この物語は健全です
「何でいつも私を置いていくのですか!?」
晴れ渡る空の下、雲一つない青空に、今日もレイラさんの絶叫が響き渡る。
「そんなの、聞かなきゃ分からない?」
レイラさんの叫びに、可愛らしく首を傾げるマリィ。
だけどその顔には、はっきりと「邪魔だ」と書いてあった。
「キーッ! 相変わらず可愛くないですね、マリィベルさんはっ!」
「別に、貴女に可愛いと思って貰えなくても構わないし……」
マリィとレイラさんの舌戦は続く。
本当にこの二人は……もう少し仲良く出来ないものだろうか?
「そもそも私は、ロイウスさんの護衛として付いて来ているのですよ!? 貴女はロイウスさんを危険に晒すつもりなのですか!?」
「私がいればロイに危険はないわ。私が必ず守るもの」
自信満々に答えるマリィ。
実際、マリィと旅をしていて、魔物の脅威を感じた事はあまりなかった。
……魔物の脅威はね。
「それでも、一人で出来る事には限界がありますわ! 現にロイウスさんは、貴女が魔物と戦っている間に、怪我をしているではありませんか!」
「いや、それは……」
それはただ単に、僕が慌てて避難しようとして転んでいるだけであって、マリィが悪い訳ではないのだ。
恥ずかしさに、穴があったら入りたくなる。
「それに魔物も段々と強くなってきていますし、今後も同じように行くとは限りません。保険は掛けておくべきでは?」
このレイラさんの言葉は、確かに説得力のあるものだった。
マリィが魔物と戦っている間、僕はまったくの無防備と言える。
一応僕も抵抗するつもりではいるが、僕の身体能力では魔物と戦うには難しい。
万が一、マリィが取り逃がした魔物が僕へと襲って来たら、それまでだろう。
「マリィ、レイラさんの言う事は正しいよ。キミもそんなに意地を張らずに……」
僕もマリィを説得しようとした矢先、彼女が首を横へと振る。
「その必要はないわ。保険なら、もう用意してあるもの」
「「え?」」
保険? 用意してあるの?
けど今までそんな物、見た事ないし……。
僕とレイラさんが、頭の上に「?」を浮かべていると、
「おいで」
マリィが手を叩いて、何かを呼び寄せる。
「……何ですの?」
マリィの呼び掛けに応じて、近くの草むらがガサゴソと動く。
そして、そこから姿を見せたのは、
「スライム?」
一匹のスライムだった。
スライムの姿を見て、呆気に取られているレイラさん。
そんな僕達を確認するように、伸ばした身体を左右に揺れたスライムは、そのままマリィの足元へと駆け寄って(?)いった。
「マリィ、もしかしてこのスライムは……」
そのスライムには見覚えがある気がした。
いや、スライムなんてどれも似たような形で、見分けなんてつかないけど……ただこの、普通のスライムとは違う、独特な動き方には覚えがあったのだ。
訳の分かっていないレイラさんと違い、僕はそれだけで大体の事情を把握した。
「もしかして……あれからずっと連れてきていたの!?」
数日前に、マリィと意気投合したスライムがいた。
マリィに、スラたんと名付けられていたスライム。
あの日、マリィを説得して諦めさせたと思っていたのに、まさか隠れて連れて来ていたとは……!!
「ううん、ロイの言いつけを破って、隠れて飼っていた訳じゃないよ? ただスラたんが勝手に付いてきただけで……」
僕から視線を逸らし、言い訳をするマリィ。
スラたんも僕の視線から逃れるように、その身体を捩っていた。
「もう、あれだけダメだって言ったのに……」
色々と二人(?)には言いたい事があったけど、考えが纏まらずに上手く言葉に出来ない。
どうしたらいいんだろうか……。
「色々と予想外の出来事で唖然としてしまいましたが……このスライムがマリィベルさんの用意した保険と言う事で、よろしいのですね?」
そんな時、我を取り戻したレイラさんが、マリィへと確認する。
僕もどうすればいいのか悩んでいたところだし、ここはレイラさんの出方を見るとしよう。
「そう、この子が陰からロイの事を見守っていた」
僕が魔物に襲われた時は、スラたんが助けに入る事になっていたのだろうか。
自分を追い払った僕の事を、守ってくれていたスラたんの心意気には感謝したいところだけど、やはり魔物を連れ歩くというのはどうなのだろうか?
