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灰色の魔導士〜レディキャットの婚活調停〜  作者: 玖桐かたく
第二章
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地図と交錯Ⅲ

 シルバーからの要請で宿舎に行くようになって二日目。


 王都にあるレディ・キャットの別宅で、朝食が済み宿舎へと向かうべき支度をしていた彼女は、思いがけない来訪を受けた。

 来訪したのはハーラルトである。


「おはよう、ハーラルト。こんなに早くからどうなさったの?」

「隊長から、急ぎレディ・キャット殿をお連れするようにと、指示がありましたので向かえに上がらせて頂きました」


 執事に取次ぎを頼み、玄関ホールに立ちレディ・キャットを待っていた金髪のハーラルトは、たたずまいから魔導士というよりも騎士のように見える。

 その為、メイド達が好奇心を抑えきれず仕事の合間にちらちらと眺めている。ハーラルトの方は見られても微動だにしない精神力で立ち向かっているように、レディ・キャットには見えた。


「ご苦労様。でも、昨日の今日で、そんな急ぐ事あったのかしら」


 不思議そうなレディ・キャットへ、エスコートするかのようにハーラルトが腕を伸ばした。

 そんなハーラルトの腕に視線を向けて、レディ・キャットは思う。彼もまた魔導士でなければいい婿になったであろうと。エスコートする為のさりげない仕草ですらも、貴族に見劣りする事もなく洗練されているのだから。


「それは道中お話致します。馬車で参りますか?馬ですと速くて助かるのですが……」

「もちろん、馬で行くわ。昨日も乗馬だったのよ、気付いていなかったのかしら」


 くすくすと楽しげにレディ・キャットが笑えば、ハーラルトは昨日の彼女の姿を思い出して納得したのか頷いた。


「では、出かけて来るわ。帰りは昨日と同じくらいになるでしょうから、屋敷の方はお願いね」


 ハーラルトの腕に手をかけながら、執事へと振り返りそう指示を出す。

 いってらっしゃいませと、執事の返事を聞いてからレディ・キャットは厩舎から出されてきていた栗毛の馬を器用に操りながら、ハーラルトと共に宿舎へと向かった。


◇◇◇


 宿舎へと到着したレディ・キャットの元へ、チェルソの作成した遺跡調査申請の書類は、彼女が思ったよりも早く手渡された。

 道中、ハーラルトから聞いていたとはいえ、信じられない速さである。

 調停に関する書類は、案外と難しくそこらの一般学問を修めた程度では作れるものではない。その為、目の前に差し出された書類の束に、彼女が驚きを隠せないのも無理はなかった。実際、書類が出来上がるのには数日掛かると思っていたのだ。


「不備がないか、念のためですが確認させて頂いてもよろしいかしら?」


 レディ・キャットは受け取った書類を示しながら、書類を差し出したハーラルトとシルバーに視線を交互に向ける。提出前の書類ではあるが、調停に関するものだ。本来なら彼女が目にする必要のないものな為、疑問系になってしまう。


「もちろん。チェルソの事なので不備はないと思いますが、念には念を入れたほうが書類の認可も早いでしょうしね。貴女は亡き王妃の元秘書官と聞いておりますから、違う視点からも見て頂けるでしょうし」


 ハーラルトが快く頷き、書類を見るに適した場所として昨日の天幕へとレディ・キャットを誘う。

 自分へと届いた書類を確認していたシルバーも、同様に天幕内へと戻る。だが、昨日とは違いあの若い落ち着いた茶色の髪の魔導士チェルソの姿は見当たらなかった。


 秘書官というのは昨日の紹介ではしていなかったはずだが、ハーラルトが当然のように口にしている事に、レディ・キャットは困惑気味に天幕の内で地図が広げられていたはずのテーブルへと書類を置いた。


「まず、この書類を拝見する前に一つ、お聞きしてもよろしいかしら?」


 早速、自らの書類を手にしていたシルバーと、テーブルの上に残っていた書き損じ等の紙を片付けていたハーラルトへと先程の疑問をぶつけることにした。この国の宮廷関連の情報を提供する為に自分が派遣されたというのに、自分が告げてもいない事を当然のように知っている魔導士を信頼していいものかと思ったのだ。


「何故、私が元秘書官だとご存知なのでしょう?」


 ぴたりと動きを止めたハーラルトだが、その上司であるシルバーは飄々と言ってのける。

 自らの首筋をとんとんっと指先で軽く撫でるように叩いて銀色の蝶を出現させながら、視線は相変わらず書類を眺めたままだ。


「これ、私の使い魔なんだけどね、情報収集能力に長けているんだ。一昨日、貴女に寝室に送ってもらった後に貴女について、ざっと情報を集めさせた。魔導士ってのは用心深いんだよ。魔導力を行使することが出来る事への義務としてね。といっても、人の心の中まで知る事が出来るわけでもないし、書類上に記されている程度の情報を集めるぐらいだけどね。」


 銀粉を散らして天幕の中を舞っていた銀の蝶が、シルバーの言葉が途切れると共に主の首へと吸い込まれるようにして姿を消した。

 代わりに、シルバーの黄金の眼差しがレディ・キャットへと向けられる。シルバーが手にしていた書類が、ぱさりと乾いた音を立ててテーブルに落ちた。


「つまり、使い魔に私の素性を調べさせたということですか…あまりいい気はしませんが、その用心深さには同意致します。私が同じ立場であれば、同じ事をしていたでしょうから」


 心情がどうあれ、そう納得するべき状況だとレディ・キャットは自らを律し、向けられている黄金の眼差しを緑の瞳で見返した。互いに、互いの立場を理解すべく数秒の間、見詰め合っていたが、その間ハーラルトが脇で息を止めて見守っていた。


「うん、そう言ってくれると助かる。一応、罪悪感はあるんだよ。だけど、貴女の為の調停問題も同時に着手出来そうだから、それで許してもらえないかな?」


 先に眼差しを和らげたのはシルバーの方で、レディ・キャットの言葉に何処か嬉しそうに白状した。本来ならば、気まずくはないのだろうかと、側で攻防を見守っていたハーラルトが思っていた事など二人は思いもせず。

 シルバーの悪気のなさそうな口調に、レディ・キャットは深々と溜息を付くと、動きを止めていたハーラルトに視線を流して飽きれ気味に言った。


「貴方達の隊長って、いつもこんな風ですの?副官としてやってる貴方には、ある意味尊敬しますわ」


 突然話しかけられたハーラルトは、ぎくしゃくとしながらも動きを取り戻して、レディ・キャットに深々と頭を下げた。ハーラルトらしい真面目さである。


「申し訳ありません。協力してくださっているのに、ご不快にさせてしまい。ですが、うちの隊長は普段は単独行動が多いので、私はそれほど苦労しておりません」


 生真面目にも返答するハーラルトに、シルバーは今度こそ気まずげに視線を逸らしたが、レディ・キャットは苦笑を零した。単独行動しているというシルバーだからこそ、警戒心も人並みに以上に強いのだろう。


「判りました。シルバー、貴方がそういう警戒心の強さゆえの事だと。許すもなにも、苦労をかけられていらっしゃるらしい部下の顔に免じて、今回の事は無かった事には出来ないけれど、ちゃんと調停の方で最良の結果を出して頂きます」


 妥協、そうそれが一番生きていくうえでの大切な答えだと、レディ・キャットはずっと昔に見つけていた。随分と、若い頃に。


後数話は、書き溜めていた分があるので、誤字脱字の確認ができ次第UPしていく予定です。

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