薬草と回復魔法
今日も今日とて、マリィは魔物と激しい戦闘を繰り返す。
そんな中、僕はいつものように怪我をする。
もちろん、魔物に傷つけられたからではない。
戦闘に巻き込まれないよう、避難する時に転んだのだ。
それは僕達の間では、良く見かける光景だった。
「ロイ? 怪我をしたの?」
戦闘を終えたマリィが、心配そうに近寄って来る。
何匹もの魔物を倒した後だというのに、その身には怪我一つなく、息すら切れていない。
「うん、ちょっと転んじゃってね」
心配させないよう、なるべくおどけた感じで話す。
実際、大した怪我ではないしね。
「そう……」
だけどマリィの表情は明るくならない。
そしてそっと右腕を差し出してくる。
その手に握られているのは、
「薬草……」
と、マリィが主張する雑草だ。
またどこからか引き抜いてきたのだろう。
「さぁ、ロイ……」
薬草を片手に、マリィが迫ってくる。
これもまた、いつも見かける光景だ。
だけど、この後の展開は違う。
「ありがとうねマリィ。だけどそれは必要ないんだ」
マリィの差し出す雑草をブロックし、僕は懐から一冊の本を取り出す。
「何、その本?」
可愛らしく首を傾げる彼女の前で、本を開き、呪文を唱える。
「治癒」
僕の身体を癒しの光が包み、その傷を癒す。
呪文が上手くいった事に、僕は笑みを浮かべた。
「……何、今のは?」
「治癒の呪文だよ」
困ったような顔をするマリィに、誇らしげに答える。
これこそが、毎回マリィの薬草に苦しめられた僕の解決策!
僕が回復魔法を覚えれば、もうマリィの薬草に苦しめられる事はないのだ!
「そんなの、いつの間に覚えたの?」
「行く先々の神父さんに教えて貰ったのと、通信教育でね」
旅をしながらでは、魔法の勉強も一苦労だった。
だけど、僕は遂に成し遂げたのだ。
マリィの薬草から逃れたい一心で!
「だからこれからはマリィの薬草は必要ないよ」
「む~……」
マリィが、むくれたように頬を膨らませる。
僕に薬草を食べさせられなくて不満だったのだろう。
その姿が可愛らしくて、僕は微笑んでしまう。
「だけど……そうだね、僕が呪文を唱えられない状態だったら、マリィの薬草を貰おうかな」
彼女の可愛らしさに、ついそんな事を言ってしまった。
そう、言ってしまったのだ。
僕の言葉を聞いた、マリィの目が怪しく光った。
そう思った次の瞬間、彼女が目にも止まらぬ速さで動き、僕の身体へと指を突きたてていた。
「何を……!?」
するんだ、と言おうとした時、声が出ない事に気付く。
口を必死に動かすのだが、声はまったく出なかった。
「大丈夫、ロイ?」
大丈夫じゃない!
そう叫びたかったが、やはり口がパクパクと動くだけだった。
「声、出ないよね? そういうツボを突いたから」
さっきのマリィの行動はそういう事か!
いったい何を考えて……。
「これで、呪文は唱えられないよね?」
マリィの一言に、ゾクリとした。
確かにこの状態では呪文を唱える事など出来ない。
そんな僕へと、薬草(という名の雑草)を手にしたマリィが近付く。
「……! ……っ!!」
必死に抗議しようとしたけど、声の出ない状況では無駄だった。
目の前へと、マリィの薬草が迫る。
「さぁロイ、私の薬草を食べて」
あとはもういつも通りだ。
薬草をねじ込まれた僕の口の中に、大地の味が広がる。
抵抗は無意味だった。
僕が苦労して覚えた回復魔法など、マリィの前では何の役にも立たないのだ……。