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灰色の魔導士〜レディキャットの婚活調停〜  作者: 玖桐かたく
第三章
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遺跡と追憶Ⅰ

 ここ数日、当たり前のように通っている魔導士たちの宿舎。


 慣れたもので、色々と便宜を図っているうちに、下位の魔導士たちからも歓迎され、宿舎に行くとシルバーの居所をすぐに教えて貰える様になった。衣食住の問題など些細な事から、貴族などの地位や身分のある人物との取次ぎ用に一筆書いて魔導士たちの仕事を円滑にさせる事などだが。


 それはレディ・キャットが思ったよりも効果があった。


 レディ・キャットは乗ってきた愛馬を、宿舎の入り口で係りの人物へと手綱を渡し、先程、教えて貰ったシルバーの元へと書類を手に歩きだす。

 いつものように、天幕で書類に追われているという事なので、レディ・キャットが持ってきた書類を見れば喜ぶことだろう。そうレディ・キャットは思いつつ、足取り軽く天幕の入り口から中へと声をかけた。


「御機嫌よう」

「これは、レディ・キャット殿。おはようございます。隊長なら、今、あちらでエーベルハルド殿下とお話中です」


 レディ・キャットを、天幕の入り口を開けて招き入れてくれたのは、シルバーではなくハーラルトであった。

 しかも、シルバーの現状を小声で説明し、レディ・キャットは一瞬で納得した。

 また、いつものようにエーベルハルド殿下が遊びに来ているという事なのだろう。本当に物好きな王太子殿下である。


「こんにちは、ハーラルト。エーベルハルド殿下がもう来ているのね…でも丁度いいわ。こちらに来る前に王宮に寄って、遺跡調査についての認可書類を貰ってきたのだから」

「やっと許可が降りましたか。隊長も喜びますし、チェルソの苦労も報われ何よりです」

「本当に、チェルソの苦労が報われたわね。でもその後も苦労しているみたいだけれど?」


 書類であろう紙を一部掴んだまま、天幕の出入り口近くの床に転がって、うとうとと眠りについているチェルソの姿が、天幕内に入ったレディ・キャットに見えた。チェルソの顔を見れば、はっきりと目の下には隈が出来ている。遺跡の調査書類を作成した後も、シルバーに書類整理を押し付けられているのであろうことが判る姿であった。


「そこはまあ、いつもの事ですから」


 ハーラルトが苦笑混じりにチェルソを眺めて、一言で切って捨てる。

 書類作成に長けているのは、いつもの事としてチェルソがシルバーに書類を押し付けられて鍛えられたということであろう。


「隊長!レディ・キャットがお見えになりましたよ」


 近くに置いてあった棒切れで、チェルソを突っついたりと遊びだしかけたレディ・キャットに、ハーラルトが慌ててシルバーに声をかけた。

 レディ・キャットに遊ばれても、チェルソの方は相変わらず眠りに落ちたままだったが。


「こんにちは、レディ・キャット。今日はいつもより遅かったね」


 ハーラルトの声に、振り返ったシルバーが清々しい笑みで迎えてくれる。

 煌々しい髪がふわりと一瞬宙に舞い、一層美青年っぷりを発揮してくれたが、その隣にいたエーベルハルド殿下は対照的に一瞬腰が引けながらも踏みとどまって挨拶をする。


「こんにちは、レディ・キャット」

「こんにちは、シルバーにエーベルハルド殿下」


 自国の王太子をおまけのように、レディ・キャットは笑顔で挨拶を返す。

 シルバーとエーベルハルド殿下二人の、紳士としての格差を言外に示しているのだが、本人達は気付いたかどうだか、レディ・キャットは気にする事をやめた。


「今日は、王宮に寄ってから此方に来たのよ。あちらこちらと経由してくる前に、直接、私が持ってきたほうが早いと思って…遺跡調査の認可書類よ」


手にしていた書類を、ひらひらとシルバーの方へ向けて振る。

 レディ・キャットの言葉に、シルバーとエーベルハルド殿下二人の目の色が変わるが、それぞれ違った意味なのは明白すぎた。


「やっとか。ハーラルト、そこに転がってるのを起こせ」


 シルバーは浅い眠りについているであろうチェルソを指差して、ハーラルトに指示をする。あまりな言いようではあったが、それを気にする繊細な神経の持ち主は天幕内にいなかった。


