遺産と欲望Ⅸ
「十二柱を担っていると言えば、納得するか?」
苦痛を耐えていた魔族の眼差しから、敵意が一瞬で消える。
シルバーの眼差しもいつも通りに戻り、焔に魔族を押し付けている足をぐりぐりと動かした。
そんな光景を見ていたチェルソとハーラルトが溜息を零し、チェルソの方が声を張り上げた。
「長!遊んでないで、決着ついたならさっさと終わらせてくださいよ!」
「チェルソ、お前は小姑か!今、言質を取って調停するからもう少し待ってろ」
焔と足に未だ纏ったままの魔導力を消さず、それどころか魔導力を強めてチェルソの言葉にシルバーは一度チェルソ達を振り返ってから手を振る。まるで、判った判ったと、幼子をあやすかのように。
「さて、そういう訳で、遊びは終わりしよう。お前の名前を私に預けろ」
魔族へとシルバーが淡々と告げる。
この戦闘の終了を調停する為に。
これが人であったならば、息の根を止めるか意識を失わせるかでいいのだが、魔族故に調停が必要になるのだ。
魔族は、神族が残した魔導力そのものから創られている為に、どんな魔族であっても一体消失させれば世界の天秤が揺れる。弱く殆ど魔導力を持ち合わせていない魔族であっても、世界の均衡が多少なりと崩れる為に調停という形で魔族の名を使い、魔導士の支配を一時的に受けるようにするのだ。これが、魔族の一生を魔導士に支配させる事となれば、魔族も全力で抗い世界の均衡が崩れる為に、一時的という措置として魔族と魔導士との暗黙の了解となっている。
同じく、十二柱を担っている魔導士を手にかける事は、魔族も行わない所業だ。
十二柱を担うという事は、魔導士や魔族などしか正しく理解はしていないが、真実この世界の柱であり、世界そのものと調停を結び世界の魔導力を保つ事で世界そのものを保っている。その為に、先程のシルバーの言葉に魔族も敵意を失ったのだ。
「…ぐっ…判った。此度は私の負けだ。名を預けよう……ヴァルラム」
「確かに、受け取った」
力ある名前を聞いたシルバーは、名と共に魔導力が自らの手に集ったのを確認し、その手の上の魔導力と目には見えないが存在している名に視線を向け、魔族を固定したままで詠唱を紡ぎ出した。
「神より零れ落ち
その身を創りし証
我、ヴァルラムを調律せん
暫しの安息と我が意に従い
調停を受け入れよ」
古き時、魔族との調停に使われる為だけに創られた詠唱。
シルバーは魔族の名と魔導力を組み込み調停を行った。詠唱と共に手の上に光が集い、小さな光の玉が魔族の額へと移動すると、その額へと吸い込まれていったのを確認してから、シルバーは漸く魔族の背にある焔を消して足を退かした。
「十二柱を担う存在を、ただの魔導士と間違えた私の罪滅ぼしとして、調停の期限が切れるまでの間、必要があれば呼んでくれ。必要があれば可能な物ならば手を貸そう」
敵意を失った魔族は、シルバーにそう告げると、自らの従属であるはぐれを歯牙にかける事もなく素早く姿をその場で消し去った。
「な、待て!置いていくな!」
あまりにもあっさりと立ち去った魔族に、残されたはぐれが叫び、黒ローブの下で驚愕し腰を抜かして床に座り込んでいた。同時に、レディ・キャット達に張った結界を解いて、自らも銀色の髪を揺らして床の上に降り立つ。
終わった事を理解しているチェルソとハーラルトに促されて、シルバーの元へとレディ・キャットとエーベルハルド殿下も駆け寄った。
「シルバー!」
「長!」
レディ・キャットとチェルソが声を上げる脇で、エーベルハルド殿下とハーラルトは言葉なくシルバーの元へと駆け寄り近寄る。それぞれの性格がよく現れた反応であった。
