遺産と欲望Ⅻ
「つまり、このルド殿下の従兄弟というはぐれは、自らが王になりたかったって事なのかな?」
「ええ、きっと間違いないでしょう。元より、色々と問題を持っている方でしたが、エーベルハルド殿下の普段の姿を見て侮り、自らが……と。まあ、実際の政務能力としては、エーベルハルド殿下の方が上なのですけれどね」
シルバーが、ルイーダ殿下の目論見をレディ・キャットに尋ねてみれば、レディ・キャットはこれまでのルイーダ殿下の行いから推測した答えをシルバーに溜息と共に返し肩を竦めて首を振る。
これまで、王族である二人の前では見せたことのない、心底馬鹿々々しいとばかりな仕草である。
その姿を見たエーベルハルド殿下が、僅かに反省の色を見せるかのように身を小さくして、先頭を歩くシルバーとレディ・キャットの後ろを歩いていた。
「あ、俺も質問っす。レディ・キャット、影ってなんっすか?」
一行のうち、後ろの位置をハーラルトと共に歩くチェルソが、はいはいっと手を上げて疑問を声にした。
話すべきかどうか、レディ・キャットが悩んだのは一瞬である。
「影っていうのは、この国における王直属の諜報活動などを行ってる人間の事よ。まあ、一種の秘密のお仕事ってことかしらね。シルバー辺りは既に、私の調停を請け負った時に調べたでしょうけれど」
「あ、ばれてる……」
「影同士の繋がりもなくて、互いに影である事も知らされず、ただ陛下の為だけに仕事をしている存在なのだけど、これがまた馬鹿な貴族が多くて仕事が多いのよね……時には、今回みたいな武力行使が必要な事もあるから給料上げて欲しいくらいだわ」
途中、シルバーがレディ・キャットの指摘にぼそりと呟いたが、それに構うことなくレディ・キャットは続きを話しているうちに、段々仕事内容にストレスを思い出してきたのか、愚痴っぽくなって話が逸れていった。
気軽に聞いたチェルソが、内心で聞いた事を後悔していたりする。
「そ、そうっすか。レディ・キャットも大変なんっすね」
どこまでも愚痴りそうな雰囲気を悟ったチェルソは、冷や汗を浮かべながらレディ・キャットの説明を遮るように言葉を被せた。
愚痴を聞いている他の面々も、どうレディ・キャットの言葉を止めようかと思い始めていたので、この時ばかりは皆の心の中でチェルソに喝采が送られていた。
「さ、さてそろそろかな。大分歩いた事だし、遺跡の階層的には地下一階という所だけど、寄り道してちゃちゃっと仕事を済ませておこう」
シルバーが階段を登り切った所で入り口へと続く階段とは別の方向を示して、皆の視線を遺跡の奥側へと向けさせる。
「もう、こんな夜中に十分な運動したことですし、エーベルハルド殿下も休ませてあげなくてはお供の護衛達も心配するでしょうから、シルバー手早くお願いするわ」
真夜中なのに、いらない運動をしたとばかりにレディ・キャットがひらひらと手を振る。
心配されたエーベルハルド殿下としては、貴婦人であるレディ・キャットこそ休ませてあげたいと思っているのだが、そんな男心にはさっぱり気付く事なくレディ・キャットはシルバーを急かしていた。
チェルソやハーラルトとしても、予定外の行動の為に、さっさと天幕に戻って休みたいという思いがありレディ・キャットを諫める事もない。
「私だってさっさと休みたいよ。まったく、馬鹿な魔族とはぐれのおかげで睡眠削れた事だし……」
ぶつぶつと呟きながら、レディ・キャットに急かされるままシルバーは皆を連れて、遺跡の奥側の壁にある、巨大な様々な彫刻が施された扉の前に進んでいく。
詠唱なく、軽く魔導力を手の平の上に乗せて、その手を扉に押し当てれば扉は不思議なくらいに音もなく重さを感じさせずに左右の扉を開いていった。
扉の中は、扉の大きさに半比例したかのように小さな部屋だった。
部屋の中、中央に淡く水色に発光した球体が浮かび、その下に台座のような精緻な彫刻が施された石が置かれている。台座の一方向に、ちょうど人の手の平を乗せるぐらいの大きさで、床から石碑が付き立っている。
その姿は、魔導教会の中央にある浮遊石の起動石である台座のようだった。
「あー水か、水…だから水を媒介に疫病が流行ったのか」
「そうでしょうね。この遺跡の主な魔導力が水の為にチェルソが調べた通り、魔導力の大きい長の魔導力に塗り替えられたという事でしょう」
部屋の宙に浮いている水色の球体を見たシルバーが納得とばかりに言えば、ハーラルトが真面目な声で答えを導く。
十二種の魔導それぞれに対応した色はあるが、水の魔導を示す水色。
水故に、人の魔導力に染まり、染められ、澱み、浄化され、形を持たず流れる性質を持っていた為に、シルバーが呟いた通りに、魔族かはぐれの魔導力によって汚染されて疫病の原因となったのだった。
そして、最後に大きな魔導力を持つシルバーの魔導力に触れて浄化されて、正しい水の魔導の姿を示して目の前に現れたのだった。
シルバーが台座に刻まれた文字を斜め読みした後、ハーラルトとチェルソに、レディ・キャット達を連れて部屋の外である扉の前で待つように指示する。
扉は開いたままなので、シルバーの姿と遺跡の核である部屋の中央に浮かぶ球体の姿は見えたままであったが。
「それじゃ、さっくり済ませるか」
「こちらは、すでに全員室内から退避済みですので、長、お願いします」
指示に従って、シルバー以外が部屋から退避したことを、ハーラルトが告げればシルバーは了解したとばかりに振り返ることなく手を上げる。




