者: 玖桐かたく
第一章
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猫と魔導士Ⅱ

 いつもと違い、今夜の舞踏会において女性達の視線をさらっていた人物は、国王陛下のすぐ側の椅子において、至極面倒そうに果物に手を伸ばしていた。その手は、何度差し出されても美酒に伸ばすこともなく、当たり障りない食事と果物、そしてお菓子にのみ向けられていた。


 先日まで、国内において猛威を振るった疫病を収束させるべく、大陸中央にあり何処の国にも属することない永世中立土地の半分を支配する、魔導教会からの代表の一人である。

 その姿は、二十代半ばか前半といったところか、男性にしておくにはとても惜しい美青年であった。だが、高位魔導士とされるだけあって、レディ・キャットの実の父を屠った疫病を手際よく収束させ、見た目どおりの若造ではないという事がうかがえる。現に、共にこの国にきた魔導士たちからも一目置かれている姿を国王自身も見ていた。


 それだけならば、魔導士として優秀なのだと納得がいく。通常、魔導士というものは年齢よりも生まれ持った素質を磨き上げる完全実力主義なのだ。実力さえあれば、年上であろうとも下位となる魔導士たち独特の感覚である。


 それにしても、この青年の姿は美青年と一言で言い表すのが勿体無いと、広間に居た人々は思った。銀粉をまぶしたような銀髪に、混じりっ気のない黄金のような眼差し、それを自覚しているのか百七十センチを優に超す細身のすらりとした身体に纏う衣は、黒地に金か銀の刺繍が所々精緻に入った一見して貴族のような服に、純白のマントを無造作に肩から掛けて、身体の右半分をほぼ覆っていた。

 下手な貴族が真似でもすれば、それは滑稽な道化師となり果てるであろう姿だが、その青年にはその姿がしっくりと馴染み、硬質的なまるで女性を誘惑するかのような美麗な宝玉のような姿にしか見えないのだ。


 おかげで、今宵の舞踏会においては、いつもより好奇の視線や色めいた睦言も少ない。舞踏会における人々の姿をじっくりと観察するという、社交においては必須の情報集めが容易く可能になって助かっていたのは、ある裏の仕事を持っている少数の人間と、それに含まれるレディ・キャットではないだろうか。


 件の青年は未婚既婚問わず、女性達の視線を一身に集めてはいるが、慣れた仕草で微笑みを浮かべては、近寄ってきた女性に対しては、柔らかな声を歌うように返していた。

 人々のさざめきの中でも、不思議と届いて聞こえる声に惹かれるようにして、レディ・キャットも魔導士の青年の元へと歩を進めた。


「こんばんは、素敵な魔導士さん。私も会話に混ぜて頂いていいかしら?」


 猫のような眼差しを和らげて微笑みを浮かべると、国王の側の青年へと声をかける。相手は王族ではないので、こちらから声をかけた所で問題はない。


「もちろん、麗しい薔薇のような方の誘いを断るほど、無粋な性格はしておりませんよ」


 相手も笑顔を返すが、既に舞踏会も半ばを超えているせいか、どこか疲れた表情に見えた。もちろん、周囲の若い女性達には、そのような微細な違いが区別つくともレディ・キャットは思わなかったが。


 そう思いながらも、ふと視界に入った玉座の隣にある王太子殿下の空席。思わず、手にした扇で口元を隠してレディ・キャットは溜息を零した。この国の王太子殿下は、少々変わった性格をしていて、二十代前半にも関わらず、亡き王妃を愛するれっきとしたマザコンの上、こういった煌びやかな席に同席することは、ほぼ皆無といっていい。


 そんな視線に気付いたのか、国王がレディ・キャットに向けて苦笑を一度投げかけたのに気付くと、王の望みを果たすべく亡き元王妃の筆頭秘書官としての誇りを持って、魔導士の青年の周りの若い女の子達を、本人達には押しのけられたと思われない程度に、そっと横に滑らせながら、青年の横に身を滑り込ませる。



「初めまして、魔導士様。私の名はエルティナ・カメリア・キャット。他人はレディ・キャットと呼びますわ。貴方にも、そう呼んで頂いても結構だけど、調停事について少々相談がありますの。少しお時間を取って頂けないかしら?」


 昼間まで、疫病処理の指示をとり、そのまま舞踏会に参加しているのだ。疲れは溜まっているだろうから、国王はこの青年を静かな場所か寝室へ案内するようにと、先程の苦笑で自分に告げていたのだ。彼女を喪中ながら、舞踏会に招待したのもそういう意図があるのだろう。


「調停?うん、それは魔導士にとっては最優先すべき事柄ですね。集まってくれた麗しい皆様には申し訳ないですが、仕事とあれば時間を惜しむ事も出来ません。すみません、可愛い方々。今宵は、ここらで失礼させて頂きます」


 女性達に甘いテノールの声音で囁くと、慣れた仕草で女性達数名の手に口付けを落とし、それがまた気障ったらしくない事にレディ・キャットも不思議な物を見たとでもいうような眼差しを向けていた。


「では、国王陛下。私はこれにて、先に失礼させて頂きます。ああ、王太子殿下とは昼間少しお会いし、考古学についてお話しさせていただきましたので、改めてのご挨拶は不要かと…」


 国王へと青年がそう告げれば、その場に居た総ての人々が納得した。父親である国王でさえもだ。


「そうか、多分また考古学や、歴史について聞きたいと貴方の所へ向かうだろうが、申し訳ない。適当にあしらっておいてくれ」


 王太子殿下の、異常なほどの情熱。長い黒髪を無造作に顔に垂らし、後ろ髪は滅多に櫛をいれることはないのではないかというぼさぼさとした見た目。本来の素顔を、この国の殆どの人間が知らないのではないかというような、見目に無頓着な王太子殿下は、マザコンの上に考古学を好み、歴史マニアな青年は色々と残念な存在として貴族の中では有名なのだった。

 どうやったら、あの美男美女を描いた国王夫妻から生まれたのかとさえ、裏では噂されているほどである。


「王太子殿下は、まだお若い。好奇心も向学心もおありなのでしょう。ですからお気に病まれず。王太子殿下には、しっかりとした女性との婚姻を整えさえすれば、この国も安泰となるでしょう。それでは、失礼致します」


 自らとそう年が変わらないであろう王太子殿下を、そう評しながら国王の憂いまでも察し、微かな助言でもって希望を持たせ、青年はレディ・キャットの手を引いてその場を後にした。

 もちろん、大多数の女性達の、名残惜しげな視線に、背中を文字通り貫かれるのではないかと、冷や汗が出そうなレディ・キャットの心中を知る様子もない青年の姿を、レディ・キャットは興味深げに眺めた。

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