遺跡と追憶Ⅲ
程なく、シルバー達のもとへと歩いていくと、チェルソが笑顔で迎えてくれる。
「あ、レディ・キャット、もう寝るとこも確保出来てるから、十分休めるっすよー」
「ありがとう、チェルソ。言われた通り、私は付き人も連れてこなかったから助かるわ」
道程の邪魔になるからと、単身でレディ・キャットは魔導士たちの一行に付いてきたのだ。
一般の貴婦人であれば拒絶して王都に残っていることだろう。だが、レディ・キャットにとっては貴婦人であると同時に、影という仕事も行っているために単身での動きに抵抗が少なかった。
おかげで、魔導士たちもレディ・キャットには最上の待遇を約束してくれていた。
「いやー、貴婦人なレディ・キャットが、付き人の一人もなしで来てくれたんっすから、これくらい当然っすよ。ルド殿下の相手もしてくれて、俺たち魔導士も助かってるんですからね」
確かに、チェルソの言うとおり道程ではルド殿下の女官代わりの仕事も行っている。腐っても王太子という身分柄、女手の必要な事も多々出てくるのだ。そこを魔導士たちが代わりに行うほど、魔導士たちにも余裕がないためにレディ・キャットは益々魔導士たちからの好感度は上昇していた。
明らかにレディ・キャット本人の予想の範囲外の事ではあったのだが。
「私は王宮勤めしていた事もあるから、大した事をしているとは、思ってはいないのだけれど、魔導士の方々から見れば勝手が違うということなのかしらね」
知らず苦笑交じりにレディ・キャットがチェルソに返せば、その通りだとばかりにチェルソも頷く。
「そうっすね。いくらルド殿下が気さくな性格だとしても、俺たちからしてみれば違う次元の住人で、向こうからしても俺たちは違う次元だろうと思うっす。そこを仲介してくれてるのが、レディ・キャットの存在ということで、不思議なものなんっすけどね」
そういえば、レディ・キャットも貴婦人という別世界の住人だったようなと、チェルソは思い出したかのように首を傾げた。
実際、レディ・キャットも魔導士たちとは違う生活環境ではあるが、貴婦人としては特異な性格と仕事が潤滑剤として役立っているのだった。
そして一番大きい効果が、隊長のシルバーの存在である。
魔導士たちもエーベルハルド殿下達も、両方を押さえ込める存在感があるのだ。
一介の魔導士ではないというだけの、貫禄というものだろうか。
レディ・キャットとシルバー、二人の特異点が一行の調和を成り立たせているのが事実だと、チェルソは結論を出した。
「まぁ、あとは遺跡調停で大した問題がなければ、俺も報告書作った後に休みを取れるから後は隊長が問題起こさない事を祈るだけっすね」
レディ・キャットを天幕へ案内しながら、本音を漏らしてチェルソは肩を竦めて歩き出す。レディ・キャットもつられる様にして、苦笑を零しながらチェルソの後を歩き出した。
「大した問題もなにも、遺跡がこの度の疫病の発生源なのでしょう?十分問題じゃないのかしら?」
「あーそういう意味でいえば、問題かもしれないっすけど、俺たちにとっての遺跡での問題ってのは隊長が遺跡を壊さないかどうかってとこなんっすよね。あの人、実力通りに魔導力高いっすから、本人にその気がなくても、うっかりって事がありえるから」
深いため息を零してチェルソは肩を落として見せる。
そんなチェルソの発言に、レディ・キャットは疑問を募らせていた。
「シルバーってそんなに魔導力が高いの?うちの国のエーベルハルド殿下より貴公子然としてるから、あまりそう見えないのだけれど」
「魔導士を外見で判断しちゃダメっすよー。うちの隊長は、あんな外見で年齢であっても、努力と才能両方あったものだから、魔導協会でも指折りの手練れっす」
「魔導教会でも指折り?それはまた、あまりの実力ではなくて?大国とはいえ、疫病の調停の代表としては調停内容と不釣り合いなのではないのかしら?」
考えるように、僅かに眼差しを細めながら、チェルソへと素直に疑問をぶつけてみる。
実際、疫病鎮圧であればそれほどの実力者を送り込む必要はない。魔導教会においても中レベルの位階の者で十分なのだ。
実情は、魔導教会における長達の喧嘩を穏便に済ませる為に、シルバーが派遣されたという一因もあるのだが、それはチェルソも口を噤んでいた。
「あー不釣り合いってわけでもないんっすよ。今回の調停は、魔人が絡んでいる可能性も考慮されてたっすから。まぁ、魔人じゃなくて遺跡が絡んでいたってことで、うちの隊長が来て良かったとも言えるんっすけど」
どうにも、歯切れの悪いチェルソの返事に、レディ・キャットは思考を巡らせていく。
季節外れであったゆえの魔人の想定、実際の所は遺跡絡み。どちらにしても、シルバーが魔導協会における指折りであるならば、そう簡単に中央を離れて調停の代表として来るのはどうにも違和感があって仕方がなかった。
「まぁ、そんなに気にすることじゃないっす。うちの隊長は、中央でおとなしくしているよりも、世界中を飛び回ってる方が性に合ってる、まさに右の魔導向きの性格っすから」
「ああ…シルバーは左よりも右の魔導の方が性格が向いているのね。それなら納得するわ…」
レディ・キャットは、魔導士たちと接触を持つようになってから、シルバーの貴公子然とした綺麗な外見とは裏腹に、容赦ない性格をしている事を思い出して納得とともに、僅かに遠い眼差しを自然としていた。勿論、半ば自発的現実逃避である。
会話しながら歩いてはいたが、一つの天幕まで来るとチェルソは足を止めて、レディ・キャットを促すように天幕の入り口の幕を開いた。




