2 Continue --- そういうとこだぞ、青年 ---
目を覚ましたと同時に、青年は叫ぶ。
「何でよ!」
「うるさいぞ青年。死んでしまうとは情けない。」
「理不尽だ!」
今日はソファに腰掛けて、カップ麺を啜る女神ラヴァーが、怠そうに口をもごつかせながら溜め息のように鼻息を鳴らした。
「何が。」
「謎解き! 俺は正解した筈だぞ!」
「正解してないから此処に来たんだろう。」
納得いかない青年、クリフ。
五つの扉と、嘘吐きぬいぐるみの謎。
クリフは正解を導き出した筈である。
五つの扉の前に居る、五つのぬいぐるみ。
五つの扉の内、一つは出口に繋がる扉で、四つはお仕置き部屋に繋がる外れの扉。
扉の前には一つずつ、ぬいぐるみが居る。
四つは嘘吐きで、一つは正直者。そのそれぞれが「この扉は出口である。」と言った。つまり、正直なぬいぐるみが居る扉が正解である。
その中の、赤いぬいぐるみが言った。
『俺は正直者だぜ! 他の奴らは全員嘘吐きだ!』
これが嘘吐きの言葉だとすると、「俺は正直者。」は嘘を吐いていると判断できるが、「他の奴らは全員嘘吐きだ。」に矛盾が生じる。何故なら、これが嘘だとするならば、「他の奴らは全員正直者だ。」という事になるからだ。これはルールに反している。
故に、赤い人形は正直者である。
クリフはこの推理に確信を持って進んだ。しかし、穴に落ちてゲームオーバー。納得がいかない。
そんなクリフにラヴァーは呆れ顔で言った。
「いや、その推理が間違っているんじゃないのか?」
「どこが!」
「だって、『他の奴らは全員嘘吐きだ。』が嘘であっても、『他の奴らが全員正直者だ。』って事にはならないだろう。」
「え?」
女神に言われてクリフは一瞬混乱した。
女神は「だーかーらー。」と言い直した。
「いや、赤い人形が嘘吐きだったら、『他の奴らが全員嘘吐きだ。』ってのは、嘘であってるじゃないか。だって、他のぬいぐるみの中には、正直者が混じってるんだから。『全員嘘吐きでは無い。』だろ?」
「……あ。」
クリフは勘違いしていた。
『嘘吐き』というのは、『必ず逆の事を言う』という意味では無い。
言ったことを真逆にするだけでは不足なのだ。
女神様は、ずずずとスープを啜った後に、箸の先をクリフに向けて、溜め息をついた。
「青年。『AND』、『OR』、『NAND』、『NOR』。はい、分かるか?」
「は?」
「いや、分からないならいい。つまり、君は間違えた。オーケー?」
「い、いや、納得いかない!」
「お、粘るな。青年。」
クリフは、まだ認めない。
あの時、ティンと来た感覚が、未だに自身の過ちを認められないのだ。
それに、あれだけ自信満々に進んだのに、間違えたとか相当に小っ恥ずかしい。
「だって、それじゃあ、あの赤いぬいぐるみの発言じゃ、正直者と嘘吐きの判別ができないじゃないか! そんなの理不尽だ!」
「そりゃできないだろう。あれだけじゃあ。他のぬいぐるみの発言を聞いたか?」
「え?」
女神様が、カップ麺を置く。
「そもそも、あそこに何でメモを置いていたと思う? 話をメモしとかないと難しい内容だからだ。つまり、いくつかの発言を照らし合わせて、推理しないと行けないような難易度って事だ。そんな、たったの一言で謎が解けてしまうのなら、メモなんて要らないだろう?」
「あ、え、えーと。」
「大体だな、あれがフユに向けられたクイズだって事は分かったんだろう? なら、どうして、あんなクイズをフユ向けに出しているのか、その意図とか考えなかったのか?」
「いや、別に不必要かと……。」
