回想2 ~修羅降臨~
その日、王城へと一匹の悪魔が舞い降りた。
悪魔の力は凄まじく、城にいた精鋭達を容易く薙ぎ払い、
城内へと恐怖をまき散らかしたのだった……
~大臣の日記より抜粋~
王様との一通りの挨拶が済んで、僕は安心した。
剣を抜こうとして以降、マリィが妙な行動をする事はなかった。
これなら無事に謁見も終わると、そう思った時、
「そうそう、勇者殿の供の件なのだが」
王様がマリィにではなく、僕へと語りかけてきた。
「少年よ、そなたは武芸の腕に自信はあるのか?」
そんなものあるはずがない。
自慢じゃないけど、僕は運動はからっきしだ。
魔物どころか、そこらの野良犬に勝てるかどうかも怪しい。
「そうなのか? では、この先付いて行くのは難しいかもしれないな」
王様が難しそうな顔をする。
王様ははっきりとは言わなかったけど、周りの人達の表情で、僕をどういう風に見ているのかは分かる。
要するに僕は、勇者であるマリィの足手まといなのだ。
そんな事は、僕が一番よく分かっている。
「どうであろう少年よ。こちらでも勇者殿の供になりそうな、腕の立つ者を揃えておる。あとの事はその者達へと任せ、キミは村へと帰っては?」
王様も意地悪で言っている訳ではないだろう。
この先の旅は危険だ。
力のない僕が一緒に行けば、途中で命を落とす可能性もある。
王様はそれも考えて提案しいてるんだろう。
「僕は……」
僕はどうすればいいんだろう。
僕はどうしたいんだろう。
おばさんの頼みでここまで付いてきたけど、この先の事は特に何も言われていない。
ここからは他の人に任せて、大人しく村へと帰るべきなのだろうか。
それとも……。
考えてもなかなか答えは出て来ない。
確かに村を出る時は強制的だったし、仕方ないという思いもあった。
だけど、自分の意志で選べる今、僕はどうしたいのだろう。
マリィの世話は確かに大変だ。
けれど、ここでマリィと別れるのは、それはそれで寂しい。
「僕は……」
悩んでも悩んでも答えが出ない。
けれど、王様の前だ。
答えは出さなければいけない。
「僕は……!」
意を決して、僕の答えを告げようとした、その時、
「……私と、ロイを引き裂こうというの?」
ゾッとするような呟きが、マリィの口から聞こえた。
マリィの口調は、いつもと変わらないものだった。
だけど何故だろう、室内の温度が一気に下がった気がする。
周りを見てみると、僕と同じように感じている人ばかりのようだ。
皆、身体をガタガタと震わせている。
そんな中、一人平然としていたマリィが、
静かに剣を引き抜いた。
「ひ、ひぃぃっ!?」
ああ、ポーカーフェイスが得意な王様が遂に悲鳴を上げてしまった。
まぁ、マリィはさっきよりも剣呑な雰囲気を出しているから、仕方ないよね。
あはははは……。
「って、現実逃避している場合じゃないだろう僕ぅ!? ダメだよマリィ! 剣なんか抜いちゃあ!」
慌ててマリィの前へと回り、王様を庇う。
「……どいて、ロイ。そいつ殺せない」
「殺しちゃダメだよ!?」
この人、王様だよ!? この国で一番偉い人だよ!?
何で平然と殺害予告しちゃってんの!?
「落ち着いて、マリィ。王様も意地悪で言っている訳じゃないんだから」
何とかマリィを宥めて、剣を納めさせる。
衛兵が動く前で助かったよ。
まぁ、彼らも恐怖で動けなかったみたいだけどさ……。
マリィが落ち着いたのを見計らって、僕は元の位置へと戻り、王様へと頭を下げた。
「失礼しました、王様」
「う……うむ」
何とか必死に表情を取り繕おうとした王様だったけど、その声はまだ震えていた。
「ど、どうやら勇者殿には少年が必要なようだな。大変かもしれないが、どうか少年も勇者殿の旅に同行してくれ」
「畏まりました、王様。命ある限りマリィへと付き添います」
さっきの惨状から、こうなるんじゃないかと思ってはいたけど、まぁいいや。
マリィに付いていく事に、僕にも異存はないし。
「命ある限り……ロイが、私と……?」
マリィが何やらブツブツと呟いている。
なるべく格好良く答えたつもりだったんだけど、何か変だったかな?
「ああ、少年よ、くれぐれも頼むぞ。……本当に頼むぞ? 絶対に、勇者殿から離れてはダメだぞ?」
凄まじい勢いで王様が念を押してくる。
「だ、大丈夫ですよ王様。マリィを絶対に一人にはしません」
視界の端で、マリィが動くのが見えた。
何故だろう、彼女は嬉しそうに、そして恥ずかしそうに、自らの頬を抑えていた。
「うむ……勇者殿については、これで安全だろう」
王様は、勇者への脅威を防いだから安堵したのだろうか?
それとも、勇者の脅威を防いだから安堵したのだろうか?
その答えは、誰にも答えられなかった。
「さて、少年の安全に関してだが、何人か護衛を連れていってはどうだろうか」
優しい笑顔を改めて浮かべた王様の提案。
「我が国の命運を握る者に、簡単に死んでもらっては困るからな」
王様は、チラリとマリィへと視線を動かしながらそんな事を言ってくる。
ああ成程、マリィを野放しにする訳にいかないですものねぇ……。
「それに、我々がせっかく集めた精鋭が無駄にならずに済む。どうだろう勇者殿、何人か……」
「必要ないわ」
王様の言葉は、マリィによってバッサリと両断された。
マリィの顔は、先程まで幸せそうに微笑んでいたのが嘘のように無表情だった。
「ど、どうしてかな勇者殿? 少年に護衛が付けば、勇者殿も助かると思うのだが?」
不機嫌そうなマリィに怯えながらも、頑張ってマリィの真意を尋ねる王様。
僕も護衛がいれば便利だなと思っていたので、マリィの答えは気になった。
そんな僕らへと、
「私とロイの、二人きりの旅を邪魔する奴なんて要らないわ」
マリィはどうしようもない理由を語った。
世界が、一瞬止まる。
そんなくだらない理由でと、誰もが笑っていいと思うのだが、マリィから溢れ出る冷たい空気がそれをさせなかった。
「だ、だが勇者殿、少年が死なないようにする為にも……」
「ロイは死なないわ。わたしが守るもの」
王様が沈黙する。
もうこれ以上の説得は無駄だと悟ったようだ。
しかし、それで終わらなかった。
「ですが勇者様、万が一という事もございますし、もしかしたら集めた者の中に、勇者様が気に入る者がいるかもしれません」
王様の傍に控えていた大臣が進み出てきた。
「それに我々としても、勇者様の力の程を知りたいですし……どうでしょう? 彼らのテストも兼ねて、試合などをしてみては?」
「……分かったわ」
平坦な声で返事をしたマリィ。
だけど僕は、その言葉の裏に微かな苛立ちを感じていた。
「では、試合は練兵場の方で……」
提案を受け入れて貰った大臣はホッと肩をなで下ろす。
「ご案内しますので、こちらの方へ」
「分かったわ」
案内に従い、マリィがゆらりと動く。
「じゃあロイ、ちょっと殺ってくるから。少し待っててね?」
「……うん、マリィ。くれぐれも問題は起こさないでね?」
笑顔で練兵場へと向かっていくマリィ。
その瞳の中に、僕は修羅の姿を見た気がした……。