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New Game --- セーブはこまめに、ファイルは分けて ---

この作品には主人公ハーレム、どうしてお前がモテるのか系主人公、不憫主人公、残念ヒロイン、残酷ヒロインといったごった煮成分が含まれます。

ご注意下さい。


 恋の女神様は言いました。


「あんたに恋を叶える素敵な力を授けやしょう。」


 今思えば、ソファに横向きに寝そべり、腹を掻きながら、やさぐれたように言う女神様に、男は疑問を感じるべきだったのかも知れません。

 しかし、男は恋に飢えた狼だったのです。

 目の前に吊られた恋という名の肉が、釣り針を仕込まれたものであったとしても、どうして食らいつかずにいられましょう。


「よろしくお願いします!」


 男はぺこりと頭を下げて、迷う事無く右手を前に差し出しました。

 女神様は煎餅を頬張り、言いました。


「何にすっかな。クリスタル? 日記帳? インクリボン? まぁ、何でもいっか。」


 ぼりぼりと、煎餅を噛む音と、腹を掻く音が聞こえます。

 最後に女神様は、男の目も見ず、こう言いました。


「恋の女神のアドバイス。『セーブはこまめに、ファイルを分けて』。」


 男の足元がぱかっと開きます。

 女神様の住む天国から、ボッシュートです。




――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――





「うわあああああああっ!」


 悲鳴と共に、男、クリフはベッドから転げ落ちた。

 ドシン! と腰を打ち付けた激痛が、彼を夢から引き戻す。

 ふわっと浮き上がるような、背筋が凍る感覚が今も身体に残っている。寝間着の中、背中には冷や汗がじんわりと滲み出ていた。


「何て夢だ……!」


 今のが夢、と気付くと同時に、自分が眠ってしまっていた事に気付く。

 昨日は早寝なクリフには珍しく、夜更かしをした夜であった。



 昨日は百年に一度のラヴァー流星群が見られる記念すべき夜。

 クリフの街の傍も、絶好の流星群の観測スポットという事で、多くの人が集まり、出店も並び、普段は静かな街が夜が近付いてもわいわいと賑わっていた。

 ラヴァー流星群にはひとつの言い伝えがある。

 名前に関する「ラヴァー」というのは、恋愛を司る女神様の名前。

 百年おきに、恋人座が見える方角から降り注ぐ、流れ星は、ラヴァーの贈り物だと言われる。

 その無数の星の中に、ほんの少しだけ、桃色の光が混じるという。


 桃色の光に恋愛を願えば、それは必ず成就される。


 色恋沙汰に悩む乙女が縋るような甘い言い伝え。

 至極普通の青年クリフはそれに頼る程に、色恋沙汰に飢えているのである。

 家の中、窓を見上げて、ひっそりと、手当たり次第に煌めく流星群へと願いを飛ばす。


「彼女が欲しい彼女が欲しい彼女が欲しい彼女が欲しい……!」


 桃色の光なんて見えていないが、手当たり次第に願いを飛ばせば、何とか当たるだろうという、下手な鉄砲も数打ちゃ当たるなヤケクソ戦法。

 そうして、一晩中、星が降り続けるまで願い続けてやろうと意気込み、クリフはひたすらに祈ったのである。こんな事をしているからモテないのだと、彼に教えてくれる親切な人はいなかった。


 そして、気付けば眠りに落ちていたらしい。


 打ち付けた腰をさすりながら、クリフはふと気付いた。


 あれ、俺んちにベッドってあったっけ?


 クリフの家にはベッド等という高級品はない。普段は床に毛布を敷いて寝ている。

 ならば、一体どうして、クリフはベッドから転げ落ちたのだろうか。

 横を見る。ベッドがある。立派な黒いベッドは、まるで王宮にでも置いてありそうな高級品に見える。


 此処は何処だ?


