玉座の間にて
「こちらでございます」
セラさんに案内されて辿り着いたのは、廊下の突き当りにある、大きな扉の前。
以前も一度見た事がある、玉座の間へと続く扉の前だった。
王様の居る場所に相応しい立派な造りであり、その両端では屈強な兵士が、怪しい人物を通らせまいと目を光らせている。
……まぁ、今はマリィへと怯えた目を向けているんだけどね。
「では、さっそく入ると致しましょう」
マリィに怯える兵士達に冷たい目を向けたセラさんは、扉をノックしようと拳を持ち上げる。
そして、扉を叩こうとした瞬間、
「ゆ、勇者殿が現れただとっ!?」
奥から、王様の叫び声が聞こえてきた。
立派な造りの割には扉が薄いのか、それとも王様達の声が大きいのか分からないけど、中での会話は外にいる僕達にも筒抜けだった。
「転移の魔法を教えていないのだから、そう簡単に戻れるとは思えぬ。間違いではないのか!?」
「間違いではございません! 先程の警鐘は、その為に鳴らされたのでございます!」
「ぬぅ、そうだったのか」
……まぁ、普通は警鐘の理由が勇者だとは思わないよね。
「一体どうやって……いや、それよりも何の用で戻って来たのであろうか……もしや、転移の魔法を教えなかった事がバレてしまったのではないか!? それで怒り狂って戻って来たのでは!?」
「ま、まさか、その様な事は……!」
城下町に遊びに来たついでに報告に来ただけなんだけど、これなら来ない方が良かったのかな?
あと、やっぱり転移の魔法を教えなかったのはわざとだったか。
いや、予想はしていたけどね。
「そうだ! 急用を思い出した! すまんが大臣、儂の代わりに勇者殿の相手をしてくれ!」
「お、王様! それはあんまりですぞ! 私に死ねとおっしゃるのですかっ!?」
「大丈夫だ。あの勇者殿とて、命まで取る事はないだろう…………多分」
「と、とても信用できません! やはりここは王様が対応すべきでございましょう!」
勇者への対応をどうするのかで、玉座の間の騒ぎが一層大きくなってしまう。
「これじゃあ入らない方が良いのかなぁ」
「……用事は終わり? じゃあ、デートに行っていいの?」
期待を込めた瞳で、こちらを見上げてくるマリィ。
王様達を放っておいて、それでも良いかなぁと、僕が投げやりに考えていると、
「はぁ……まったく情けない」
セラさんのため息が聞こえてきた。
彼女は、ノックをする為に上げていた拳をギュッと握り直すと、
そのまま勢い良く、扉へと叩きつけたのだった。
「なっ……何事だっ!?」
轟音と共に開け放たれた扉。
その向こう側に、王様や側近の人々の姿が見えた。
「セラ? それに、その後ろにいるのは……まさかっ!?」
勇者の姿を見て、驚いた顔をする大臣達。
王様だけは、何とか平然とした表情を保とうとしていたけど、その顔はやっぱり少々引きつっていた。
「なぜ勇者様がここに!? 客室で待っているはずでは!?」
「私が連れて参りました」
大臣からの疑問の声に対して、セラさんが淡々と答える。
「お前が? その様な指示は出してはおらぬはずだが?」
「はい、指示は頂いておりません。私の判断です」
道中、薄々感じてはいたけど、やっぱりセラさんの独断だったかぁ。
そうだよね、玉座の間は未だにこんな有様だもんね。
「セラよ、なぜその様な勝手な真似をしたのだ!」
怒気を帯びた大臣の声が飛ぶ。
だけど、セラさんが委縮する事は無かった。
「いつまでもお客様を待たせておくのは失礼ではありませんか? それも、相手は勇者様です。このままでは王様の名誉が傷付くと判断致しました」
お城の大臣が相手だというのに、恐れる事も無く、自分の意見を述べるセラさん。
「故に、主人の名誉を守る為、勇者様をお連れさせて頂きました。私の考えは間違っているでしょうか?」
その瞳には、強い意志の光が宿って――はおらず、虫けらでも眺めるような、冷たい輝きを放っていた。
あれ? 相手は大臣だよね? お城の偉い人だよね?
「いや、その……間違っては……おらぬ、かな」
セラさんの冷たい視線に気圧されたように、大臣の言葉が段々と小さくなっていく。
貴方、偉い人ですよね? 何でメイドさんに負けそうになっているんですか?
……このお城の力関係、何かおかしくない?
僕のそんな疑問をよそに、黙ってしまった大臣に代わり、今度は王様が口を開いた。
「儂の事を考えてくれた、其方の行動は嬉しい。だが、もう少し時と場合を考えてだな……こちらの準備はまだ整っていない訳だしな」
さすがに王様が相手だったら、セラさんも態度を改めて
「そうでしょうか? 私には準備が出来ているように見えるのですが?」
は、くれなかった。
冷たい言葉で、王様の主張を真っ向から潰そうとする。
だけど、大臣と違って、王様は引き下がりはしなかった。
セラさんに向かって、再び意見を口にする。
「あ~、その、儂の心の準備とかが、まだ……な?」
……いや、それを待っていたら、多分一生待ちぼうけですよね!?
それにそんな理由がセラさんに通じる訳ないですよね!?
「そんなものはすぐに済ませて下さい」
ほら、やっぱり通じなかったー!
案の定、セラさんは王様の言葉をバッサリとぶった切った。
切れ味の鋭い言葉に、王様の動きが一瞬止まる。
「済みましたか? 済みましたね? では、あとの事はお任せいたします」
その間に、セラさんは話を進めてしまった。
「え? いや待て、待つんだセラよ」
「では、失礼致します」
王様が再び動き出した時には、すでに遅かった。
制止の言葉を華麗にスルーすると、セラさんはそのまま玉座の間から出ていってしまう。
あとに残されたのは、ここまで案内された僕とマリィ。
そして、困惑した表情でこちらを見てくる王様達だった。
「いえ、そんな顔で見られても困るんですけど……」
僕にどうしろと? 僕だって困惑してるんですけど?
そんな風に僕が固まっていると、後ろから袖を引っ張られた。
「ロイ、早く用事を済ましましょう? じゃないと……」
マリィにそう言われて、僕はハッとする。
そうだ。この後にも用事が残っているんだ。
こんな所でもたもたしている暇は無い。
「王様、今回こちらへと戻ったのは……」
僕は気持ちを切り替えて、王様へと用件を話し始めた。
……だって急がないと、マリィが暴れ出しそうだったんだもん。