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1 Continue --- 青年よ、死んでしまうとは情けない ---




 はっ、と青年は目を覚ます。

 

 目が開くと同時に、自分の身体に起きた異変を確かめるように、青年は飛び跳ねるように身を起こし、ぺたぺたと、『普通の人間』のものである、自分の身体の感触を確かめた。

 一頻り、身体を触り終え、『ぬいぐるみ』でない事が理解できると、ようやく呼吸も忘れていた青年は、深く、重く、肺に溜まった空気を吐き出した。


「っっっはぁぁぁ~~~~~! 夢かぁ……。」


 背中が痛い。どうやら、毛布も敷かずに、昨晩は床で眠ってしまっていたらしい。そうだ。彼の家にはベッドなどない。ベッドで起きた、あちらの世界が夢だったのだ。

 何て夢なんだ。青年、クリフはぐっしょりと汗で濡れたシャツの首元をびょんびょん伸ばして、シャツの中に冷たい風をかきいれる。


 魔女の少女に誘拐され、愛の告白をされ、逃げようとしたらぬいぐるみにされた。


 酷い夢である。


「夢で良かった……。」


 あのままであれば、生きたまま、一生魔女の玩具にされていただろう。

 死ぬよりも悲惨な人生、いや、ぬいぐるみせいである。

 流石にクリフにとっては、その仕打ちはご褒美では無い。


 しかし、と、夢であると分かったクリフは、夢であったからこそ、ふと思う。


「……意外とあの魔女っ娘、悪くなかったな。」


 抱き締められた時の柔らかさを思い返して、むふふ、なクリフ。

 結構な美少女を思い出して、ぐふふ、なクリフ。

 照れ臭そうにもじもじする可愛らしさに、うふふ、なクリフ。

 そして、好き、と(カエル伝いにだけど)告白された神展開に、ほっこり、なクリフ。

 

「……夢、だったのかぁ。」


 彼女が居なさすぎて、魔女が彼女になる夢を見る自分に、哀しくなる、しょんぼりクリフ。

 

 クリフが若干凹んで、今日も朝から頑張ろう、と腰を上げようとしたその時だった。


「夢ではないぞ。」


 唐突に背後から声がした。

 思わずぎょっとし、クリフがクリッと振り返る。




 背後のソファに、ガバガバな服を着た、大人の女性が、寝そべっていた。


「青年よ、死んでしまうとは情けない。」

「何だこのオバサン!?」


 クリフの顔面に、灰皿が直撃した。


「オバサンではない。私は、恋愛を司る女神、ラヴァーだ。」


 オバサンと呼ばれ、不服そうな自称女神は、灰皿を投擲した腕を、そのまま尻の辺りまでうつし、気怠げに服の上からぼりぼりと掻いた。片肘ついて、非常に怠そうである。

 クリフが顔面を襲った激痛に一頻りのたうち回り終え、目の前の自称女神を見上げると、自称女神は前に置かれたテーブルから、一枚の煎餅を取り、前歯でぱきんと砕いた。


「おばべがびたのば、ばりぼりばりぼり、ぶべでばばりぼり。」

「食うのをやめろ。」


 一口囓った煎餅を呑み込み、仕切り直し。


「お前が見たのは夢では無い。現実だ。クリフよ。」

「お前が女神だとは絶対に認めないぞ、オバサン。」

「どうやら死にたいらしいな。」

「灰皿はやめて下さい。」


 持ち上げたガラス製の重い灰皿を降ろして、自称女神――ラヴァーは、胸元に忍ばせた煙草のパッケージを取り出した。片手を扱い、手慣れた手つきで、一本をパッケージから滑り出させると、そのまま口でくわえて引っこ抜く。そこから、指先に火をつけて点火するあたりは、確かに超常の神、女神っぽい。(但し、だらしない寝間着で、ごろ寝して、煙草を吹かして、やたらと尻の辺りを掻いている。)


