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フユの場所 『ぬいぐるみのおへや』




 カッ、と目を見開くように青年は覚醒した。


 たとえそれが夢であろうとも、誰が叫ぼうか。

 黒いカーテンに囲われたシャンデリアが視界に開けた時、青年は己の口を押さえ付け、一切の声を漏らさぬように息を殺した。


 青年、クリフはベッドから身を起こす。見覚えのある黒いベッドだ。

 どうやら今見ていたのは夢では無いらしい。


 此処は、魔女の館。

 黒い森に存在すると言われる、恐ろしい魔女の住処だ。

 このベッドの主、人形の様な少女の魔女、フユが、このカーテンに囲われたベッドの外に居るのだ。

 クリフはベッドを軋ませぬよう、ゆっくりと、布団の上で身体をくねらせ、慎重にベッドから降りる。黒いカーテンに指を掛け、僅かに開いてから、その隙間から外の様子を窺った。


 視界の端、燭台に囲われた木のテーブルの前に、小さな少女の背中があった。薄明かりに浮かぶ黒い髪と、頭に載ったリボン、人形のようなゴスロリドレスから、あれが魔女フユである事を認識する。読書でもしているのだろうか、視線はテーブルの一点に落とされている。

 さらに、よくよくテーブルの方を見れば、同じように一点を見つめる、テーブルの上に立つ執事服のカエルの後ろ姿も見えた。魔女の眷属、カエルのハインリヒ。魔女フユの口役でもあるカエルだ。

 しめた。クリフは音を立てぬよう息を呑む。


 やはり、あの時は、起き際に叫び声を上げたのが悪かったらしい。

 流石にクリフが起きるまで、ずっと監視をしていた訳ではないようだ。

 前の記憶で出くわした魔女の関係者は、全員テーブルに釘付けである。

 以前見つけた扉の方を見れば、やはり半開きの状態で、其処に至るまでの道に障害物は一切無い。


 カーテンを一度閉じる。そして、呼吸を整える。


 先程の事を思い出す。

 思い切り走り抜けても、フユに追い付かれ、ぬいぐるみに返られてしまった。

 恐らくは、フユに逃走を見つかった時点で、アウトなのだ。


 一切見つかるな。


 クリフは意を決し、カーテンをゆっくりと、僅かに開き、身体をその隙間に通らせた。

 幸い、床には絨毯が敷いてある。履かされたままの靴下もあり、足音は立たない。床も頑丈で軋むようすもない。音を殺し、一歩一歩、足をすらせて進んでいく。


 慌てるな。


 走り出したい衝動を抑え、一歩一歩確実に進む。不思議と落ち着いていた。

 一度慌てた結果を見ているからなのか。やり直しがきくと分かっているからなのか。はたまた、この一時間もしない間にあまりにも多くの出来事が起きすぎて、感覚が麻痺してしまったからなのか。

 気付けば、フユとハインリヒに振り向かれる事なく、クリフは出口の扉へと到達した。


 まだ、安心はできない。


 扉をゆっくりと引く。ベッドや床同様に、扉も軋む音すら立てなかった。

 扉の奥を覗くと、薄明かりしか無い部屋の中と同様に、明かりの殆ど無い廊下が伸びている。

 暗い。しかし、むしろ、好都合だ。

 扉を開いても、外の明かりが部屋に差し込む事がない。お陰でフユに扉を開いたことを悟られる事がなかった。ゆっくりと、扉の隙間を潜るように通り抜け、逆側の取っ手を握り、そっと引く。

 完全に閉める必要は無い。ただ、隙間が殆ど残らない程度に、扉を半開きの状態にした。

 まだ走れない。フユは魔女だ。地獄耳を持っているかも知れない。


 まだ、音を立てるな。


 ゆっくりと、窓ひとつ無い廊下を歩く。

 脇には何故かカボチャを刳り抜いて作ったランタンが並べられている。先に進む道はかろうじて見えている。

 細い廊下の先に、若干開けた空間があるようだった。其処だけ、オレンジ色の明かりが灯っており、薄暗いフユの部屋や、フユの部屋から伸びる廊下とは違う世界が広がっているようだった。

