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灰色の魔導士〜レディキャットの婚活調停〜  作者: 玖桐かたく
第四章
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遺産と欲望Ⅵ

 二人の声が同時に広間に響き渡る。


「長……?」


 小さくぽつりと呟いたのはエーベルハルド殿下だった。

 レディ・キャットは長という単語を聞くものの、魔導士に詳しくない為にそれ程の反応がないが首を傾げてはいた。

 そんな二人の反応を視界の隅に捉えながら、シルバーはチェルソとハーラルトに溜息を零す。


「ハーラルト、そこにはぐれが転がっているから確保をしておけ。一応、身動きは出来ないようにはしておいた」


 くいっと親指ではぐれの辺りを示しながら、ハーラルトへと指示をすると、広間の状態に驚いていたチェルソとハーラルトだが、ハーラルトはすぐに行動を起こしてはぐれの元へと進んでいった。

 そこで見たはぐれの姿に、溜息を零しながら漂う鉄錆た匂いを封じる事も忘れないではぐれの身柄へと魔導力を行使していった。

 代わってチェルソの方といえば、広間の石像の状況に頭を抱えながらシルバーの元へと石像の背を蹴って上を進む。


「なんっすか、この量の守護者は…しかも、一部破損してるじゃないっすか、長!」


 シルバーの元へとたどり着いたチェルソは、溜息を尽きながら周囲を見回し、再びシルバーを長と呼んだ。


「チェ・ル・ソ……長と呼ぶなと出立前から決めていただろう」


 指先でくいくいっとペットでも呼ぶかのように、チェルソに屈めとシルバーは指示をする。

大粒の黒曜石の嵌った指輪が抉り込むように、シルバーはチェルソの頭部へと拳を落とした。


「ぐはっ!お、長…加減してくださいよ…」


 涙目になりながら、叩かれた頭部を抑え蹲るチェルソ。

 そんな姿に、一瞬ハーラルトは飽きれた視線を向けながらも、はぐれへの拘束に手を抜く事なく行っていた。


「仕方ない、この場で聞いたのはレディ・キャットとエーベルハルド殿下だけだから、口止めをしておくとして、外に出ても長などと呼んだら…」


 諦めに首を振りながら肩を竦め、チェルソを一瞥したあと言葉を途切れさせるシルバーに、チェルソはごくりと喉を鳴らした。


「判っているよなあ?」


 唇を弧に描いて、とても綺麗な笑みを浮かべたシルバーが低い声で続きを言うと、壊れた人形のようにチェルソは何度も頷いた。

 運よく、そのシルバーの笑みを見なかったエーベルハルド殿下は、石像の下から見上げるようにしてシルバーに声を掛ける。


「シルバー、長って……貴方は、十二の長のうちの一人なのか?」

「ルド殿下…すぐに其処に思考が辿り着くなんて、どれだけ偏った趣味を持っているんだ。此処だけの話にしておいてくれよ。長の一人である事は否定しないが、秘密にしておいてくれ。(おさ)(のくらい)の存在が動いたとなると、周りの反応が過剰になって仕方がないからね」


 エーベルハルド殿下の質問に、初めは小さくぶつぶつと聞こえない程度に呟いた後、仕方なさそうにシルバーは石像の下にいるレディ・キャットも含めて見つめると、素直にそう答えてきた。


「もちろんだ。そんな高位の魔導士ともあろう方の願いであれば、秘密にするのは当然だ」


 神妙な面持ちでエーベルハルド殿下はそう言うが、何処となくシルバーへの対応が丁寧になってしまっているのは無意識であった。

 外に出たら、この対応も元に戻るかなとシルバーがエーベルハルド殿下を胡乱気に見た後、直らなかったらどうにかしようと他人に聞かせれない事を考えていたのだが。


「素直で助かるよ。だが、外に出たらルド殿下は言葉遣いは元に戻しておいてね。レディ・キャットは興味なさそうだね」


 実際、興味無さそうにしていたレディ・キャットは、シルバーに声を掛けられて振り仰いで答える。特に、その表情は変わった所もないが、一応、王の影として王への報告をしようという程度を考えているだけであった。


「私はどうでもいいわ。取り敢えず貴方に頼んだ調停が無事に治めてくれればいいもの。第一、シルバーが魔導士たちの長の一人だとして、私に何の利益にもならないじゃない。魔導士は、調停でしか頼み事は引き受けてくれないでしょう」


 くすりっと苦笑を浮かべながら、肩を竦めて見せたレディ・キャットに、シルバーは機嫌を直して笑うと、石像の上から軽く飛びレディ・キャットの横へと音もなく降り立つ。

 恭しくレディ・キャットへと、シルバーは演技がかった仕草で一礼すると、レディ・キャットの手を取りその手の甲へと口付けを落として敬愛を示す。


「聡明な人はいいね。本当に……中央へ連れて帰ってしまいたくなるよ」


 シルバーが笑ってレディ・キャットの手を放すと、レディ・キャットの背後で複雑そうな表情でエーベルハルド殿下が立っていた。

 シルバーの冗談に不安を煽られてばかりいるエーベルハルド殿下は、そのおかげでシルバーが長だという事の事実を意識から僅かに反らした。それもシルバーの手の内という事だろうか。


