地図と交錯Ⅵ
「こんにちは、魔導士殿」
前髪で目元が隠れてしまっているが、笑顔で入ってきた王太子殿下はシルバーを見て喜んでいた。まるで犬のようだとレディ・キャットは思ったが心の内に留めておく。
「こんにちは、王太子殿下。今日もまた早いですね。まだおはようと言ってもいい時間帯ですよ」
シルバーが書類を片付けながら、王太子殿下へと向き直った為、残りの書類を可能な限りでハーラルトが片付けていく。
そして、シルバーと会話しながらも王太子殿下が天幕の内にレディ・キャットの存在がある事に気付いた。
「政務の時間の隙を探すとね、どうしても変な時間になっちゃうんだよ。あれ、レディ・キャット。こんにちは、昨日も来てたけど父上からの仕事?」
王族から話しかけられては、無視するわけにもいかず、陛下の仕事と看破されたレディ・キャットは口元だけに笑みを刷いた。瞳は猫科と言っても、獰猛な肉食系な眼差しで。
「御機嫌よう、王太子殿下。陛下からの仕事というのは、否定も肯定も出来ません。どうぞお聞きにならないでくださいませ」
「う、わかった、わかったよ。まるで母上の秘書官時代の表情だ…母上もそうだったけど、女性は仕事している時は人が変わるよね…あ、そうそう魔導士殿たちも、私の事は王太子殿下とか面倒くさい呼び方じゃなくて、名前で呼んでくれないかな。エーベルハルドと…」
レディ・キャットの笑みに、王太子殿下が思わず両手を挙げて降参の意を示す。それだけに飽き足らず、なにやらぶつぶつと呟いていたが、魔導士たちとの友好的な発言をしだしたのを聞いて、レディ・キャットは聞き逃す事にして視線を和らげた。
「エーベルハルド殿下…とですか?」
「それでもいいけど、エーベルハルドと名前だけでもいいし、略してルドとかでもいいよ」
困惑気味に聞き返した魔導士たちに、王太子殿下は何度も頷きながら妥協案を幾つかあげる。王族としての気取った性格というよりも、好感が持てる青年だと魔導士たちに評価されていた。
そんな評価をされている王太子殿下ではあるが、本人は至って嬉しそうである。何しろ、魔導士たちとの交流だけでも、王太子殿下にとっては貴重と感じられていたのだ。
普段、王太子として接することの出来る人間は限られている為だろう。
「では、人が多い場所ではエーベルハルド殿下と、このような魔導士の宿舎などではルド殿下とお呼びさせて頂きましょう。私の事もシルバーとお呼びくださって結構です」
シルバーはあっさりと了承したが、その背後ではチェルソとハーラルトが悩んでいた。それもすぐに慣れという事で解決したのだが。おもに、チェルソの順応力の方が早かったのだが。
「ところでエーベルハルド殿下、本日はお時間があるようで丁度よろしかったですわね。魔導士方から、とても興味深い話を聞けましてよ?」
追い払うのではなく、迎えいれるのだ。いや迎えいれるというのは正しくはない、巻き込むのだ。そうレディ・キャットは思考を切り替えて、エーベルハルド殿下へとシルバー達を示すように手を向けて示す。
昨日からレディ・キャットが宿舎に出入りするようになり、何かと追い払われていたエーベルハルド殿下が珍しいレディ・キャットの発言に首を傾げた。
「興味深い話?どんなのかな、シルバー殿からというならすごく貴重な話だと思うけど聞いてもいいのかい?」
「もちろんです。レディ・キャットからもお話を伺っておりましたが、是非ルド殿下にもお話をさせて頂きたい。チェルソ、地図を」
レディ・キャットの思惑にのって、シルバーが遺跡調査についてエーベルハルド殿下を巻き込むように話を合わせてきた。背後のチェルソに地図を広げるように指示をし、テーブルの上へと広げさせる。
「今回の疫病が発生した地域の中でも、特に罹患率が高かった地域がこちらです」
昨日、テーブルに広げていた地図と同じ地図である。様々な事柄が書き込まれているが、丸で囲った村を中心にしてシルバーが指し示す。
「ああ、ルイーダの領地がある北方地域か。あいつは領地から上がってくる税収にしか興味ないからな、今回の疫病への対策も殆ど叔父上が代わりにやっていたし、ルイーダが領主なのは領民にも可哀相な事をした」
疫病の内容についても、政務でしっかりと頭にいれているのだろう。
エーベルハルド殿下は地図を見せられてすぐに理解した。同時に従兄弟への批判も出ていたが。
「まぁ、ルイーダ殿下がどのような方であれ、今問題なのはこの度の疫病がどうやら遺跡が原因らしいとわかったのです」
「遺跡?この地域に遺跡なんてあったのか?しかも、そこが原因で疫病ってどういうことだい」
「こちらの村の名前ですが、レディ・キャットに教えて頂いたおかげで遺跡があるという事と疫病が絡んでいることが判ったのですが…」
不思議そうに地図を眺めているエーベルハルド殿下へと、シルバーが丁寧に説明をしていく。
昨日、レディ・キャットを含め四人で地図を眺めていた時の再現のようであった。
ディ・ソルト・フェ・ラ村の名前の由来、それが既に失われた神語が変形したものであり、それの正しい名称をシルバーが解き明かした事。
そして、その名前から村の側の森に遺跡が隠されているという事を、エーベルハルド殿下へと説明していく魔導士たちを眺めながら、レディ・キャットは自らの復習になると頭の中で整理していた。
今更ながら、読んでくださっている方々へ感謝を。