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灰色の魔導士〜レディキャットの婚活調停〜  作者: 玖桐かたく
第二章
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地図と交錯Ⅳ

 テーブルの上で調停の書類を広げ、確認作業に入ろうと書類を手際よく分けていく。


「ありがとう、レディ・キャット。書類の確認しながらでも、話しかけて大丈夫かな?」

「構いません。口を動かすのに脳は対して使いませんから」


 うっかりとした事すらも、口にしない余裕があると取れる発言をしながらも、ハーラルトが用意してくれた椅子に座り、レディ・キャットは書類へと視線を落とす。

 意外と気遣いの利く人物のようで、ハーラルトはお茶の支度もしてくれていた。

 レディ・キャットの中で、ハーラルトへの好感度は益々上がっていくばかりだ。


「なら大丈夫かな。レディ・キャット、貴方の調停に関してだけど、疫病でお父上を亡くされて、この国は跡目を継ぐのは男子のみという法に関してだよね?期限が三ヶ月と言っていたからその事だと思ったんだけど」


 シルバー自身も、溜まっているのか書類へ再び視線を向けながら、レディ・キャットのここ最近の最大の悩みを口にしだした。

 調停という単語を聞いたハーラルトが、慌てて何か唱えた後、天幕を覆うように薄い白い幕が広がったが、会話をしている二人は気にすることもなく会話を続けていた。


「その通りですわ。生憎と、私に跡目を継げる男子の兄弟はおりませんし、一人娘でしたので婿養子を取らなくては領地も遺産も国に没収という形になってしまいます。別に没収されたところで、私だけでしたら王宮で秘書官に戻れば生計に問題はありませんけど、使用人達や領地の者達のことを思うと、馬鹿な貴族の手に領地が渡るのは気の毒で」


 周囲を気にする事も無く、社交の場では決して口にすることのない、身も蓋も無い言いようなレディ・キャットに、シルバーは一瞬目を見張った。

 だが、天幕にハーラルトの張った外部に音が漏れない魔導に気付くと、問題はないようだと書類へと視線を戻す。部下のハーラルトがその場に同席していることは念頭にもないのだ。


「つまり、扱いやすい婿養子を取りたいという事が結論でいいのかな?」

「いいえ。扱いやすいで一括りにされては困りますわ。まず、無駄に閨での睦言を好まない事。領地や遺産を使って、遊び惚けない事。そして、最大の問題は「俺と仕事とどちらが大切だ」等と口走る頭の弱い方ではないことですわね」


 きっぱりと言い切ったレディ・キャットは、見終わった書類を整えて次の書類を広げていく。

 だが、その発言を聞いていたシルバーとハーラルトの二人は、丁度飲みかけていたお茶を噴出しそうになって咳き込んでいた。なんとも、タイミングが悪いと言えばそれまでだが、貴族の婦女子であるレディ・キャットの発言も相当のものである。


「ああ、それから直ぐにぽっくり逝ってしまわれるような高齢の方もお断りです。跡目を継ぐのですから、それなりに生きて頂かなくては。そういう事を考えると、閨での睦言は下手でなければ多少は私も譲歩致します。下手なくせに好色な方は、もう懲り懲りですわ」


 過去の婚約者を思い出して、沸々と湧き上がる怒りに似た感情を覚えながらも、書類を確認する視線は止まらずに紙の上を滑っていく。


 そう、レディ・キャットが若い頃に婚約していた相手が、まさに今いったような相手で、王妃の秘書官となり仕事が楽しくて堪らない彼女に「俺と仕事とどちらが大切だ」という発言をして、一瞬の躊躇もなく仕事だと彼女に云われて破局したのだ。

 あの頃は若かったわと、レディ・キャットが思っていれば、視線を向けられていることに気付いて、確認している書類への手を止め天幕の内の二人を見た。


「どうなさったの?」


 盛大に咳き込んでいるシルバーとハーラルトだが、自らの発言が原因だとはレディ・キャットは露程も思わずに不思議そうに眺めている。咳が収まったシルバーが涙目になりながら、レディ・キャットを見て笑った。


「ぶはっ……ははははは!貴女、そんな過去で婚約者と別れてたのか。以前は婚約していたと噂で聞いたものだから、不思議だったのだけどね。男に生まれてれば、女性達から引っ張りだこの婿候補だっただろうね」


 レディ・キャットが過去に婚約者が存在していたという、今では国内ではすっかり忘れられかけている事柄もシルバーは調べていたと自白に近い言葉を告げながらも、シルバーは変わらず笑いが収まる様子もない。

 そして、男に生まれていれば、先日も国王にも言われたばかりの言葉である。


 僅かに口を尖らせて拗ねたような表情を浮かべながらも、用意されていたお茶を一気に飲み干してテーブルに戻す。丁度良く冷めていたお茶は、喋っていたことで乾いた喉を心地よく潤った。


「笑い事じゃありませんわ。女だって仕事もするし、睦言も主導権を持っても構わないじゃありませんの。子を産むのは女性しか出来ないんのですもの。第一、男子しか跡目を継げないというこの法もどうかと思いますわ」


 見終わった書類を、纏めてとんとんっとテーブルの上で整えながら、宮廷では喋る事が出来ない本音を吐き出せて、ある意味レディ・キャットは清々していた。ここが、魔導士達の宿舎であって、貴族がいない場所だというのも彼女の心情を軽くし、普段ぶちまける事が出来ない事でも気兼ねする必要がないからだ。


 レディ・キャットは案外と、内面は魔導士と性格が合うのではとハーラルト等は口にはしないが思っていた。


「確かに、男女の区別する事ではないね。実力こそ総て。だが、残念なことに貴女はこの国に属している。だからこその調停か」


 シルバーも椅子の上で片膝を付きながら、書類を手放して黄金の眼差しを宙に漂わせた。

 当初思ったよりも、大した難問だとシルバーは口にしそうになったが、またレディ・キャットの身も蓋もない言葉を聞きそうで口を閉じておくことにした。


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