「さてと、ハーラルト、はぐれの方はどうだ?」

「捕縛完了しています。意識も落ちてますので、チェルソ辺りに運搬させればいいかと思いますよ」


 話題を切り替えるかのように、ハーラルトへと声を掛けたシルバーに、打って響くようにハーラルトの応えが返る。しっかりと、チェルソのミスに対して、罰の一つとでもいうように、運ばせる事も提案しつつ。

 ついでに、事の経緯を後続のハーラルトとチェルソに伝えながら、シルバーは思案した。


「じゃ、はぐれはチェルソに運ばせるとして、どうしたものかな。はぐれの契約している魔族が、遺跡を出る前に現れるか、それとも第三者が現れるか……どちらもなければ、遺跡との調停を結んでしまいたいのだがな」


 腕を組み、んーっと悩むシルバーに、レディ・キャットがシルバーのマントを引く。


「シルバー、先程のはぐれと言ったかしら、あの男以外が出て来る前に、遺跡の方を優先すべきならば、このまま遺跡の方を優先して構わないわよ。チェルソと、ハーラルトも来た事ですし、私とエーベルハルド殿下が遺跡から先に出ていても、また同じように罠があるかもしれませんもの」

「そうだね、かえって一緒にいた方が護りやすくて楽か……なら、ハーラルト、チェルソ、遺跡の祭壇に向かうぞ」


 ハーラルトから、はぐれをチェルソが受け取りながら、二人はシルバーの指示にそれぞれ了承の意を示す。

 チェルソが自らの腕を指でなぞり、腕から使い魔である大きな狼を発現させて、はぐれを使い魔の背に乗せると、ハーラルトとチェルソもシルバー達と合流して歩き出した。


 歩きながら、ハーラルトも自らの肩を指先で叩き、使い魔である鷹を出すと、辺りを警戒させるように飛ばせる。チェルソが狼で、ハーラルトが鷹と思えば、シルバーの使い魔の蝶というのは珍しいのではないだろうかと、レディ・キャットは思った。


「シルバー、聞いてもいいかしら?ハーラルト達の使い魔は、明らかに使い魔らしい使い魔だけど、貴方の使い魔は蝶というのは変わっているのではなくて?」


 先程、ハーラルト達が広間に来た通路とは、また別の場所を歩くシルバーは、エーベルハルド殿下ではなくてレディ・キャットからの質問という事に僅かに不思議に思った。エーベルハルド殿下であれば、色々と偏った趣味から根掘り葉掘りと聞きたがるだろうと理解出来るのだ。だが、シルバーの予想とは違って、エーベルハルド殿下はチェルソとハーラルトの使い魔を興味深そうに眺める方に忙しかっただけであった。


「んー、使い魔というのは基本的に、主の魔導を助けるものだからね。別に見た目は関係ないんだよ。使い魔の見た目によって、能力が違うという訳でもないし……ここら辺りは魔導士にならないと判らない感覚かもしれないけれど、実際に私の蝶は情報を集めるのも得意だし、攻撃も行っていただろう?」


 確かに、言われてみれば先程の僅かな間、シルバーの二頭の蝶は石像の動きを止めたり、はぐれの持っていた宝珠を破壊したり、動きを封じたりとしていた。レディ・キャットは、思い出しながらシルバーの首筋へちらりと視線を向ける。

 そういうものだと、レディ・キャットは完全に理解出来たわけじゃないが、知識として頭の片隅へと押しやった。


 だが、もう一つの疑問である、シルバーのマントの下にある右側のガラス玉の数。こちらは、思い返してみればみる程に、驚愕としか言えない数が連なっていた。左側のガラス玉など目じゃない程の数だったからには、シルバーは所謂右の魔導によって長の地位にいるのだろうとレディ・キャットは推測する。

 推測するだけで、それを問いたださないのはシルバーがいつもマントで右側を隠しているという事を、レディ・キャットは知っていたからだった。


「つまり、使い魔の見た目で、魔導士の力量は測れないってことね…」

「そういうことかな。まあ、レディ・キャットは魔導士というわけじゃないから、そんな不要な知識は必要ないでしょ」


 軽やかな声でシルバーが纏めれば、レディ・キャットもそれ以上の追及をする事もなく階段状の通路を歩く事に集中した。なにせ、元々かなりの高さから落下していた為に、地上に出る為にはかなりの高低を進まなくてはならないため、体力は無駄に削られていくのだった。


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