遺跡と追憶Ⅱ
エーベルハルド殿下の同行が決まり、魔導士たちの準備期間もあり、実際に遺跡調査に向かうことになったのは許可が降りて二日後であった。
一行は馬や荷馬車での移動で、王都から北へと向かい、ルイーダ殿下が治める領地にあるディ・ソルト・フェ・ラ村を通過し、真っ直ぐに遺跡のある森へと進んだ。
移動に慣れている魔導士たちの集団の為か、通常であれば馬を飛ばして二日かかる道程が一日も掛からずに済んだのだが、エーベルハルド殿下が同行したことによって同行せざるを得なくなったレディ・キャットは少々疲労を感じていた。
移動のみで日が暮れてしまった為、遺跡調査を行うのは明日の朝からだといい、魔導士たちは遺跡の近くで野宿の準備をしている。慣れた動きを見せる魔導士たちの中、エーベルハルド殿下の護衛兵達も野営の準備をしていた。
そんな光景を岩に腰掛け、ぼんやりと眺めるレディ・キャットは移動してきた途中、妙な違和感を感じた事を思い出していた。森を通過している時に、まるで道程を短くされたような感覚があったのだ。それも一度に限らず、数度と。だが、愛馬も他人も何も言っていないのが不思議だった。
レディ・キャット自身は違和感としか捕らえれなかったが、魔導士たちは数度となく魔導力を行使し、森の中を通過するときに空間を歪めて道程を短縮していたのだ。
そのことにより、実際かかる日数よりも早く辿り着いたとも言える。
「あれ、レディ・キャットお疲れですか?」
ふと視界を遮った姿が、話しかけてきたことにより思考から離れて、レディ・キャットは焦点を合わせる。
「これは、エーベルハルド殿下。お気遣いありがとうございます。旅慣れていないもので、お恥ずかしい所をお見せして申し訳ありませんわ」
「いやいや、貴婦人が旅慣れているという方が変わっているのだから、レディ・キャットは充分付いてきたほうだと思うよ?」
「ありがとうございます。エーベルハルド殿下も、さすが日ごろ鍛錬なさっておいでですわね」
身体を鍛えるという範疇ではなく、王太子として軍を率いる事も出来るように騎士達と日ごろから身体や剣を鍛えているのだ。若さもあり、体力も貴婦人としての暮らしをしているレディ・キャットより余裕があるのは当然だった。
だが、そんなエーベルハルド殿下でさえ、この強行軍には少し疲労を見せているようだった。
「謙遜はいいよ。私も少し疲れたし、城内で幾ら鍛えているとはいっても、魔導士たちとは比べるまでもないしね」
苦笑が口元に浮かんだエーベルハルド殿下は、レディ・キャットの横に腰掛けると、足を伸ばし寛ぐ。どうやら、野宿の準備をしていたのを、護衛の兵達から追い出されたようだった。
実際、エーベルハルド殿下に野宿の準備をさせるほど緊迫した状況下でもないため、問題はないのだろう。
「それにしても、魔導士の方々は皆、手際だけでなく体力も優れて生き生きとしていますわね」
「確かに、王都で病人達の看護をしているときよりも生き生きしているかな?でも、今回の魔導士たちの一行は、右の魔導に優れた人達が多いというから、それもあるんじゃないかな」
右の魔導。
そういえば、先日もシルバーが口にしていた言葉だとレディ・キャットは思い出した。
魔導において、左と右の魔導それぞれ意味が違っているという。
右の魔導であれば、攻撃や防御、より実践的な魔導を示し、左の魔導であれば研究や開発、文官的な魔導である。その程度の知識でしか、魔導士の事を一般の人々は知っていない。もちろん、レディ・キャットもその程度の知識しか持ち合わせていないのだ。
だが、おかしな趣味を持つエーベルハルド殿下にはもう少し深い知識があるようだった。
「右の魔導は実践魔導と記憶してはおりますけど、体力も比例するものなのかしら?」
「うん、右の魔導はレディ・キャットの言うとおり実践魔導だから、戦争の調停にも赴くからね。下手な騎士や兵士などより戦闘力もあるし体力もあるってところかな」
レディ・キャットの呟きにエーベルハルド殿下が付け加えるように、魔導士という存在についての捕捉をしていく。
そう、魔導士は戦争の真っ只中に突っ込み、それを停止させるだけの実力もある魔導士もいるのだった。実際に、過去に何度か魔導士たちが大陸の均衡を崩す戦争を停戦させて、調停して治めた例が歴史書にも存在している。
その方法がどのようなものかは、そこに存在していた人々にしか知られてはいないが、介入した魔導士により方法は様々であり、たった一人の魔導士により戦場が壊滅させられて強制的な調停をされたこともあるのだが、闇から闇へと葬られていき一般に流布されてはいない。
「遺跡調査は、罠などもあって実践的な魔導を使える右の魔導と、最終的に遺跡を管理するための左の魔導の両方が必要だって聞いたことあるから、今回は先発として右の魔導ってところかな」
「ああ、それで王都で左の魔導に携わるよりも活動的ですのね」
左の魔導を優先されていた王都よりも、好戦的な人物が選りすぐられているのかとレディ・キャットは結論付けた。実際、間違ってはいないのだが単純に右の魔導に劣る人物を王都に残した為に、レディ・キャットの目にはそう映ってしまうのも仕方がない。
「うーん、厳密にはちょっと違うけれど、まぁそんなところかな。私も魔導士たちの事はそこまで詳しいわけじゃないし」
レディ・キャットの視線を追って、野宿の準備を終えた魔導士たちを見つめて、エーベルハルド殿下は苦笑を零す。変わらず、レディ・キャットの視線が魔導士たちを眺めているのに気付き、エーベルハルド殿下は引き寄せられるように魔導士たちからレディ・キャットへと視線を戻した。
緑柱石の眼差しを、何処か眩しそうに細めているその横顔の秀麗さに、エーベルハルド殿下は呼吸を忘れて見入った。こんなにも、美しい人だったかと…。
「エーベルハルド殿下?」
視線に気付いたのか、レディ・キャットがふと振り返ったところで、エーベルハルド殿下は呼吸することを思い出した。
はっと息を漏らしながら、ぐしゃぐしゃっと自らの髪を掻く。
「あ、なんでもないよ。そろそろ私も護衛達の元へ戻るけど、レディ・キャットもシルバー殿達のとこに戻るといい。陽が暮れて冷えてきたからね」
慌てたようにエーベルハルド殿下は立ち上がりながら、レディ・キャットへと口早に告げると子供のように手を振って護衛達の所へと走っていってしまった。
あっけにとられたように、レディ・キャットは挨拶する間もなく立ち去ってしまったエーベルハルド殿下を眺めていたが、言われた通り冷えてきたと思い自らも立ち上がると歩き出した。
「いつまでたっても、エーベルハルド殿下は弟のように思えてしまって仕方がないわね…」
レディ・キャットは自嘲しながらも、亡き王妃の元でエーベルハルド殿下の世話をした時から変わらないと先程の彼の姿を思い出す。
それが、彼女だけの思いであり、互いの気持ちが同じであるとはレディ・キャットは想像することもなかった。