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灰色の魔導士〜レディキャットの婚活調停〜  作者: 玖桐かたく
第三章
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遺跡と追憶Ⅷ

 キシャルからの報告を受けたシルバーは、マントを引っ掴み、指示を出しながらも走り出していた。シルバーにとっても、完全に予想外の事態だったのだ。


「アンシャル、キシャルは二人へと魔導を放った人物を探らせている。お前は、ハーラルトとチェルソの二人だけに状況を伝えて、遺跡へ来るように指示しに行け」


 真っ白なマントを身に付け、いつも通りの姿になったシルバーは指示を受けて飛んでいったアンシャルを横目に、灯りも持たずに遺跡の入り口へと過たずに辿り着く。いつもは余裕のある黄金の眼差しが、僅かに冷たく光っているかのように硬質的に瞬いた。


 周囲を見回し、魔導力の残滓を感じ取る。


「風…しかも、教会に所属していないはぐれ魔導士だな。かなり低位の魔導力の為に、協会も放置していたという所か…」


 残されていた魔導力から、判別出来る事柄をシルバーは余す事なく自らの魔導力で解いていった。

 シルバーが感じ取ったはぐれ魔導士という存在。それは、魔導教会にて使い魔との契約を行って魔導を扱うのではなく、魔族と契約し魔導力を使わせて貰うのだ。通常の魔導士と違って、このはぐれ魔導士というのは、魔族にとっての使い魔のような存在。通常の魔導士と使い魔との関係を、全く逆にしたようなものである。


 一通り魔導力の残滓を解いた後、宙を掴むようにして空中に残っていた魔導力の残滓を自らの魔導力に閉じ込めて手の中で小さなガラス玉のようなものを作ると、証拠の一部として服の隠しへと仕舞った。


そしてシルバーは、遺跡の入口を眺め、床がないことに気付き白いマントを風に踊らせながら飛び込んだ。


◇◇◇


「いっ…た……」

「レディ・キャット、大丈夫かい?」


 自らの下、下敷きにしている存在から話しかけられて、何時、意識を失ったのかと思案しながらレディ・キャットは目を開けた。暗闇の中ではあったが、自らを抱えて水の中を漂っている人物が居る事に気が付く。


 暗闇に慣れた眼差しで自らを抱える人物を確認しようと思えば、目の前には、水も滴る黒髪のまさに美青年がいた。濡れた髪は黒々と艶めいて、間近に見た眼差しはすっと切れ長の品ある、珍しい紫色の瞳。顔の作りも、文句なしの端正に整った顔立ちだ。だが、宮廷内でこれほどの青年を見た覚えがない。


 返事がないことに、何処か怪我でもしたのかと、青年の両腕がレディ・キャットの体を少し持ち上げ、自らも上体を起こしながら濡れた髪を後ろに撫でつけた。


「レディ・キャット…?」

「あ…大丈夫ですわ。取り立てて痛むところはないと思います」

「ならよかった。巻き添えにして怪我させたのかと不安になったよ。水が溜まっていたから衝撃が吸収されたんだろうが、ずぶ濡れにしちゃってすまない」


 自らも全身濡れた青年は、素直に詫びてくる。レディ・キャットの思考がほんの少し前を思いだし、目の前の青年が誰なのかを理解した。


「エーベルハルド殿下!?」

「うん、他に巻き込まれてなければ、今、水の中で貴女を抱えているのはルド殿下しかいないんじゃないかな」


 レディ・キャットの疑問に答えたのは、二人の上からゆっくりと浮遊するように降りてくるシルバーだった。

 そのシルバーの身の回りには、幾つかの光の塊が光源として漂っている。 おかげで、周囲の暗さが濃くなった錯覚を覚えるが、レディ・キャットは光によって視界が僅かながらも開けたことに安堵を覚えていた。


 魔導により浮遊して周囲を探りながら、銀色の髪がゆったりと風に舞い、美貌を際立たせているシルバーが、二人の落ちた水の中から少し離れた乾いた床の上にふわりと埃もまわさず降り立つ。その際、疑問を持ったかのように、一瞬目を眇めたが直ぐに元に戻る。


「さて、ルド殿下。ゆっくりでいいので、こちらに移動して下さい。遺跡の内部に繋がる通路が有るようです。水から上がって頂かないと風邪引きますよ」


 シルバーの言葉にレディ・キャットが疑問を持つ。


「シルバー、貴方がそちらに引き寄せて下さらないの?先程、とても身軽く上から降りて来たわよね」

「ああ、重力感覚をいじって降りて来ただけだよ。今は仕掛けられている罠を力ずくで抑え込んでいるから、貴方達を引き寄せるのは少し手間なんだよね。使い魔は、今はお使いに出しているし…」


