地図と交錯Ⅸ
1Pの量が少ないので2P纏めて更新です。
国王の執務室へと向かう道を、王妃の秘書官時代に教えられた隠し通路を一部使い、鬱陶しい人達に逢わないですむようにしたおかげか、無事に執務室前まで辿り着いた。
執務室の扉前に佇む衛兵に、国王への取次ぎを頼めば丁度政務に一区切りついたところなのか、すぐにも控え室を素通りして執務室まで招き入れられた。
文官が数名、書類を手にレディ・キャットとは逆に執務室を出ていく。
その為、執務室に残ったのは大臣の一人と文官二人に国王陛下と、レディ・キャットにとっては大層都合のいい室内の状態になった。
「これはレディ・キャット、お久しぶりでございます」
年配の大臣が傍から見たら不思議な光景に映るだろうが、レディ・キャットに笑顔と深い礼をとった。
「御機嫌よう、カルシャ大臣。元気そうね、奥方も元気だと聞いているわ。疫病の被害がなくて何よりだったわね」
レディ・キャット自身も、当然のようにカルシャ大臣の礼を受けて、軽く相手の腕を叩きながら頭を上げさせる。過去に、レディ・キャットのお陰で、カルシャ大臣の愛妻は一命を取り留めた事があるのだ。それ以降、大臣はレディ・キャットへの態度は目上に対するものでもあるかのようであった。
「運よく、妻も私も疫病が流行りだした頃から王都に滞在しておりましたので。今度、また落ち着いたら妻に顔を見せにいらして下さい」
「そうさせて頂くわ。貴方の奥様はとても美味しいお菓子を作って下さるもの」
嬉しそうにカルシャ大臣へとレディ・キャットが応えれば、執務室の最も豪奢な机に座っている国王が苦笑を浮かべて二人の会話に割り込む。
「二人とも、話が弾んでいるとこ悪いな。レディ・キャットが此処に顔を出すということは何かあったか?」
椅子ではなくて、机の端に寄りかかるようにして座っている黒髪の国王は、上品な行いとは言えないが何処か人好きのする雰囲気である。
後妻を向かえようと思えば、多数の立候補者が集まるであろうという見目に、四十を超えたとは言え、十分に年齢よりも若々しく、男であれば国王のような年の取り方をしたいと思わせる、包容力も高そうな男らしさ故に国王の仕草を周りの人間達が許してしまっていた。
これこそが、王族として人に好かれる天賦の才であろうと、レディ・キャットは冷静に分析した過去をふと思い出した。
「これは失礼を致しました。私は先程の議題を纏めるために、自らの執務室へと下がらせて頂きます」
先にカルシャ大臣が言い、書類を手に深い礼をすると部屋から退室していった。
「陛下、何かと仰いましたが、まずは何からお話したらよいでしょう。悪いお話、良いお話、不穏なお話と幾つかありまして、此処に来るまでにどれからお話すべきか決めかねてそのままでしたわ」
どれから話すべきかと、内容をぼかしながら国王にレディ・キャットが告げれば、それを察した国王が室内に残っていた文官も退室させた。
扉が閉まり、室内に二人だけの状態になりながらも、レディ・キャットは腕を組み思案をしながら国王の傍らへと近寄り、他者に聞かれることのないように細心の注意を払う。
「そうだな、まずは良い話から聞かせてくれ」
国王の方も、声を潜めてレディ・キャットへと問いかけながら、普段は温和な表情を厳しい眼差しに変えて話の内容に耳を傾ける。
「では良い話を。この度の疫病の発生源が、ルイーダ殿下の領地だということを、魔導士たちが突き止めました。ディ・ソルト・フェ・ラ村という小村の側にある森に遺跡があるそうです」
「ルイーダの領地か。だが、遺跡があるとは私も初耳だな」
「遺跡については、私も初耳ですし実際に見たわけではありませんわ。ですが、村の名前は失われた神語の一部と魔導士たちが気付き、それを解読した上で遺跡があることは間違いないと。その遺跡から疫病が発生したとのことで、遺跡の調査調停の書類を先程、文官に渡しておきました。後ほど陛下のもとに上がってくるでしょう」
思考の淵に沈みかけながらも、国王への報告を的確で簡潔に纏めつつレディ・キャットは報告を続けていく。
レディ・キャットの視線が何処も見ていない様子に、国王の腕が傍らで話す彼女の腰に伸びかけては止まるという動きが数度繰り返されていることに、レディ・キャット自身は気付いてはいなかった。
「遺跡の調査調停が済めば疫病にも終止符を打てるようです。次に悪い話として、エーベルハルド殿下についてです。魔導士の方々とも大分打ち解けられ、遺跡の話を聞きましたので、ルイーダ殿下への牽制として名前を借りるという魔導士たちの思惑とは違い、形だけではなく、多分本人も遺跡の調査に同行をしたがる…いえ、多分同行を強行するでしょう」
エーベルハルド殿下を巻き込むことには、レディ・キャット自身も反対はしていなかったが、話を聞かせて不満を解消させるだけのつもりだった。だが、エーベルハルド殿下が天幕でシルバー達との会話をする姿を見て、本人も遺跡に行くだろうという確信をレディ・キャットは持ったのだ。