「駄目だな、青年。お前は彼女をゲットするんだぞ? 女心、というか人の心をもっと知ろうと努力すべきじゃないのか? そんなんだから彼女ができないんじゃないのか?」
「ご、ごめんなさい。」
何故か凄い説教されている。
クリフはボロクソ言われて若干心が挫けた。
「で、でも、そんなゆっくりしてたらフユに追い付かれるし……。」
「それならそれでフユと仲良くしたらいいんじゃないか? ああ見えて青年、お前より年上だぞ。」
「え、マジ? ……じゃなくて! だって、魔女だぞ!? 人形にされてしまうんだぞ!?」
「逃げなきゃ人形にされないさ。まぁ、すぐに誰を彼女にするのか選べとは言わない。だが、コンティニューの度にアドバイス求めるな。面倒臭い。」
「え、えぇ……。」
最初からそうだったが、面倒臭いで一蹴する女神様に、クリフは困惑した。
そして、さらりと言ったが、ひとつ、どうしても納得できない事があった。
「やっぱり、魔女を彼女にしなきゃいけないのか……?」
「いや、別にしたくなきゃしなければいいけど。青年、君は多分、人間の彼女はできないぞ?」
「そこを何とかしてくれるのが恋愛の女神様なんじゃないのか?」
「甘ったれるな! 魔女はお前を好いてるみたいなんだから、そっちの方が楽だろうが!」
「えぇ……? そもそも、何で俺、そんなに魔女に好かれてるんだ?」
「自分の胸に聞いてみろ!」
「知らないよ! あんた、さっきからキレ芸で押し切ろうとしてるだろ!」
女神様はバレたか、とでも言いたげに、ばつが悪そうに一瞬目を逸らす。
しかし、すぐに誤魔化す様にキリッとした表情で前に向き直って、腕を組んだ。
(だが、格好はだらしない)
「とにかくだ。理不尽な言い掛かりはやめろ、青年。あと、お前、セーブちゃんとしてるか?」
「あ゛。」
セーブをするのを忘れていた事を思い出す。
という事は……。
クリフがテーブルを見下ろすと、其処には黒いベッドが描かれたカードと、無地のカードが置かれている。
「ベッドからやり直しだな。」
「畜生!」
また、あの緊張するステルス脱出を繰り返す。
クリフは思わず床を叩いた。
「セーブを有効活用しろ。ノーコンクリアとか考えるな。それさえできれば、あの程度の五択問題、楽勝だぞ。」
「…………あ゛!」
「気付いたか。」
真面目に謎解きしようとしていて、ゲームオーバーを避けようとしていて、クリフはうっかり見落としていた。
考える必要はない。
クリフが持っている権利さえあれば、『魔女の館内では』、あそこの扉の選択に一秒もかからないのだ。
「実のところ、あそこのクイズは、フユが気付いて追い掛けてくるまでに解決できる様なものじゃない。ぬいぐるみの会話をしっかりと聞いて、引っ掛けに引っ掛からず、少しずつ嘘吐きを判断する必要がある。そういう目的で作られたクイズだしな。」
「そういう目的?」
「とにかく、これで突破法は分かったろう。私は飯も食ったし、暫く寝る。此処に戻ってきても声は掛けるな。以上。」
どうやら、クリフの質問に答えるつもりはないらしい。
この女神様、付き合いは短いが、大体キャラはクリフにも掴めてきた。
その質問に答えないスタンスが、ただの面倒臭がりなのか、それとも答えたらまずい事なのかは分からないが。
「……まぁ、この部屋なんか変な匂いするから、あっちに戻るか。」
「お前な、女性の部屋でそういう事言うのか? そういうとこだぞ、青年。」
「女性……? あ、ごめんなさい。灰皿投げないで。」
灰皿を投げられる前に、黒いベッドのカードにタッチする。
ガコンと床が抜けて、再びクリフは魔女の館に舞い戻る。
~ 2 Continue ~