 魔導師にとって、使い魔が離れていることは力の弱体と言われている。その上、罠を力ずくで止めているとなれば二人に割く余力がないのだろう。納得したレディ・キャットを連れて、シルバーの元へとエーベルハルド殿下が水の中を進んでいる内に、足が付くようになったのかエーベルハルド殿下の動きも滑らかになり床へと辿りつく。


「やっと上がれる、流石にこの時期に水浴びは早いね」


 乾いた床に座り込み、疲れたのか溜息を零すエーベルハルド殿下を見ながら、服の裾を絞ろうか悩む。レディ・キャットも流石に寒いとは口にはしないが、濡れ衣は気になった。

 それと同時に、レディ・キャットはエーベルハルド殿下と、あれだけ密着していてシルバーの言っていた調停用の魔導が発動しなかった事も気になったが、そちらは取り敢えず置いておくことにした。


「殿下、私を運んでくださり感謝します。お怪我はございませんか?」

「大丈夫だよ。さっきも言ったけど水がかなり溜まっててくれたからね」

「水が溜まってたんじゃなくて、二人が落ちた時に水が溜まるように魔導力が動いたんだよ。念のためとはいえ、レディ・キャットに魔導具を渡しておいて良かったよ」


 レディ・キャットに僅か前に渡したばかりの魔導具が役に立つとは思わなかったとばかりにシルバーも苦笑した。奇しくも、水と重力を掛け合わせた魔導具だったのだ。


「あ、さっき貰った魔導具の事ね。落ちた瞬間に意識を失ってしまったようで、どう発動したのか感想を伝えれないのだけれど…」

「そんな魔導具をシルバー殿に頂いてたのかい?私は意識があったから、どうなったかは判るよ?」

「では、実験結果は後程ルド殿下からお聞きしましょうか」


 シルバーが問題はないとレディ・キャットに笑みを向ける。

 濡れた黒髪を後ろに流すエーベルハルド殿下は、まさに親の血を感じる美青年なのだが、シルバーがレディ・キャットに笑みを向けたのを見ると、濡れたままの髪をぐしゃぐしゃと乱して顔を隠そうとしたところでシルバーが口をはさんだ。


「さてと、お疲れさま。風邪引かれちゃ困るから、乾かすだけ乾かすか」


 シルバーが事もなげに言うと、片手を一降りする。次の瞬間にはびしょ濡れの二人は落ちる前の状態に戻り、二人から抜けた水がバシャリと音を立てて水貯まりに落ちた。

 詠唱も何もない呆気ない魔導力の行使であった。


「え、今の一瞬であっさりと?嬉しいのだけど何だか理不尽だわ」


 レディ・キャットがほつれた髪を解きながらぼやく。

 エーベルハルド殿下は、髪だけ湿ったまま前髪を後ろに流した状態を固定されていた。


「シルバー、なんで私の髪はこの状態になってるんだい」

「このくらいの魔導力ならたいした事ないしね。ああ、ルド殿下の髪は、今後そうやって顔を出すように。そうしておけば、妃候補に困らないだろう」


 確かに、素顔でいれば性格は別としてモテるだろう。そうレディ・キャットは思い陛下に進言するべきと心にメモをした。


「冗談じゃないよ。顔と地位目当てのご令嬢達に押しかけられるのは絶対に嫌だ」


 駄々を捏ねるかのようなエーベルハルド殿下は、頭を抱えて床から立ち上がる気配がない。


 身につけていた薄いショールを取ると、レディ・キャットは殿下の頭上に掛けた。まるで、王妃に仕えていた昔に戻ったようだと思いながら、彼女は王都を出てからやけに昔の記憶が脳内で掘り起こされると感じていた。


「顔も武器のうちと思いますが、それほど気になるなら隠しておけばよろしいでしょう。真実愛せる方が出来ましたら、堂々と武器になさいませ」


 頭からすっぽりショールを被ったエーベルハルド殿下が、レディ・キャットに視線を向けて小さく呟く。


「ありがとう、レディ・キャット…」

「まったく、一国の王太子が顔を短所と思っているとは…まあいい。今は遺跡を無事に出る方が先だ」


 諦め顔でシルバーはエーベルハルド殿下を眺めた後、そう言ってから周囲への探索をすべく、魔導力を更に展開していった。


 神族が残した遺跡の罠を魔導力による力ずくで抑え込んでいる時点で、通常有り得ない魔導力の行使なのだが、レディ・キャットもエーベルハルド殿下もそこまで魔導力に詳しくない為気付く事は無い。その上で更に遺跡を出る為に魔導力を展開した事など、通常の魔導士であればシルバーの常識外れな魔導力の行使に恐怖していた所だろう。


 だが、そんなシルバーの魔導力が展開されている脇では、エーベルハルド殿下がレディ・キャットに慰められている。


 少し、シルバーがやさぐれそうになったのは、誰もが同情するところだったりするが、此処にはそれを宥めるチェルソもハーラルトも、未だ追い付いてきてはいなかった。


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