遺産と欲望Ⅳ
「そいつを殺せ!」
黒ローブの男の命令を受けた宝珠らしきものが、再び明滅し石像の動きが単調であったものから変化が起きる。もちろん、シルバーを狙って動き出したのだ。多数召喚された石像ではあるが、その大きさからシルバーに直接手を下す事が出来るのは数体のみと、効率の悪い状態の中、シルバーは自らを潰さんとばかりに突き出された石像の腕を軽くその場で飛んで躱す。
躱した石像の腕が、床板を僅かに破壊したのを見れば、その危険度も判るものだが、シルバーは突き出された腕の上に、そのまま着地すると身軽く石像の腕を駆け上り、石像の頭部の上に立った。ほんの数秒の出来事であるが、石像たちを見下ろすような状態で優しくシルバーが囁く。
「おいで、キシャル」
再び黒ローブの男の方へと手を差し伸べたシルバーの姿。その言葉に反応したかのように、黒ローブの男の影から銀色の蝶が、銀色の鱗粉を舞わせながら一直線にシルバーへと向かった。
銀の鱗粉を舞わせて、シルバーの回りを一回りしてから、名を呼ばれた使い魔のキシャルがシルバーの指の上に止まる。その瞬間、シルバーの周囲を囲んでいた石像の動きが不自然なくらいに一斉に止まった。
まるで、石像たちがただの石像へと戻ったかのような出来事に、黒ローブの男も、レディ・キャット達も息を飲んだ。
「どういう事だ!我が命に従え!」
黒ローブの男の叫びに、宝珠が再び明滅するものの、キシャルの鱗粉を浴びた石像は動く事なく、その周囲を囲っている石像たちが動き、邪魔となる動かなくなった石像を粉砕して前へ前へと進もうとしていた。
「ああ、折角の神族の遺産が勿体ない。それにしても、そんな適当な命令で守護者たちを行使出来るなんて、相当丁寧な作りをした守護者たちだな」
関心するように石像たちを眺めながら、シルバーは再びキシャルを宙に放つ。
意を得たように、シルバーへと近付いてくる石像たちへとキシャルは鱗粉を振り撒く。
その姿は、蝶と言う優雅な速さではなく、目で追うのがやっとという程の速度であった。
「手放していたという使い魔、そうかそれがお前の使い魔か!仲間を呼びに行かせたというのはハッタリだったということだな」
キシャルの動きと、石像たちの異常な停止に黒マントの男は理解したかのように言い放つ。だが、先程シルバーは言ったのだ。使い魔がハーラルト達を呼びに行ったと。
確かに、使い魔の片割れであるアンシャルがハーラルト達を呼びに行っているので、シルバーにしてみれば嘘ではない。だが、通常の魔導士が使役出来る使い魔は一体のみなのだ。黒ローブの男が勘違いをしたのも仕方がないといえよう。
「ハッタリじゃないさ、私は事実しか述べていない。ただ、手の内を全てさらけ出す趣味もないというだけでな」
シルバーは、最初に上った石像の頭部の上に立ったまま感知した音に、それは優雅に笑みを浮かべた。それは小さく、だが徐々に大きく、キシャルと同じようにしゃりんっと硬質的な音を立てて近付いてくる音。使い魔という自らと繋がった存在故に、音のみならず気配も感じられる存在。
石像たちが現れた壁の空洞の一つから感じられる事に、シルバーは喜色を浮かべた。それが、黒ローブの男を挑発しているかのように見えていても、シルバーにとっては興味のない事であった。
徐々に近づくその音が、黒ローブの男にも聞こえたのか訝し気な視線を周囲にさまよわせた。
「な、なんだ…」
僅かに後ずさった黒ローブの男は、何が起きているのか理解出来ずに、ほんの僅か少し前に持っていた優越感を手放して逆に困惑と僅かな恐怖を抱き出した。
その恐怖を証明するかのように、近付いてきた音は金色の線を描くようにして広間に飛び込んでくると、一直線に黒ローブの男の手の上にある宝珠へと飛び込んだ。
刹那、ガラスの砕け散るような音と共に、男が手にしていた宝珠が砕け散り、石像たち全ての動きが停止した。
人の目では追う事すら出来ない、ただの金の線としか見えなかった存在が、宝珠を砕いた後、金の鱗粉を舞わせてゆったりとした動きでもって、シルバーの元へと飛んでいく。
「金の蝶…」
「金と銀の蝶…?」
シルバーの回りを優雅に舞う二頭の蝶を見たレディ・キャットとエーベルハルド殿下が思わずといったように呟きを零す。
そんな二人とは対照的に、黒ローブの男はそれどころではなかった。石像たちを操っていた宝珠を砕かれ、優位性を失ったと思い込んでいるのだから。実際の所、使い魔がいなくとも、シルバーがその気になって魔導力を行使していれば石像たちを粉砕どころか、遺跡が半壊していた可能性もあるのは、現状この場にいる人物達の中に判っている者はいなかった。
「宝珠が……お、お前…その二匹の蝶はどういう事だ!使い魔と魔導士は一対一の関係というのがこの世界の理ではなかったのか!」
宝珠を砕かれた黒ローブの男は、驚愕のままに広間へと響き渡る声を上げた。
世界の理に反しているとばかりに、男の狂気を帯びた声が続く。知らない魔導士が見れば、驚愕でしかない当然の光景なのだから仕方がないのだろう。
「そうだな、それが世界の理。だが、真実を知る必要は…お前にはもうない」




