表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
灰色の魔導士〜レディキャットの婚活調停〜  作者: 玖桐かたく
第一章
2/46

魔導士

 世界は、神々が旅立ち数千年の時を経ていた。


 そして、神族と呼ばれし神々が旅立った事により、この世界には動植物、人族、精霊族、魔族と呼ばれる存在が主に大陸を支配していた。


 その中でも、気の遠くなるような時が立てば、繁殖力と進化の目まぐるしい人族によって大陸には様々な大小の国家が乱立する事となっていた。


 だが、他の種族が失われたわけでもなく、動植物は人族と共存を、精霊族は人族と相容れることなく大陸の片隅に、そして一番の問題である魔族は人族も精霊族も動植物にも等しく狡猾でもって残忍な扱いをすることを好んでいた。


 魔族と呼ばれし人々は、神族との相反する存在のように感じられるものだが、本来はもともと同じ存在であった。ただ、神族が世界から旅立つ時に、世界を維持する為の魔導力を世界に与えたことにより、世界だけでなく世界に存在する総ての物が、大なり小なり個体差はあれど魔導力を扱う事が可能になり、その中でも魔族に限っては負の魔導力そのものが塊となり具現化した存在という謎に満ち溢れ、今も昔も魔導力を行使する事が可能な魔導士達の解き明かすべき謎の一環でもあった。


 そのため、この世界における唯一の巨大大陸の中央には、どのような個人も、どの国も支配することが出来ない、永世中立を謳う中立地帯が存在し、その北側を大陸における総ての魔導士を管理する魔導教会が治め、南側を大陸における最も歴史と権威ある宗教、カルティナ教の総本山が治め、日々悩める者には安らぎを、死ある者には癒しを、生あるものには祝福を与えていた。


 ようは、魔導教会の方は物理的においての救済を謳い、カルティナ教の方は精神の救済を謳っているだけである。


 だが、この二つの存在故に、神々が世界を旅立って数千年たとうとも、大陸は未だ現存する事が可能となっているのだが、魔導士や司祭達の本来の苦労は正しい真実として人々に届くことは永劫ないだろうという。このどちらかに、属する存在でなければ、その内面までも目に触れる機会がないともいうのだが。


◇◇◇


 そんな世界の北方におけるある一国家から、疫病鎮圧の特使が魔導協会の門扉を叩いた。


 通常、病といえば医師が処置をするべきものであるが、厄介な疫病に関しては、癒しの魔導を行える魔導士が駆り出される事は、この世界においては別段不思議なものではないのである。そして、魔導士が行う仕事は基本、調停と呼び顕わされていた。


 疫病の鎮圧であろうと、戦乱の仲裁であろうと、失せ物探しも警護も遺跡の調査も、魔導士たちにとっては総て調停という。


 世界を存続させる為に魔動力を行使すること、すなわち世界を調律し、停滞を解くという意味を持つのだが、すでに記憶しているものは魔導士たちだけであった。


◇◇◇


 時は少し遡り、魔導教会の一室。


 大きな黒曜石の指輪が嵌められた指が、青く色のついた液体を内包したガラス瓶をつまみ目の高さでゆらゆらと中身を揺らすように動く。


 対比するかのように、白水晶の指輪を嵌めた左手が揺らす瓶を、指先で軽く弾いた。その僅かな刺激に、ガラス瓶の中身は渦を巻く様に不可思議な動きを見せると、そのまま丸く収束し瓶の中で小さな固形へと変化した。


「お、成功したかな」


 ガラス瓶を再度振ると、先ほどまではしなかった音が、からりからりとガラス瓶と触れ合い奏でられる。音によって、完全に固形と変化したことを確認すると、手の平の上へとガラス瓶を傾けて中身を取り出した。


 青い宝石のような輝きを持った石が手の平の上を転がると、ガラス瓶を持っていた指が、ガラス瓶を離して青い石のような物を摘み、部屋の中に入ってくる日の光へと翳して眺める。


 黄金のような眼差しを眇めて、青い石を見つめる人物は、自らの今施した魔導に満足して口元に僅かな笑みを浮かべた。


「ふふふふ…いい感じに仕上がったな」


 自らの魔導の出来栄えに満足をしていると、唐突に部屋の扉が音を立てて荒く開けられた。


「長!調停の特使っすよ!」


 入室の許可も、扉のノックもなく、突如として部屋の扉を開けた人物は、未だ青い石を眺めている人物の後ろ姿に声をかけた。


 悦に入っていた人物は、突然の来訪者にゆっくりと振り返ると、無表情のまま手にしていた青い石を振り被る。狙い定めて、寸分たがわずに闖入者の額へと投げつけた。もちろん、石は見事に額を直撃する。