 クリフは音を立てずに、慎重に進んでいく。

 そして、何事もなく、開けた空間の手前まで差し掛かった。


 クリフは、この時、重大な思い違いをしていた。


 この館に住む魔女は、フユだけである。






 それは、クリフの、思い込みであった。


 フユの目から逃れられれば、誰もいないと思っていた。

 故に、フユから離れるにつれて、警戒は薄まる。

 そして、そろそろ音も届かないだろうと、完全に油断しきったところで辿り着く、開けた空間。

 其処に不用心に踏み入った瞬間、クリフの背筋はぞっと冷えた。


 ひそ、ひそ、ひそ、ひそ、ひそ、ひそ。


 小さな声が囁いていた。

 其処は扉の無い部屋。

 巨大なオバケカボチャのランタンがぶら下がる一室の、壁一面には、大量のぬいぐるみが、ヒモでぶら下げられ、飾られていた。

 そして、ぬいぐるみのひとつひとつから、そのささやき声は聞こえていた。


 やっちまった。


 クリフは一気に放心した。

 フユが抱きかかえていたぬいぐるみ。

 クリフも一度、変えられてしまったぬいぐるみ。


 魔女のぬいぐるみであれば、生きていても不思議では無い。

 そして、それは間違いなく、魔女フユの持ち物である。


 彼女の手下に、今、囲まれている。


 彼らがクリフに直接何かをできるという訳ではないのかも知れない。しかし、彼らは喋っている。フユを呼ばれれば、それだけでクリフはおしまいだ。


 やり直しだ。

 でも、このぬいぐるみ部屋、どうやって突破すればいいんだ。


 次のコンティニューに思いを馳せるクリフ。

 しかし、やや早計だったようだ。




 人形達が、いつまで経っても叫ばない事に、放心していたクリフはふと気付く。

 ささやき声しか聞こえない。彼らもまた、フユのように大きな声を出せないのだろうか。

 フユよりは大きな声のささやき声。クリフは、違和感に気付いた事で、その声をかろうじて聞き取る事ができた。


『……ニンゲン、ニンゲン、此処から逃げる方法を、教えてあげるよ、耳を貸せ。』

『……ダイジョウブ。フユ様は絶対に呼ばない。だから、声を出さずに、耳を貸せ。』

『……逃げたいんでしょ。魔女の館から。ヒントをあげる。だから、耳を貸せ。」


 ささやき声は、クリフに、語りかける声であった。

 フユに悟られまいと、声を抑えたささやき声。これはクリフに対する内緒話だ。

 クリフは理解できなかった。

 どうして、彼女の持ち物であるぬいぐるみ達が、彼女の攫ってきた人間を、主に意に反して逃がそうとしているのか。

 クリフも声を抑えて、問い掛ける。


「……どうしてお前達は助けてくれるんだ?」


 罠かも知れない。そんな思いがあった。

 すると、ぬいぐるみ達は応える。


『……あなたはフユ様のお気に入り。』

『……あなたを手に入れれば、フユ様にとって、私達は要らない子。』

『……捨てられたくない。今のままでいたい。』

『……だから、ニンゲン、あなたを逃がす。』

『……フユ様が満足してしまわぬよう。』

『……ぼく達が捨てられぬよう。』


 ぬいぐるみ達も魔女を恐れていた。

 彼女の玩具に過ぎない彼らは、彼女に捨てられる事を恐れていた。

 打算的な、利己的な、彼らの本心を聞いたクリフは、ようやく彼らの言葉を信じる事ができた。


「……教えてくれ。俺はどうしたらいい?」

『……三女様を頼って。』

『……あの御方なら察してくれる。』

『……フユ様に連れて来られた、そう言えば分かるはず。』

「……三女様?」


 クリフは其処で初めて理解した。


 魔女は、一人では無い。


 三女様。それがフユの姉であるか、妹であるかは分からないが、少なくとも、三女という事は魔女は三人以上居るという事だ。

 危なかった。フユ以外には魔女は居ないものと思い込み、不用心になっていた事に気付き、クリフは肝を冷やす。

 しかし、三女様やらは、ぬいぐるみ達曰く、話の分かる魔女らしい。

 彼女を頼れば、此処から出る手段が見つかるという事なのか。


『……この先を真っ直ぐ進んで。』

『……開けた空間がまた現れる。』

『……其処には五つの扉がある。』

『……五つの扉の前には、それぞれ私達の仲間がいる。』

『……でも、気をつけて。そいつらは頭の悪い、馬鹿ばっかり。』

『……ぼく達みたいに後の事を考えず、あなたに悪戯をしてくるはず。』

『……四つは嘘吐き。嘘しか言わない。』

『……一つは正直。本当の事しか言わない。』

『……五つの扉の内一つは、≪フユ様の場所≫から抜け出せる扉。』

『……他の扉は、まだ≪フユ様の場所≫。下手に入れば迷って戻れなくなる。』

『……扉の位置はくるくる回る。わたし達でもどの扉がいつ、何処に通じているのかは分からない。知っているのは、常に扉の動きを見ている、扉の前の仲間だけ。』

『……だから、ごめんなさい。彼らに騙されないように、正しい扉はあなたが見つけて。』

『……正しい扉を見つけたら、道なりに進んで、見えてきた十字路を右に曲がって。』

『……少し進めば扉が見える。金のノブの茶色い扉。』

『……そこに入れば、もう其処は≪三女様の場所≫。フユ様はその先には踏み込めない。』

『……≪三女様の場所≫は、他の魔女様の場所と違って、まともな作りをしている筈。』

『……入った扉から間違えて出ないように気をつけながら、三女様を探して。』

『……マフラーを巻いた女の子。多分、場所に入った時点で、三女様が気付いて、様子を見に来て下さる筈。』

『……あとは、フユ様に連れて来られた事を伝えて。此処から出たいと伝えて。きっと、力になってくれる筈。』

 

 やるべき事を頭の中で整理する。

 この先の、五つの扉から正解を見つける。

 ヒントは四つの嘘吐き人形と、一つの正直人形。

 正解の扉を選べれば、後は十字路を右に曲がって、三女様を見つける。

 そして、三女様に、協力を要請する。


「……大体分かった。ありがとう。」

『……どういたしまして。』

『……早く。急いで。』

『……うまくフユ様の目を盗んだようだけど、あまり余裕はないかも。』

「……分かった。もう行くよ。」


 クリフはぬいぐるみ達の手を振って、早足で先へと進んだ。


 フユの場所、『ぬいぐるみのおへや』を抜けて、次にクリフが目指す場所は、同じくフユの場所、『なぞなぞろびー』。


 クリフはフユの場所から逃れられるのか?

 そして、魔女の館から脱出できるのか?




 To Be Continue。。。





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