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灰色の魔導士〜レディキャットの婚活調停〜  作者: 玖桐かたく
第二章
12/46

地図と交錯Ⅴ

 調停用の申請書類を見終わったレディ・キャットが、書類を元に戻して封筒に戻していると、天幕に張られた魔導力の幕を誰かが通り抜けて入って来た。


「隊長~王子さん、まあーった来てますよー。どうしますか?」


  魔導力の幕を破ることなく、するりと抜けると再び膜は元通りになる。これが普通の人間であれば天幕に入ることすら出来ずに立ち往生である。魔導士でなければ、天幕を覆う結界のようなその幕にすら気付く事はないだろう。その為にハーラルトが天幕を覆って、調停内容を漏らさないようにしたのだが。

 入ってきたのは、今日は姿を見ていなかったチェルソであった。


「あら、チェルソ。御機嫌よう」


 昨日、シルバーの質問に答えたり、魔導士達の一団を眺め逆に質問をしながらも、チェルソの反応を一日充分に観察していたレディ・キャットにとっては、面白い玩具が来たと思った。

 もちろん、王太子殿下の方は厄介ごとであるが…。


「あ、レディ・キャットちわっす。書類の方、大丈夫っすか?もう、その書類の為に夕べ一睡もさせてもらえなくて、さっきまでぶっ倒れてたんっすよー」


 随分と砕けた喋り方のチェルソだが、レディ・キャットはそれも気に入っていた。照れているのか、自らの後頭部をがしがしっと荒く掻きながらレディ・キャットへと向けてくる視線には素直な憧れが見える。


「とりあえず、私が拝見したところは問題ないわね。多分文官に渡しても、大丈夫じゃないかしら?貴方の書類作成の早さに驚いていたところよ」

「いやー、そう言って貰えると嬉しいっすねー。うちの隊長みたく扱き使っておいて、それが当然ってのに慣れると心が癒されるっすよー」


 自分の胸へと手を置きながら、はぁっと嬉しげな溜息だか吐息だか、天幕にいた3人には判断出来ない息を漏らしたチェルソの露骨な反応。その隊長であるシルバーが、しっかりと話を聞いているにも関わらず。

 呆れ顔のハーラルトがチェルソを止めようと近寄る前に、シルバーの柔らかなテノールの声が響いた。


「へぇ、そんなにチェルソは私の部下でいることが苦痛か?なら、使い魔を返上してレディ・キャットに仕えるか?ああ、どうせなら婿養子としてとってもらってもいいんじゃないか?」


 にっこりと、それはもう女性ならときめくであろう笑みを浮かべたシルバーだが、チェルソとハーラルトにはかえって恐怖しか浮かばない。それを眺めているだろうはずのレディ・キャット自身は、すでに淹れなおされていたお茶を飲みながら今日の夕飯の献立を思い描いていた。


 シルバーの発言に反応がない辺り、レディ・キャットにとって、今朝方、ハーラルトはいい婿になりそうだと思ったが、チェルソは眼中にないということであった。チェルソ自体は短めの茶色の髪に、溌剌とした活発そうな茶色の眼差しに男性の中でも少し高めの身長となかなかの好青年ではあるが、レディ・キャットにとってはどうやっても婿という感覚よりも良くて弟という感覚なのであった。


「いやいや、魔導士を辞める気はないっすよ。隊長ー冗談じゃないっすかー」


 慌てたチェルソの声が天幕に響くが、ふと先程チェルソが天幕に入ってきた時に言っていた言葉を思い出したレディ・キャットは、お茶の入ったカップを置くと慌てたようにガタリと音を立てて立ち上がる。

 それを機に、シルバーとチェルソの戯れも止まったが。

 レディ・キャットには優先すべき事柄なのだ。


「チェルソ貴方、先程、王太子殿下がいらしたって仰らなかった?」


 いつも優雅さを失わないレディ・キャットの動きに、魔導士達3人は思い出したかのように同じ文字を一言口にした。そう、まさしく「あ」である。

 ちなみに、チェルソ以外の二人は、彼女の口から先程の会話で、レディ・キャットの本来の性格そのままの内容を聞いている為、彼女の焦った姿に驚くこともなかったのだが。


「そうだ、王子さん来てたんっすよ。隊長ご指名なんっすけど、この天幕に魔導力が働いてたもんで俺が聞きに来たんっすよ。じゃなかったら、今頃すでに王子さんが天幕に突撃してんじゃないっすかね」


 恐ろしい事をさらっとチェルソが言ったが、結界のように天幕を魔導力で覆っていてくれたハーラルトにレディ・キャットは心底感謝した。

 シルバーは溜まった書類の山と、王太子殿下の来訪を天秤にかけて思案していたが、ここでも気が利くハーラルトが救いの主となるかと思われた…。


「隊長、王太子殿下には調停の仕事の最中という事でお引取り願いましょうか?」

「けどそれ、誰の調停なのか聞かれそうで嫌だね。だが、書類も溜まってきているし遺跡調査を日延べしたくもない…ああ、遺跡調査について王太子殿下も巻き込んでしまうか」


 考古学マニアな王太子殿下であれば、まず間違いなく食いついてくる事だろう。

 レディ・キャットは遺跡の話程度ならば問題ないかと判断し、シルバーへと同意を示す。


「遺跡調査について、王太子殿下に当たり障りのないお話しをして頂けるのでしたら、私も助かりますわ。陛下の命令であったとしても毎回追い払ってばかりいては、王太子殿下からの心象も悪くなりますし、適当な所で殿下にも息抜きさせておけば、今後の対応も楽になるでしょう」


 天幕の中で、唯一の常識を唱えたハーラルトではなく、腹黒とも呼べるシルバーとレディ・キャットの同意で王太子殿下の扱いが決まった。それが、出会って間もないシルバーとレディ・キャットが気の合う性格だということをハーラルトとチェルソに確信させた。


「じゃ、決まりだ。チェルソ、王太子殿下を天幕に入れていいよ。他からの横槍があっても面倒だから、ハーラルトの張った結界は壊さないようにね」


 まるで犬や猫でも招くように、指先を振ってチェルソに指示する。


「了解っすー」


 それだけ言ったチェルソが天幕から出ていくと、シルバーがレディ・キャットへと一言告げた。


「調停の方は、一時中断ってことでよろしく」

「もちろんですわ。王太子殿下のいる場所で話すような内容ではありませんもの」


 飽きれたようにレディ・キャットが肩を竦めると、丁度見計らったかのように天幕の内へとチェルソが王太子殿下を連れて入って来た


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