 周囲を見渡す。ベッドの周りは黒いカーテンに包まれている。ぼんやりと、カーテンの外にいくつか淡い光が灯っているのが見える。

 天井を見上げれば、見た事も無いシャンデリアがぶら下がっている。ベッドとカーテンの黒からは掛け離れた、煌びやかな金色の照明だ。今は明かりは灯っていないが、淡い光の僅かな反射だけで存在感が抜群だ。とても高い天井は、その高さが暗闇でまるで見えない。どれだけ高い天井なのか。

 見て分かる。明らかに、此処はクリフの家では無い。


 クリフはカーテンに指を掛ける。このカーテンで締め切られた閉ざされた空間では、此処が何処なのか、一切情報は得られない。

 一体何が起こって此処に居るのか。全くこの場所にも、此処に居る理由にも、心当たりのないクリフは、慎重に、恐る恐る、カーテンをほんの少しだけ捲る。


 その時、カーテンが勢いよく開かれた。


「ぎょわっ!」


 思わず素っ頓狂な叫び声を上げるクリフ。カーテンは向こう側から開かれた。

 カーテンの外には、無数の燭台が無造作にちりばめられていた。淡い明かりの正体は、蝋燭だったらしい。

 そして、その奥のおぞましい光景に気付く前に、クリフの目にはカーテンを開けた、幼い少女の姿が目に止まった。


 人形を思わせる整った顔立ち。その中で、もの悲しげに垂れた目がやたらと印象的だった。

 ひらひらとしたフリルやリボンをあしらった黒いドレスに、頭に載せた紫色のリボン、そして、淡い蝋燭の光にてほんのりと光る黒い艶のある髪。隅から隅まで人形のような少女は、ぎゅっと紫色のカエル?のぬいぐるみを抱き締め、ぬいぐるみの頭に口元を埋めながら、頬をもごもごと動かした。


「…………。」


 何か喋っているのだろうか。しかし、何も聞こえない。

 不思議な印象を与える少女だったが、取り敢えずクリフの抱いた第一印象は、単純明快であった。


(可愛いな……。)


 これはきっと将来かなり良い女になるに違いない。クリフはそんな事を考えながら、何の疑いも無く、にっこりと笑って、カーテンに手を掛けた四つん這い状態から、すくっと立ち上がった。


「こんばんは。君、名前は?」

「…………。」


 ぬいぐるみをぎゅっと抱き締め、少女は口をもごもごと動かした。


「えっと……俺、クリフっていうんだけど。あ、怪しい人じゃないよ! 俺も気付いたら此処に居ただけで……そう言えば君、此処がどこだか知ってる?」

「…………。」


 こくこくと前に頷く。少女は口をまたもごもごと動かした。

 声が聞こえない。

 先程から、やけにもじもじとしていて、しかも声も小さいようでまるで聞こえない。内気なのだろうか。それもまた可愛い、とクリフは思わずほっこりした。

 しかし、可愛いは可愛いでいいのだが、これでは此処が何処なのか、今の状況がまるで分からない。


「参ったなぁ。俺は一体どうして此処に……。」

「…………。…………。…………。」


 やはり、少女は何か言っている。

 どうやら、クリフが此処に居る理由、此処が何処なのか、少女は知っているらしい。

 しかし、声が聞こえない。

 何とかして声を聞き取れないものか。クリフがぐいと少女に顔を寄せてみる。すると、少女はすすす、と後ろに下がって、白い頬を朱に染めた。


(あら、可愛い。)


 少女はもぞもぞと首を横に振りながら、もごもごと口を動かした。


「…………! …………! …………。」

「ああ、ごめんごめん。ちょっと最近耳が遠くて。声を聞こうとしただけだから。やましい事なんて何も無いから。」


 そんな苦しい言い訳をしたその時、唐突にクリフの後ろで甲高い声が響いた。


「やや! それは失礼いたしました!」


 ぎょっとして振り返れば、ベッドの上には小さなカエルが、二足歩行で立っていた。生意気にも、黒い執事服を着込んで、まるで人のようにカエルは口をぱくぱく開閉し、そこから器用に声を発した。


「やや! では、最初の自己紹介から聞こえておりませんでしたか! おっと、失礼! わたくし、フユ様の眷属、ハインリヒと申します!」

「フユ様……って、この子か。で、その眷属?」

「フユ様に代わりわたくしが声をつとめさせていただきます! では、フユ様! 自己紹介からどうぞ!」


 二足で立っているものの、動き方はカエルのような飛び跳ね方で、ぴょんぴょんぴょんと、カエルのハインリヒは少女の傍に移動する。

 そういえば、カエルって喋るっけ?

