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灰色の魔導士〜レディキャットの婚活調停〜  作者: 玖桐かたく
第二章
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地図と交錯Ⅶ

「へえ…ならば、この遺跡に封じられていたものが疫病の原因ってことなのか。なら、シルバー殿達はすぐにでも遺跡の調査に向かうのだろうね?」


 一通り聞き終わると、エーベルハルド殿下がシルバーへと問う。

 調査に直ぐにでも行くというのが当たり前だと、エーベルハルド殿下は魔導士たちの思想を理解はしていた。遺跡が見つかれば、魔導士たちはいつも大陸中を駆け回っているのだから。


「そうですね、一応この国の許可が必要ですので、許可が降り次第となりますが」


 苦笑したシルバーが地図を脇に退ければ、タイミングを見計らったようにハーラルトがテーブルの上に人数分のお茶が入ったティーカップを並べていった。

 器用なハーラルトとは逆に、チェルソが籠に適当に盛った菓子類をその真ん中にぽんっと置く。お茶はまだしも、お菓子の用意があることにレディ・キャットは疑問を感じたが、糖分は頭の回転に役立つものだから、誰かしらが常備しているのだろうと納得した。


 会話を邪魔しないでいたレディ・キャットは、そこで手にしていた書類の束をエーベルハルド殿下へ示す。


「そこで、国への申請としてこの調停書類を、そこのチェルソが一晩で仕上げてくれたので私が文官へと持っていく予定なのです」

「なるほど、レディ・キャットが持っていけば、文官もすぐに受領するだろうね。私が持っていくよりも確実だ」


 出されたお茶を飲みながら、うんうんと頷いたエーベルハルド殿下である。

 王太子の自分よりも、一貴族の婦女子の方が話しの通りが早いと素直に納得してしまうのはどうかと思うが、その言葉は魔導士たちには疑問にとれた。


「ルド殿下よりも、レディ・キャットの方が確実なんっすか?」


 驚いた魔導士たちの心境を声にしたのは、やはりというか素直なチェルソだった。

 慣れるのも早いもので、チェルソは既にエーベルハルド殿下の名前の呼び方にも慣れている上に、言葉使いまで砕けてしまっていたが。


「そうそう、レディ・キャットは実績があるし父王の覚えもめでたい。その上、あちらこちらへと顔も利くし貴族達の中でもちょっと特別なんだよ。だから、歴史や考古学に熱中している私よりも、断然文官達の印象もいいんだ」


 卑下した様子もなく、当然とばかりにエーベルハルド殿下は説明する。

 自らの立ち位置を理解していて、尚且つレディ・キャットの立ち位置も把握し、それを受け入れ飲み込む事が出来る器なのだろう。シルバーは珍しいものでも見たように、エーベルハルド殿下を眺めた。


 一方でレディ・キャットは、怒るべき所なのか喜ぶべき所なのかエーベルハルド殿下への対応に悩んだ。王としての資質は十分あると思うのだが、もう少し自らの評価を上げる努力もして欲しいと。


「エーベルハルド殿下…私を持ち上げてくださるのは結構ですが、自らが文官達にどんな印象を持たれているのか判っておいでならば、もう少し何とかなさいませ」


 結局、レディ・キャットは息子を叱る気分になって、額に手を当てて溜息を吐く。

 亡き王妃の筆頭秘書官時代から、度々エーベルハルド殿下を見てきた彼女にとって、弟や息子をみる気持ちになってしまうのも仕方なかった。


「ルド殿下って、今年二十三歳だったかな?」


 そこに、唐突に脈略もなくシルバーが会話に割ってはいる。

 突然何を言い出すのだろうかと、皆がシルバーを眺めたが当の本人は爪の先程も気にした様子はなかった。


「もうじき二十四だ。あー年に見合うように、この趣味も諦めて大人しく王太子として仕事に取り組めって言いたいのかな?」


 シルバーの問いに応えながらも、勝手に解釈してエーベルハルド殿下が愚痴りだした。テーブルの上の籠に盛られたお菓子を口にしながら。

 魔導士たちの雰囲気というのは、何処か不思議と普段は言えない事を言えてしまうものがあるのだろうか。


「私もね、もう少し自由でいたいんだよ。父上は健在だから直ぐに王として即位する必要もない。即位してしまったら、こんな風に自分の趣味に熱中するなんて事出来やしないからね。だから、王太子としての義務はちゃんとこなして、空いた時間を趣味に向けているだけさ」