「うわっ!痛いっすよ、長。何するんですか」

「それはこっちの台詞だチェルソ。お前今、ノックもなしに扉開けただろう」

「あ…それはそうかもしれないっすけど、急ぎなんっすよー」


 額をさすりながら、部屋に入って来た青年チェルソは、投げつけられた石を拾いあげながら、ぶつぶつと文句を言う。


 自らの額に当てられた石へと視線を落とし、何だろうとばかりに首を傾げている姿に、黄金色の眼差しの人物、長と呼ばれた人物は、近くに放り投げてあった白一色のマントを掴むと、チェルソの傍へと歩き出す。


「調停の特使と言ったな。どうせ、長会議だろう」

「あ、そうっす。なんか疫病発生みたいなんっすよ」

「この時期に疫病?季節外れもいいところだな。人為的か、魔族でも介入したか…」

「そこまでは聞いてないっすけど、とりあえず招集がかかってるんで呼びに来たのに、一体何ですかこれ」


 腰や腕に色とりどり、多色多様なガラス玉を纏った身体へと、手にしていたマントを被ると、チェルソの質問へと、戸口で振り返りながら指を振る。


「今、創ったばかりの魔導石だ。特殊な効果を付けてあるから無くすなよ」

「うっわ、長が作った魔導石っすか。怖くて持っていたくないっすよ!」

「私は長会議に行くから、それまで管理していろ。部屋へ入って来た事はそれで目を瞑ってやる」


 背後で、文句を言い続けているチェルソを振り返る事もなく、長と呼ばれた人物は銀色の髪を揺らしながら通路を歩いていった。


◇◇◇


 魔導教会の中央に位置し、魔導力によって上階へと移動可能な浮遊石に乗れば、銀色の髪の人物は浮遊石に埋め込まれた台座の起動石へと手を翳す。左手を飾る大粒の白水晶の指輪が微かな発光をし、魔導士の位階に許されている階を認識する。

 指輪に嵌め込まれた石には、魔導士の右の魔導と左の魔導の位階を示すだけでなく、こういった魔導士としての権限を判別する役割も持っているのだ。


「十二長議会室」


 目的の階だけを口にすれば、浮遊石は一気に上昇して十二長議会室と呼ばれる十二種の魔導の、それぞれ頂点にいる長のみが入れる最上階へと移動した。浮遊石が正常に起動する事から銀色の髪の人物が十二人いない長の一人だという事が、見ているものがいれば判っただろう。ただ、調停の特使が来た為に、魔導教会はいつもより慌ただしく悠長に眺めてる人物もいなかったのだが。


 浮遊石によって着いた最上階。

 白いマントをふわりふわりと裾だけを揺らしながら、長である銀の髪の人物は浮遊石から直線に伸びた短い通路をのんびりと歩き、既に扉の外までがやがやとした騒めきを漏らしている会議室の扉を開けた。


「遅くなりました。私が最後でしょうか?」


 悪びれもなく室内を見回して、首を傾げながらも室内の上座に近い自らの席へと進み無造作に座る。本人無造作な動作ながらも、どこか優美さを伴った動きを、室内にいた十人の老若男女の長達が渋面や面白そうな表情でもって眺めた。


「金の長よ、確かに最後ではあるが別に時間に遅れた訳ではない。皆も、会議を始めるとしよう」


 室内における円卓の一番奥に座り、年齢も様々な長の中において最高齢であろう老人が告げれば室内のざわめきも静まり、室内の十一人の長達は口を噤み各自の席に着いた。


「さて、この度の調停は疫病の調停という事ゆえに時間を掛けずに早々に調停をせねばならん」


 最高齢であろう老人は、溜息を一つ着いた後に今回の会議の主題を各自に自覚させるべく改めて口にする。疫病が広まり過ぎ、大陸の人口密度のバランスが崩れる事により、世界の魔導力のバランスが崩れる事を気にしなくてはいけないという事を。


の長、早期調停というのならば回復魔導であるとうの長に人選を任せておけばよろしいのではないのですか?」


 初老の女性が、片手を上げて注意を引いた後に硬質的な声音で提案をする。

 円卓のあちらこちらから、それに同意する声が上がる中、金の長と先程呼ばれた銀色の髪の人物は、腕を組み、足を組み、椅子の背もたれへと凭れかかりながら、天井を仰ぐように金の眼差しを向けて思案していた。此処に来る前に過った懸念が、口を閉ざさせている。