 そんな今更な事をクリフが考えていると、少女がぎゅっとカエルのぬいぐるみを抱き締める力を強くして、もごもごと頬を動かした。


「…………。…………。……。」

「おはようございます。こんばんは。わたしはフユといいます。」


 カエルが流暢に喋る。どうやら、少女――名をフユというらしい――の言葉を代わりに声に出して喋っているようだ。


「フユちゃん?」

「……。……。」

「はい。そうです。」


 少女、フユは垂れた目を動かさないまま、少しリズミカルに頭を縦にこくこくと振った。

 あまり表情は変わらないが、嬉しそうに見える。可愛い。


「……、……。」

「ここはわたしのお家の、わたしのおへやです。」

「やっぱりそうか。」


 恐らくはそうだろうと思っていたので、クリフはあまり驚かずに納得した様に頷いた。

 豪華なベッドに、絢爛なシャンデリア、綺麗なドレス、フユはお金持ちのお嬢様なのだろうか。

 しかし、そうなると、尚更どうして自分が此処に居るのか、クリフは余計に疑問に感じた。


「どうして俺は此処に居るんだろう。」


 哀しそうなフユの目が、きゅっと細くなった。心なしか頬が少し上に上がっている。

 口元はカエルのぬいぐるみに埋もれていて、全く見えないが、恐らく笑っているのではないだろうか。

 そして、彼女は首を楽しそうにこくこくとリズミカルに横に振ると、再びもごもごしだした。


「…………。」

「わたしがあなたをお招きしました。」

「え?」


 意外な答えだった。

 フユが、クリフを、ここに、連れてきた。

 どうやって? そして、どうして?

 そんな疑問が顔に出ていたのか。顔を上目遣いで見つめていたフユが、急にもじもじとし出した。

 再び白い頬を朱に染め、今度は目を逸らしたり、でもクリフを見返したり、何やら照れているようである。可愛い。


「……、……。…………?」

「どうして、あなたをお招きしたのか。……ですよね?」

「う、うん。」


 返事をすると、今まで口だけを隠していた顔を、今度は完全にぬいぐるみに埋めて、フユは身体をゆさゆさと横に振った。


「……、……、……。」

「あなたのことが、好きだから、です。」

「へぇ。俺の事が好きなんだ。……って、え?」


 うんうん、と頷いてから、思わず、二度見する。

 好き。と確かにカエルは言った。

 いや、カエルが言った訳ではない。カエルは代弁したのだ。

 好きと言ったのは、フユ。目の前でもじもじしている少女である。


「ややや! フユ様お見事! お見事な勇気でございます!」


 カエルのハインリヒがぺたぺたと拍手する。

 すると、フユはいよいよ顔を全てぬいぐるみに埋めてしまい、すすすすと後ろへ下がっていった。可愛い。


「やや! クリフ様! フユ様はとても内気で恥ずかしがり屋でございます! 見て分かるでしょう! こんなフユ様が、どれだけの勇気を振り絞って、クリフ様に告白したのか、分かりますでしょう! どうか、フユ様の気持ちに応えては頂けないでしょうか!」


 言われてみれば、というより見て分かるが、フユは相当にシャイらしい。

 そんな子が、勇気を振り絞って、自分に「好き」と言ってくれた。

 満更では無い。クリフは思わずにやけた。

 それに、可愛い女の子。かなり年下みたいだが、まぁ大人になればその年の差もそう気にならないだろう。

 もしかして、ラヴァー様への祈り、届いちゃった?

 彼女、ゲットしちゃうかも?

 いや、でも流石にこんな小さな子を彼女にしてしまうのは、何かこう色々とアウトかな?