但し、エーベルハルド殿下とハーラルトの思いは全く違う方向に向いている。エーベルハルド殿下は魔導力同士の戦いという初めて見た物に対して、興奮の余りに言葉がないだけであり、ハーラルトは流石シルバーの副官を務めているだけあり、逆に落ち着いた様子であった。
「シルバー、魔族を逃してしまって良かったの?」
レディ・キャットが、エーベルハルド殿下の心中にあったのと同じ疑問を口にすれば、振り返るようにして傍に来た四人に視線を向けて応える。
その僅かな動きで、汚れの一つも見当たらない真っ白いマントがさらりとシルバーの身を覆う様に滑りシルバーの姿をいつも通りの姿に戻す。そのマントの動きすら優雅であった。
「ん、それは……ああ、ちょっと待ってね。ハーラルト、はぐれの捕縛を。捕縛したらキシャルを戻してくれ。チェルソは今の戦闘による遺跡への魔導力の影響があったかどうかの確認を」
「はっ!」
「りょーかいっす」
シルバーが片手を上げて、レディ・キャットとエーベルハルド殿下に時間をくれとばかりに示した後、指示した言葉にハーラルトとチェルソが、それぞれの性格のままの了承の意を示して、それぞれ仕事に移動していく。それを見てから、シルバーは待たせていたのを詫びながら疑問に応える。
「二人とも、話しを止めて悪かったね。魔族を殺すと、色々と面倒くさい事になるから、普通、魔族に格の違いを判らせた後に調停を行い手を引かせるのが決まりなんだ。まあ、私が下っ端魔導士だったら、魔族に殺されて終わりなんだけどね」
軽く首を傾げて、苦笑を浮かべながらレディ・キャットとエーベルハルド殿下の疑問に答えるシルバーは、あの戦闘の後だとは思えない程に気楽な口調だ。実際に目にしていたレディ・キャットですら羨む程に、シルバーの髪等はシルバーの動きに合わせてさらりとその背を滑って変わらない輝きと艶やかさを保っている。
「魔族を、やたらに殺してはいけないってことなんだね。魔族というのは魔導力が大きいからそういう事からなのかな?」
シルバーの話に、エーベルハルド殿下が無駄な知識量を頭の中で駆使し、シルバーへと疑問を更に投げ掛ける。魔族の生態など知らないレディ・キャットは、先のシルバーの言葉で納得し、エーベルハルド殿下が口にした事まで気が回らなかった。それが、普通の一般の人々の反応ではあるのだが。
「そういう事かな。まあ、普通の人達が魔族なんてそうそう遭遇するものじゃないから、気にしなくて大丈夫だよ。魔族は、私たち魔導士の管轄でもあるからね」
エーベルハルド殿下の疑問にシルバーが一瞬目を瞠ったが、すぐに穏やかな笑みを浮かべて一緒に話を聞いているレディ・キャットを安心させるように言う。気丈にしてはいるが恐怖もあったのではないかと、貴婦人であるレディ・キャットへ配慮したつもりのシルバーだったが、レディ・キャットの内心はシルバーの心配を全く必要ない程にあっさりとしていた。
レディ・キャットが、影という仕事をしている事を知らないからこそだが、シルバーの意図を察してエーベルハルド殿下も軽い口調になる。エーベルハルド殿下も影だという事実を知らないのだった。
「それもそうだね、魔族なんて生まれて初めて見たし、多分、父上だとて見たことはないだろうからな」
「そうそう魔族など見る状況になんてなっては困ります。国の法の外で好き勝手やられては、陛下も苦労致しますし…」
溜息交じりにレディ・キャットが二人へと返すと、おやっとばかりにシルバーが数回瞬いて、何かを考えるかのように腕を組んだ。
「それも有り…か……上に下に、遺跡の管理をする者と…意外と選択肢はあるな」
目の前にいる二人に聞かせるわけでもなく、ぶつぶつと小さな声でシルバーは呟くと、心の中でメモを取っていた。




