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灰色の魔導士〜レディキャットの婚活調停〜  作者: 玖桐かたく
第四章
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遺産と欲望Ⅶ

 暫く、五人とその使い魔たち二匹が階段を上った後、再び開けた部屋に出た。

 先程の馬鹿みたいに広い広間というわけではなくて、今回はごく一般的な遺跡らしいという感じの空間だ。それでも、通常の人間が暮らす部屋と呼ぶべき広さとは比べる事が出来ないが。


「あー…こっちが先っすか」

「文句を言うな。どちらにしろ、対処しなくてはならない事なのだから」


 ぼそりとチェルソが呟きを零す。

 それも、あまりいい雰囲気ではなく、明らかに面倒事だと言わんばかりの口調だ。

 それに返すハーラルトの真面目な口調。二人の遣り取りを聞く限りではあるが、レディ・キャットもエーベルハルド殿下も厄介ごとだと理解した。

 そんな四人にシルバーが当然だとばかりに頷く。


「まあ、当然だろうな。この遺跡の権限を力尽くで抑え込んでいるからな」

「ちょっ!長、遺跡の権限を力尽くとか、明らかに挑発してるじゃないっすか。それどころか、相変わらずどんな魔導力してんっすかー!」


 チェルソが、緊張した雰囲気もぶち壊すかのように、シルバーの言葉に絶叫を上げた。

 実際、ハーラルトも同じ思いではあったが、言葉にしないだけで密かに瞳を見開いていた。


 レディ・キャットとエーベルハルド殿下といえば、この遺跡に落下してきた当初、シルバーが罠を力尽くで抑え込んでいるというのを聞いていた為、そんなものだろうと軽く思っていたのだが、本職であるチェルソとハーラルトの驚き様に、再度驚愕させられた。


「ふふふふふふ……チェルソ、考えてもみろ。無数の罠、広大な遺跡の作り、更には守護者付き!そんなもの、一々解除していたら、夜が明けても地上に戻れないだろうが。力尽くだろうと、か弱い乙女を脅すわけじゃないのだ、問題はないだろう」

「か弱い乙女だったら、大問題だと思うっすけどねー………」


 シルバーの堂々とした発言に、微妙に突っ込みをいれたチェルソだったが、その思いはその場にいる全員を代表していると言っても過言ではなかった。ただし、突っ込みどころが間違っている事は、すでに全員の感覚が麻痺しているといってもいいだろう。


「まあ、気にするな。私が、か弱い魔族を張り倒してやるからな。といっても、もう一人はぐれがいるみたいだな」


 遺跡内に魔導力を展開していたシルバーは、ぽんぽんっとチェルソの肩を叩いた後に、魔族の気配以外のもう一つの気配に首を捻った。先に捕獲した黒ローブのはぐれが、対峙した時に口にした事を思い浮かべる。そう、「聞いていない」という言葉を発していた。

 同じように、はぐれの発言を思い出していたレディ・キャットが階段での疲労を表に出さずに口にする。


「それは、先程捉えた黒いローブの人物を操っていた人物という事かしら?魔族が、私やエーベルハルド殿下に用があるとは思いませんもの」

「多分、そうじゃないかな。遺跡に対しても魔族は興味を見せる事はないだろうし、十中八九、二人を狙った黒幕……だと、楽でいいな」


 思わずといったふうに、最後に本音をシルバーが呟けば、耳聡く聞いていたエーベルハルド殿下が反応する。


「楽でいいって、どういう事だい?」

「え、ほら……纏めて此処でぶちのめしておければ、後から調査とかしなくても現状証拠になるじゃないか」


 銀色の髪を揺らしながら、後ろを歩いてくるレディ・キャットとエーベルハルド殿下を振り返る事はなく、シルバーは告げる。勿論、若干の後ろめたさというべきか、面倒くさがりな面を見られたと思っているからだ。これまで、散々チェルソとハーラルトを相手に、その性格を露わにしていたが、レディ・キャットとエーベルハルド殿下相手に、正面から自らの性格を見せるのは何処となく恥ずかしさを感じていたシルバーだった。


「それもそうですわね。相手がもしや平常時では手も出せないような大物でしたら、この場で処分してしまった方が手っ取り早いですわね」


 部下のハーラルトとチェルソは、上司の性格故に慣れたものだが、同意を示したのはレディ・キャットだった。

 レディ・キャットとしては、大物貴族等が出てきたりしたら、影としても仕事が増えて面倒くさいことになると思ったのだ。


 此処に、レディ・キャットとシルバーの思いは、面倒事を手っ取り早く片づけるという事において同意をした。ただし、エーベルハルド殿下の思いは放置してだが。


「さて、一体何が出るかな…?」


 何処か嬉しそうに聞こえる声で、シルバーが部屋というより広間と呼ぶべき室内へと身軽く歩く。次の階へと昇る階段へと向かう事なく、室内の壁際へとチェルソとハーラルトを付けて、レディ・キャットとエーベルハルド殿下を移動させると、小さな呟きを紡ぐ。


「誘われし闇と光

 金と銀の瞬きよ

 我が意の元

 護られしモノを示す

 調停を受け入れよ」


 小さく、とても小さく呟いた言葉。ハーラルトとチェルソは驚きに眼を瞠ったが、レディ・キャットとエーベルハルド殿下には聞き取れない発音であった。そして、驚きを露わにした二人が感知したのは驚くべき魔導力の行使。普段、詠唱等というもの無く使われている魔導力が、詠唱によって強化されてシルバーの思いのままの結界をそこに築き上げた。


「これでよしっと、レディ・キャット、ルド殿下。ここに結界張っておきましたから、動かないように。いいですね」


 子供に言い聞かせるかのように、人差し指を立てて振り、にっこりと笑顔を二人へと向けたあと、返答を聞くまでもなく室内の反対方向、闇が凝った方向へと歩き出した。


 返事を返せなかった二人ではなく、チェルソとハーラルトが青ざめる。特にチェルソは青ざめたまま、慌てたように挙動が不審になった。


「うわーうわーうわー……長が、詠唱した結界とか。この遺跡終わったっすよ。これ…魔族なんか目じゃないくらいに終わったっすよー……」


 隣に立つハーラルトを、ゆさゆさと揺さぶりながら、チェルソが我を忘れたかのように言い募る。揺さぶられるままのハーラルトは、眉間を指で押さえて深く深く深―――く溜息を零す。暫く瞑目した後、ハーラルトはチェルソの頭部に拳を落として、チェルソの動きを止めると呟いた。


「こうなったら、祈るしかない。遺跡が崩壊しない事を」


 魔族の心配など欠片もする事なく、遺跡の心配だけをハーラルトは告げて、頭を押さえて座り込んだチェルソと違って諦観した。

 そんな二人の遣り取りに、レディ・キャットとエーベルハルド殿下は、シルバー一人を戦わせる事の心配をする意味がないのだと理解した。

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