 そんな馬鹿な事を考えながら、浮かれるクリフの耳に、カエルの甲高い声が飛び込んだ。


「ややや、しかしクリフ様! 貴方にとっては、何と光栄な事でしょう! よもや、あの、『偉大なる魔女様』に、愛して頂けるだなんて!」


 『偉大なる魔女様』。

 『魔女様』。

 『魔女』。


 黒い森に住む『魔女』。

 

 黒い森に住む、人を殺して、人を食らう、人を呪って、人を閉じ込める、恐ろしく、恐ろしい、『魔女』。


 どっとクリフの額から冷や汗が滲み出た。

 後退ったフユの背後に広がる光景。

 無数の燭台の明かりに照らし出される黒い部屋。

 其処に並べられるのは、ひび割れた無数の頭骨、針で滅多刺しにされた無数の人形、飛び散った血液、まるで何かの儀式に使うかのような、不気味な謎の紋章。


 フユは、魔女である。


 クリフは理解した。

 自分は魔女に攫われたのだ、と。


 流石のクリフでも、魔女の前に立っていてはいけない事は知っていた。

 此処から逃げ出さなければならない事も理解していた。

 魔女に好かれた人間が、生きては帰れない事も分かっていた。


 視線はすぐに、燭台の隙間、黒い扉へと向く。あれが出口。

 幸い、扉は半開き。扉の隙間から明かりは見えないが、鍵が閉まっていない、つまり閉じ込められていない事は不幸中の幸い。

 相手は魔女。とはいえ幼い少女、そして力の弱そうな眷属(今になれば分かるが、あのカエルは魔女の眷属、使い魔なのだろう。だから喋れるのだ。)のみ。勢い任せに走り抜ければ、逃げられる可能性は十分にある。


 ごくりと息を呑む。


「……? …………。」

「どうしたの? 顔色が悪いけど。……やや? 本当にどうされましたかクリフ様? 酷い汗ですぞ?」


 フユがぬいぐるみから顔を上げて、虚ろな目で見つめてくる。

 ハインリヒがぺたぺたと歩み寄ってくる。

 先程、目を離されていた時がチャンスだった。後悔しつつも、チャンスを諦めない。


「一度、ベッドでお休みになられては……。」


 ハインリヒの手が伸びる瞬間。

 クリフは勢いよく、カーテンの隙間から飛び出した。

 ぎゃっ、とハインリヒが吹っ飛んだ。見た目通りに軽く、弱いらしい。実は怪力で、捕まってアウト、とはならなかった。

 フユの哀しげに垂れた目が、僅かに驚き見開くのを見た。そして一度きり、その表情を見たきりで、クリフは振り返る事なく、扉を一直線に走る。

 カエルのハインリヒ以外の眷属はいない。魔女が飼っていると噂される、恐ろしい鬼が扉の前に割って入る事もなかった。

 扉まで三メートル、二メートル、一メートル……。

 取っ手に手が届く。ひんやりと冷たい金属の感触を味わった瞬間に、クリフの引き攣った頬が僅かに緩んだ。


(逃げ切れた!)


 その瞬間だった。


「……にがさない。」


 耳元を、冷たい吐息と、柔らかい髪の感触が撫でたのを感じた。

 肩に、背中に、ほんの小さな体重と、柔らかさを感じた。

 絶望が、背筋をそっと撫でたのを、感じた。


 身体から力が抜ける。扉の取っ手が高く、遠くなる。

 扉が大きくなっている? いや、クリフの身体が縮んでいるのだ。

 小さくなって、近くに寄って、初めて聞こえる掠れた、囁くような、小さな声。


 身体をぎゅっと、細い腕が抱き締める。自分の身体が驚く程軽くなっている。


 すたすたと、音の無い足音で、クリフを抱いたフユが歩く。

 歩いた先には、髑髏のあしらわれた大きな姿見が佇んでいる。

 鏡に映った、フユの顔が、嬉しそうに、笑顔を浮かべていた。


 そして、その腕には、先程までフユが抱いていたカエルのぬいぐるみはなく、もっと不細工なカエルのぬいぐるみが、大事そうに抱えられていた。


 あ。あれ、俺か。


 魔女の魔法にかけられて、クリフはカエルのぬいぐるみにされてしまった。

 ぬいぐるみになったクリフを、愛おしそうに抱き締めて、フユは優しく囁いた。


「……だいじょうぶ。わたしは、あなたの『こころ』が大好き。見た目なんて、関係、ないから。」


 魔女の人形にされてしまったクリフには、もう、人間らしい生き方などできない。

 ただ、彼女に愛でられ、遊ばれるだけの毎日が待っている。


 彼女が欲しいと願った青年、クリフの人生は、此処で終わってしまった……。




 ~~ GAME OVER ~~





一日一更新目標。

次回以降、一話辺りの文字数減ります。

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