「ふむ、回復魔導に長けた者を中心とする故に、そちらは桃の長に人選を任せる事は儂も納得だが、護衛はどうする?回復魔導に長けた者は、自然と左の魔導優先となり右の魔導が疎かになっているのが現状だ」

「戦の調停ではないのだから、現状で手の空いている右の魔導に長けた者を付ければよいのではないか?」


 再び、無の長と呼ばれる会議を仕切っている最高齢であろう老人が告げれば、すかさず他の長から声が上がる。

 他の長達もそれで充分ではないのかと、同意するように頷いたり、視線を向けたりとそれぞれ反応を示す中、室内で一番の若年であろう金の長が指先でこつこつっと円卓を叩いて注意を促した。


「調停の人選に関して、纏まり掛けてるようだが発言をしてもいいだろうか?」


 長達全員への質問でありながらも、金の長の切れ長の眼差しは無の長にだけ向けられている。その姿に、難色を示す長達もいるのだが、勿論わざとである。

 無の長が頷いて、金の長に先を促す仕草を見せれば、やはり他の長の反論を聞く前にと思案していた事を口にしだした。


「今回の疫病は、時期的におかしい。発生位置的に見ても、疫病が流行る時期を既に過ぎている。そこから最低限考えられる事として、人為的に発生させられたものか、魔族の関与を疑うべきじゃないのか?」


 年長者への敬語もなにもない話し方に、一部の長達からは厳しい視線が向けられるが、発言内容に対してどの長も思案すべき事だと思い直していた。実際、長という同格の立場である為、長の中に序列はない。単に年長者を敬う性格をしているかしていないか、それだけの違いだが、魔導士にとって年齢さえも関係はないのだ。重要なのは魔導士としての実力、それのみが魔導士たちにとっての全てなのだから。


 だが、異例の若さで長についた金の長を煙たがる者がいないわけではなかった。金の長を抜いた十人の長のうち、半数近くが金の長へ敵対心を隠そうとはしていない現状である。


「金の長の言も否定は出来ぬな。人為的であればそれほど気にする事ではないが、魔族が絡んでいる最悪の可能性も考えたら、それなりに右の魔導に長けた者を厳選して護衛を付けねば、左の魔導に長けた者に被害があれば教会としても損失だ」


 いち早く思案から戻った無の長が告げた言葉に、他の長達も思案の淵から戻ってくる。

 魔導士というものは、考え事を始めると自分のうちに籠ってしまい、中々思考の淵から戻ってこない癖があるのだ。だが、いち早く思考を立ち直らせた無の長は、年の功というべきか、自然と長達の中でも中心人物とされているだけはある。


「だが、右の魔導に長けた者を沢山集めるというのは、現在の大陸の魔導力のバランス的に不可能。ここは一つ、金の長に出向いてもらってはどうだろうか?」


 いいことを思いついたとばかりに、金の長に敵対心を持っている長のうちの一人が言えば、追従する声が上がる。何を言い出しやがったとばかりに、金の長の眉間に皺が寄せられるが、半数以上の長達が同意を示していた。


「ここ暫く、金の長は左の魔導に没頭していたようだから、そろそろ外の空気が恋しい頃じゃろう。右の魔導は随一なのだから」


 無の長老と同世代であろう老人が、嫌味ったらしく笑みを浮かべながら発言すれば、金の長の眉間に浮かんだ皺が益々深まった。それを面白そうに眺める一部の長達に向けて、金の長は低い声で真面目に返す。


「嫌だね。面倒くさい。右の魔導に長けて、それなりの人数ならなんとか調整出来るだろうが」

「なっ…面倒くさいとは何を言ってるか!」

「若造が調子に乗るのもいい加減にするがよい!」

「小童が、真面目な顔していう事がそれか!いい加減、そろそろ外仕事もしてこんかい!」


 金の長の発言の後、一瞬の間をおいてから他の長達からは喧々囂々と怒涛の如く怒鳴り声が上がった。ほとんどを聞き流している金の長だが、長達の臨戦態勢に無の長は頭痛を抑えるかのようにこめかみを抑えて溜息を零した。


「ボケ防止に、他に譲ってやるって言ってるんだクソ爺ども!」


 金の長による、ダメ押しの一言により、会議室内は紛糾していった。もちろん、物が飛び交う事も慣れた光景。これが知者たる魔導士たちのお手本ともいうべき長達とは思えない会議内容になっていったのだが、それは一般の魔導士たちには知られていない事。勿論、長達自身も口外するようなことはなく、毎回闇に葬り去られていく長会議の実態であった。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