遺跡と追憶Ⅴ
程なく、チェルソが二人分の食事をトレーに乗せて戻って来た。
スープに肉料理やパン、温野菜にデザート、更に飲み物といった、野宿では有り得ない豪華さである。もちろん、温かい食べ物からは、湯気がふわりと立ち上っているのだ。
「隊長~このくらいで足りるっすかー?今夜の煮炊き当番に頼んだら、なんか生暖かい眼差しで渡されたっすよ」
チェルソの言う当番達は、いつものごとくこき使われているチェルソへの哀れみと、予想出来ていたシルバーの我儘による達観の眼差しなのだが、彼にとっては生暖かい眼差しとしか感じとれなかったようだ。
実際の所、正しく眼差しの意味を理解したところで、チェルソには何の得にもならないのだから、問題はないと言ってもいいだろう。
チェルソが天幕の入り口側にある空間の中央付近に設置されているテーブルへとトレーに乗せていたものを並べていけば、シルバーが椅子の位置を調整しレディ・キャットを招いて座るのに合わせて椅子を引いた。
思いがけない貴婦人としての扱いに、レディ・キャットが困惑気味に椅子に座れば、テーブルの上を整えたチェルソが思い出したように声を上げた。
「あ、すっかり忘れてたっす。食事の受け取りに行ってる時に、レディ・キャットに手紙を預かったっすよ」
「手紙…?」
レディ・キャットのみならず、シルバーまでもが首を傾げて、チェルソの言葉を待った。
こんな調停の為の移動の最中のうえに、昨日までは王都にいたレディ・キャットへの手紙など、一体誰が出すというのか。王都から出したとしても、追いついてくるには時間が合わない。何しろ、少し前にレディ・キャットが感じていた、道程の違和感のように通常の道程とは言えないのだから。それを知っているからこそ、シルバーもまた首を傾げたのだ。
「そうそう、ルド殿下からっす。持ってきたのは護衛というかお付きというか、ルド殿下の配下みたいっすけど」
これをと、飾りっ気のない真っ白な封筒を外套の内から取り出して、チェルソがレディ・キャットへと手渡す。先ほど話をしていたばかりの人物からの手紙に、益々レディ・キャットは疑問を募らせていく。手紙など書かずとも、別の天幕とはいえすぐ傍なのだから、直に言いにくればいいのにと。
「そう、何なのかしら。直に言いにくい様なことでもあったかしら…昔のように、叱った覚えもないのだけれど」
「ぶはっ……昔は、ルド殿下は叱られたりすると手紙を寄こしたりしたのかい?」
言外に、エーベルハルド殿下の黒歴史を暴露したレディ・キャットに、シルバーが思いがけず噴き出して言葉にされた以外のエーベルハルド殿下の性格を把握していた。そう、子供が怒られた時に気まずさから直に会話出来ずに、手紙という手段を取ったという状況である。
「昔は、エーベルハルド殿下も今と違って人見知りの激しく、内向的な気弱な性格をしていたのよ。だから、直に話せないのならば、直に話せるようになるまで、まずは手紙を使って言葉を伝えてはどうかと、当時の女官長が四苦八苦してたのよね」
肩を竦めて、手にした白い封筒をひらひらと揺らしながら、レディ・キャットは苦笑したあと、髪を纏めていたピンを一本引き抜くと、封筒に当てて器用にすぱっと切り開けた。
それはペーパーナイフを使った時よりも鋭利で、普通の髪留めでは出来る芸当ではないことに、チェルソとシルバー二人が啞然と眺めたが、気にする事もなくレディ・キャットは中身を取り出すと目を通した。唖然としていた二人の視線が、これまでとは少し違った物になっている事に、彼女は気付く事もなかったが。二人の心情としては、判りやすいチェルソの心の内ではレディ・キャットって堅気じゃないっすねといった所だろう。
中身の便箋もやはり、真っ白な飾りっ気のないものではあったが、何処か急いでいるかのような走り書きのような文字が並んでいた。
「内密に…夜中……?」
内容を、一部口にしたレディ・キャットに、同じテーブルに付いたシルバーが金色の眼差しをすっと細めた。すでに、一部を聞いている時点で、内密もなにもないのだが。
「レディ・キャット、その手紙見せて貰っても構わないかな?貴方の調停に引っかかる内容だと困るからね」
「構わないわ。大した内容でもないし、それよりも折角チェルソが暖かいうちに運んでくれたのだから食事にしましょう。通常の旅でも、こんな贅沢は出来やしないわ」
折り畳んだ便箋を封筒に戻してから、テーブルの上をすっと滑らせて、シルバーの方へと無造作に渡してから、目の前の食事へと意識を移した。これもある意味、花より団子なのだろう。
チェルソが地味にエーベルハルド殿下に同情していたが、上司であるシルバーはまた違った意味で懸念を持っていた。
「そうだね、早く食べてやらないと、チェルソも片づけが出来なくて困るだろうからな」
「ええ?聞いてないっすよ……」
応えを期待するわけでもないが、思わずチェルソが呟いて、諦めたように天幕の端にある椅子へと腰掛けて、広げてある地図を眺めることにしたようだった。
現在の位置である、遺跡のある地域の詳細な地図である。
シルバーが近くの小村の名前から導き出した神語を思い浮かべて、チェルソもまた思考の淵へと沈んでいった。