 魔導士たちと共に、エーベルハルド殿下の愚痴を聞いていたレディ・キャットだが、文官達の評価を上げるのも王太子の義務なんじゃないかと、案外辛辣な事を考えていた。

 実際に、レディ・キャットの考えは当然の事なのだが、突拍子もない発言をしたシルバーの思考は全くといっていいほど違う事を考えていたのだ。本人はそれを口にすることはないが。

 天幕の内が微妙な空気になった頃、チェルソの明るい声が響く。


「ルド殿下も大変っすねー。国を治めなきゃいけないって、生まれた時から義務背負っちゃったわけだし、俺だったら嫌気さして速攻逃げ出してそうっすよ」


 減っていた籠の中身を追加とばかりに、両手で抱えたお菓子を籠にがさりと入れながらチェルソは笑う。

 これだから、魔導士というのは心地がいいとレディ・キャットはしみじみ思っていた。

 たった二日、共に行動をするようになっただけだが、魔導士というのは個性的なくせに気遣いも出来る器用な面を合わせ持っている人物が多いと判った。


「チェルソ、君だって魔導士として小さい頃から修行しているんだろう?私も、もう少し頑張らないといけないね」


 愚痴ではなく、気持ちの切り替えが出来たエーベルハルド殿下が、ありがとうと言いながら追加したお菓子を口にした。

 天幕の中を妙な雰囲気にしてしまったシルバーはその間も、腕を組んで何やら考えていたが、我に返ったかのようにチェルソへと手を出す。


「チェルソ、私にも菓子を……ああ、糖分の一番強い奴を寄越せ。良いことを思いついた」

「うげぇ、隊長の思いつく良いことって、大体誰かしらが多大な迷惑うけるじゃないっすか!少しは加減してくださいよー」


 悲鳴のような呻き声を漏らしながら、チェルソは砂糖の塊のような花の形をしたお菓子をシルバーの手の上に乗せる。

 それは、本物の花のように綺麗なお菓子で、レディ・キャットはそれまでの会話を忘れて目を奪われた。


「チェルソ、そのお菓子を私にも頂ける?とても綺麗ね…」

「ああ、いいっすけど滅茶苦茶甘いっすよ。それにしても、今回被害受けるのは一体誰になることやら」


 貰ったお菓子を見つめながら、レディ・キャットはチェルソの言葉とそれに同調したハーラルトの不穏な言葉を聞いた。

 レディ・キャット自身は、現状の自分にこれ以上被害が出るとは思いもしないため、周囲で交わされる会話よりも、綺麗なお菓子のほうが優先だったりする。


「被害が、自分のところに飛び火しないようにと考えるだけ無駄だ。お前も、もう少し学習して隊長の良い事には諦めを覚えろ」

「え、そんなに大変な事なのかい?私に飛び火したりしないよね?」


 チェルソとハーラルトの発言に、思わず腰の引けたエーベルハルド殿下も心配そうに言い出したが、既に別件で巻き込まれているとは誰も本人に告げることはなかった。

 三人の会話が逸れ出した頃、お菓子を飲み込んだシルバーがパンっと一つ手を叩いて会話を止めた。

 それも、極上の笑みを浮かべて。


「お前達も、ルド殿下も人聞きの悪い事を言わないでくれないかな。私は、良いことを思いついたんだ。色々な問題を片付けるだけで、誰にも迷惑をかけたりはしないぞ」


 それ、絶対に嘘だろうとは、その場にいた人間誰もが口にすることが出来なかった。

 出来ないというよりも、させないというシルバーの笑みがあったからだ。


「では、この書類を早めの方がいいでしょうし、私は早速、王宮へ行ってきますわ」


 貰ったお菓子を、食べることなく紙に包んで懐に仕舞うと、レディ・キャットは硬直している三人と、硬直させているシルバーへと告げて立ち上がった。


 天幕の出入り口へと移動しながら、シルバーの横を抜けて行く時に、シルバーにだけ聞こえるよう小さな声で囁いていく。


「エーベルハルド殿下を巻き込むほうは、後はお任せしますわ。私は書類を届けたら陛下へ根回ししてから戻ります」

「期待してるよ」


 シルバーから一言だけ弾むように戻ってきた言葉に、レディ・キャットは返事をすることなく哀れな生贄という名のエーベルハルド殿下を残して天幕を出た。


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