「遺跡調査についに行くのか。私もなんとか時間をとって、付いて行きたいものだな」

「ルド殿下も行くのですか?」

「遺跡調査は遊びではありませんよ。魔導による危険が伴いますから」


 エーベルハルド殿下の発言に、思わずシルバーとハーラルトが口々に言う。

 魔導士たちの思惑としては、名前さえ借りられればいいのであって、本人自体は別に来なくていいのだから、当然の反応ではあった。

 当然、エーベルハルド殿下が言い出すであろう事が判っていたのは、レディ・キャットだけだったが、レディ・キャットは何も言わなかった。


「ハーラルトの言うとおり、魔導による罠が遺跡には必ずといっていいほどに仕掛けられています。護衛を連れて行くとしても、魔導力を感知出来ない護衛では意味がありませんよ」

「うーん、シルバー殿達と一緒にいれば大丈夫そうに思えるのだが…こんな機会二度とないだろうし」


 エーベルハルド殿下の好奇心の、ど真ん中である遺跡調査ともなれば、本人もなかなか諦めきれずに言い募る。

 どうにか説得しようと試みるハーラルトが、エーベルハルド殿下と話だしたのを見て、まだ眠ったままのチェルソをレディ・キャットは眺めた。


「起こさなくていいのかしら…」


 ぽつりと呟くが、何やら食い下がっているエーベルハルド殿下にシルバーとハーラルトは、すっかりチェルソの事を忘れてしまっている。

 代わりに起こそうかと、レディ・キャットはチェルソの顔をつついたり、頬を摘んだりしてみたが、気持ちよさそうにチェルソは眠ったままであった。


 仕方ないとばかりに、机の上にあった辞書のように分厚い本を一冊手に取り立ち上がると、チェルソのお腹の上で、両手をぱっと広げた。自然の理に従って、レディ・キャットの手から分厚い本が真っ直ぐ落下した。


 ドスッという音を立てて、本はチェルソの丁度鳩尾付近に着地する。


 次いで咽たような声がチェルソの口から漏れて、チェルソは慌てたように上半身を起こした。


「ぐはっ……な、なんすか?」


 まだ覚醒しきれていない頭を振り、チェルソは横にいるレディ・キャットに気付くと何が起きたのか聞くべきか逡巡したが、自らの横に転がっている本を見つけて、聞かないほうが幸せだと本能的に悟ると寝癖のついた髪を手櫛で整えながら立ち上がった。


「おは…じゃなくて、こんちはっす。レディ・キャット、今来たんっすか?」

「こんにちは、チェルソ。つい先程来たのだけど、遺跡の調査許可が降りたと知ったら、エーベルハルド殿下がごねだしちゃってシルバーとハーラルトが奮闘中なのよ」


 ほらとばかりに、シルバー達の方向を示して肩を竦める。おかげで、自分は放置されていると暗に言う。

 ちらりと示された方向へチェルソも視線を向けて納得した。


「あー、ルド殿下も行きたい言い出しちゃったんっすねー。それにしても、許可書類届くの早いっすね」

「早いでしょう?許可書の印が乾くのを待って、王宮から直接私が持ってきたのよ」


 書類を後回しにしようとしていた文官を思い出して、ふふっと笑いながらもレディ・キャットはチェルソに愚痴る。

 その笑いを間近で見たチェルソは、寒くもないのに背中が凍える思いをした。

 実際にレディ・キャットが何をしたのか知らなくとも、自らも上司によくこき使われている事を思えば、チェルソも想像に難くなかった。


「さ、さすがっす。じゃ、それ確認して進めてる準備と打ち合わせないといけないっすけど…あの説得、いつ終わるんっすかねー」


 未だ続いているエーベルハルド殿下への、シルバーとハーラルトの説得を眺めて、チェルソは欠伸を零して首を傾げた。

 レディ・キャットも一瞥をすると、チェルソへの答えを明確に出す。


「もちろん、シルバーとハーラルトが折れてエーベルハルド殿下が勝利するまでよ」

「それ、ぜんっぜん嬉しくないっすよ」


 半目になりながら、チェルソが深い溜息を零した。

 実際、三人の話し合いが終わったのは、レディ・キャットが言った通りにエーベルハルド殿下が勝利して終わったのだった。


序章部分がやっと終わった感じです…ようやく、キャラ達の被った猫が剥げてきます。

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