ここは心を鬼にして、二人を説得するべきなのだろうか……。
そんな風に僕が悩んでいる間も、マリィとレイラさんの話は続いていた。
「そんなスライムなんかが、ロイウスさんを守れるはずがありませんわ。私の方が優秀ですわよ?」
「……試して、みる?」
二人の身体から威圧的な気配が溢れ出る。
スラたんも身体を人間の腕へと変化させ、見事なシャドウボクシングを披露していた。
レイラさんを挑発しているのだろうか?
言葉を発せるのならば、「やってやんよ?」とか「かかってこいやぁ!」など、そんな言葉が聞こえてきそうな雰囲気だった。
「いいでしょう……ただし、スライム相手に上手く手加減できる自信がありません。間違って滅してしまっても、文句は言わないでくださいね?」
危険な光を目に宿し、レイラさんが武器を構える。
彼女の構える武器は、盾と突撃槍だ。
本来であれば馬上で操るべき重量のある武器を、彼女は軽々と振るう。
勇者の供としてレイラさんが選ばれたのは、鎧が着れたという理由だけではない。
マリィには及ばないものの、彼女も凄腕の戦士なのだ。
並大抵の魔物であれば、容易く倒せるだろう。
対し、元の形状へと戻ったスラたんは、ゆっくりと前へと出る。
武器などを持たない不定形な魔物は、常に臨戦態勢だ。
だけど、スライムは魔物の中でも下級の部類。
スラたんに勝ち目があるとは思えなかった。
まぁ最悪の場合は、マリィが止めに入るとは思うけど……。
「いきますわよ!」
僕が不安に思っている間に、レイラさんが動いた。
「ハッ!」
捻りを加えた突撃槍が、スラたんへと突き出される。
「早い!」
その突きは、戦いの素人である僕から見ても凄いと思えるものだった。
本当はあの突撃槍は軽いんじゃないのか?
そんな事を思わせるくらい、レイラさんの攻撃は早かった。
ただのスライムであれば、あの一撃で終わりだろう。
だけど相手は、ただのスライムではなかった。
「何ですって!?」
突撃槍が当たる直前、スラたんは水飴のように身体を伸ばし、突撃槍を回避した。
そしてそのまま、レイラさんへと迫っていく。
「くっ……!?」
慌てて盾で防ごうとするレイラさん。
しかしスラたんは、空中でウネウネと動くと、盾を躱し、そのままレイラさんの身体へと張り付いていく。
「きゃあっ!?」
スラたんの勢いに押され、地面へと倒されるレイラさん。
そのままスラたんは、レイラさんの身体を抑えに掛かる。
「あっ……ちょっと……やめなさい! どこへ……どこへ張り付いているのですか!?」
身体の様々な所をスラたんに張り付かれ、レイラさんが苦悶の声を上げる。
「そこは……ダメ! ダメですわ!!」
肌色成分の多い鎧を着た女性へと、纏わりつく粘着質のある液体生物。
絵的に色々とまずいことになっている。
「ま、参りましたわ! 私の負けですわ! だから、だからぁ……!!」
スラたんに纏わり付かれたレイラさんは、ついに涙目となり、降参の宣言をする。
その頬はうっすらと上気しており、その吐息は……。
「おっと、いけないいけない。これ以上は危なくて、詳しく実況できないよね」
この物語はお子様も気軽に見られる健全な物語です。
僕としては、この素晴らしい光景を皆と分かち合いたいけど、仕方ないよね?
「さて、マリィ? そろそろスラたんを……」
レイラさんとスラたんの攻防をじっくりと堪能した僕は、マリィへと視線を向ける。
そこに居たのは、女神さまのように輝かしい笑顔を見せるマリィだった。
「ロ、イ?」
「…………はい」
だが、その美しい唇から出された声は、地獄の底から響いてくるような恐ろしいもの。
僕は全てを諦めて、その場へと正座するのだった……。