「あの、『自称』女神様。」

「『自称』、ではない。女神様だ。自称を強調するな。」

「取り敢えず灰皿は降ろして女神様。一体全体俺なんかに何の用ですか。帰って下さい。」

「女神にいきなり帰れとは。私を何だと思っている。」


 オバサン。とは言わずに呑み込んで、クリフは言った。


「不法侵入ですよ。不法侵入。疲れてるんです。帰って下さい。」

「馬鹿者。此処は私の家だ。」

「え?」


 見回せば、確かに其処はクリフの家ではなかった。

 ソファにガラスのテーブル、灰皿、酒瓶、煎餅盛った器。

 あちこちにたたまれずにばらまかれた洗濯物。生乾きの窓際の洗濯物。

 微妙に臭う、リビングから丸見えのキッチン(使っている形跡無し)。


「うわぁ。」

「うわぁ。とは何だ。女性の部屋をあまりじろじろ見渡すな、チェリーボーイ。」

「本当に恋愛の女神様ですか?」

「何だその憐れみの目は。」

「恋愛経験とかあるんですか?」

「では、本題に入ろう。」


 逃げた。

 『自称』恋愛の女神、ラヴァー様は、怠そうに話し始めた。


「まず、クリフ。お前が魔女に誘拐されたのは現実だ。そして、お前がぬいぐるみにされてしまったのも現実だ。」

「え? でも、俺、今こうして……。」

「私が助けてやったのだ。」


 にわかには信じがたかったが、自分が見た夢の内容を正確に言い当てられた事に気付き、クリフは若干ラヴァー様の言葉が信じられた。というより、信じないと話が進まない。


「どうして、俺なんかを……。」

「星に願ったろう。」


 願いは届いた。

 だが、クリフが、恋愛の女神、ラヴァー様に抱いていた夢は、粉々にぶち壊された。


「彼女、欲しいんだろう? 魔女、彼女にしちゃいなよ、ユー。」

「ええ~……。」

「まぁ、拒否権はないがな。」


 ラヴァー様はふぅ~、っと煙草の煙を吐き、鼻からも煙を漏らした。

 煙くてむせる、クリフを、はっはっは、とオッサン臭い笑い声で嘲笑すると、再び煙草を口にくわえた。


「お前が彼女にできそうな存在は、魔女しか居なかった。」

「ひでえ。」

「実際、魔女側から猛アピールしてきただろう?」


 猛アピールどころか、既に告白までされている。

 しかし、ぬいぐるみにされてしまった。

 あれでは本当に彼女ができたと言えないのではないか。


「その通り。魔女に好かれるには、命がいくつあっても足りない。一歩間違えただけで死亡エンドだ。」


 身をもって体験したばかりである。


「だから、お前の『コンティニュー回数』、無制限にしといたから。」

「は?」

「簡単に言うと、お前が人生詰んでもやり直せるようにしてやったから。」

「だから、ぬいぐるみにされたのに、今こうして元の姿で居られると?」

「その通りだ。どうだ。恋愛の女神様みたいだろう?」

「全然。」

「とにかくだ。お前は『無限コンティニュー』が可能だ。これで、人生詰んでもやり直せる。良かったな、クリフ。」


 無限コンティニュー。

 クリフには今ひとつ言葉の意味がぴんと来ないが、女神様が死ぬ度に助けてくれる、と思っておけばいいだろう。


「まぁ、制約はあるがな。お前は、私の元に居ない間は、都度セーブをしなければならない。」

「セーブ?」

「あれだ。ベッドで眠るとか、日記に記録をつけるだとか、クリスタルに触れてメニュー画面を開くだとか、そういうやつだ。お前は魔女のベッドで一度寝たので、其処からコンティニュー……つまり、人生再開可能だ。」

「そこから!?」


 あのベッドから、では魔女から誘拐された後からの開始である。

 それじゃ意味がないのではないか。


「だって、お前、『セーブはこまめに、ファイルは分けて。』ってアドバイスしたのに、床で寝るんだもの。」

「俺んち、ベッドないもん。」

「ご愁傷様。とにかく、そういうことだ。」


 駄目だ。この女神はこれ以上説明するつもりはないらしい。

 無限コンティニュー。

 セーブ。

 クリフはどうやら、そんな女神の加護を受けたらしい。

 確かに、死んだも同然の状況から助かった事には違いない。だが、納得いかない。


「……こんな面倒臭いことしないで、とっとと彼女を作ってくれればよかったのに。」

「バカヤロウ!」


 ぼそっと悪態をつくと、女神がキレた。

 凄い剣幕にぎょっとする。

 流石にマズイ事を言ったかもしれない、とクリフは後悔した。

 そんな、簡単に作られたものが彼女だなんて、あまりにも恋愛に対して不誠実過ぎる。

 目の前にいるオバサンは、仮にも、自称、恋愛の女神なのだ。

 そんな言葉を許す筈が無い。


「それだと私が面倒臭いだろうが! 手間掛けさせんな!」


 この恋愛の女神を名乗るオバサンを、許してはならない。


「いいか、クリフ。これは『自分の手で未来を切り開く力』だ。お前の未来はお前が作れ。お前の彼女はお前が作れ。死んでもこっちに復活して、すぐにやり直せるから。自分一人でどうにかしろ。」

「あんたが面倒臭いだけだろうが。」

「これはお前の物語だ。」


 都合の悪い話は一切聞かない。流石、女神様(苦笑)である(皮肉)。

 しかし、困った事になった。

 死ななかったのはいいものの、クリフの人生は、あの魔女、フユの部屋のベッドから再スタートである。何とかあそこから、フユの手から逃れなくてはならない。

 ぷふぅ~、と煙を吐き、「あ゛ー。」と掠れた声をあげた、ラヴァー様は、深刻な表情をしているクリフを見て、やれやれと首を横に振った。


「仕方が無い奴だ。私からアドバイスをやろう。」

「下さい。」


 若干、その態度に腹が立ったが、クリフはぐっと我慢しアドバイスを聞いてみる。


「お前は寝起きに大声を出したから、フユに起きた事を悟られたのだ。」

「……成る程。」


 クリフはヒントを理解した。

 これならば……、僅かながら希望は見えた。どうせやり直しできるし。

 クリフはすくっと立ち上がる。この煙立ちこめ、若干変な匂いの部屋に居るのが、魔女の館に居るようりも大分苦痛であった。


「お。行くなら、そのテーブルの上に置かれたカードを見てみろ。」


 テーブルの上には何枚かのカードが並んでいる。大体が真っ白な無地のカードだが、一枚だけ見覚えのある黒いベッドが描かれている。


「それがセーブファイルだ。黒ベッドが描いてあるだろう。それに触ると、黒ベッドからコンティニューできる。今後セーブをしていくと、カードの絵が増えていく。セーブに用いたものが描かれたカードに触れば、其処からやり直しできるからな。こまめに、色々とセーブしておくと詰み防止になるぞ。」

「これに触ればいいんだな。」


 クリフは黒いベッドの描かれたカードに手を触れた。

 次の瞬間!






 ぱかっ。


「いってらっしゃい。」

「こういう復活方法か。」


 クリフの足元がぱかっと開きます。

 女神様の住む天国から、ボッシュートです。





 ~ 1 Continue ~





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