混乱の城内とメイドさん
城の中へと通された僕とマリィは、客室へと案内され、そこで暫く待つように言われた。
「本当だったら早く王様の所へと案内して欲しいんだけど、仕方ないよね」
王城の中に拵えられた客室は、それはもう立派な物だった。
床には踏むのも躊躇う程の綺麗な絨毯が敷かれており、その上には豪華な長椅子と机が備わっている。
部屋の隅に置いてある燭台や、部屋の扉なども意匠が凝らされており、正直、小心者の僕としては居心地が悪かった。
その扉の外からは、慌ただしい物音が聞こえてくる。
「先程の鐘は何だっ!? 魔物の襲来か!?」
「慌てるな、馬鹿者共! こういう時こそ冷静に対処するんだ!」
これが、僕達がこの部屋で待たされている理由だ。
さっき鳴らされた警鐘のせいで、城内は今、大混乱に陥っている。
「全員、準備は整ったか!? よし! それでは魔物の討伐に向かうぞ!」
「いえ、隊長! 現れたのは勇者だそうです!」
「ゆ、勇者だとぉ!?」
隊長と呼ばれた人物の、動揺した声が聞こえる。
まぁ、そうだよね。警鐘が鳴らされた理由が、勇者だとは思わないよね。
「お、落ち着け、冷静になれ。冷静に考えるんだ。今、何をすべきかを…………よし! すぐに逃げるぞ、お前ら!」
「了解しました、隊長!」
うん、やっぱりだいぶ混乱しているみたいだ。
そうじゃなきゃ、兵士が逃げるなんて言わないだろうから。
「早く混乱が治まるといいんだけどなぁ」
チラリと、僕は隣りへと視線を向ける。
そこにあったのは、椅子に座ったマリィの姿。
先程までは、出されたお茶菓子を上機嫌に食べていたのだけれど、お菓子がなくなった今は……。
「…………」
無表情なまま、まったく動かないマリィ。
だけれど、僕には分かる。彼女の不満が、徐々に溜まってきている事が。
「………………(イラッ)」
誰かっ! 誰か早く来てくれないかなっ!? このままじゃマリィが! マリィが暴走しちゃうっ!
そんな僕の心の叫びが届いたのだろうか、客室の扉がノックされる音が聞こえた。
「っ! はい! どうぞ!」
「失礼します」
部屋へと入ってきたのは一人のメイドさん。
表情はキリッとしており、仕事の出来る女性って感じの人だ。
「お待たせしてしまい、大変申し訳ありません。勇者様達を案内させて頂く、セラと申します」
自己紹介と共に、綺麗にお辞儀をするセラさん。
その仕草もきびきびとしており、思わず感心しそうになる。
「これより、玉座の間へとご案内させて頂きます。どうぞこちらへ」
「ありがとうございます! 助かります!」
この空間から解放される喜びのあまり、少々大袈裟に反応してしまった。
そんな僕の態度に、セラさんは少し首を傾げたけれど、何事も無かったように部屋の外へと向かい、歩き出した。
玉座へと向かう通路を歩く僕達。
そんな僕達を見る衛兵達の態度は様々だった。
怯えたように目を逸らす者。柱の陰へと隠れる者。そして、突然、神へと祈りだす者。
「ここまで怯えられると……何だか申し訳ないなぁ」
マリィが暴れたのが、よほどトラウマになっているのだろう。
そんな彼らの態度に対し、マリィは平然としていたけど、セラさんは思う事があったみたいだ。
「不快な思いをさせてしまい、申し訳ありません」
自分が悪い訳でもないのに、僕達に頭を下げてくる。
「いえいえ、マリィにも原因がある訳ですし、仕方ない事だと思いますよ」
「そう言って頂けると助かります」
ホッとしたような表情で、頭を上げるセラさん。
そう言えば、この人は僕達に対して普通に接しているな。
マリィの事が怖くないのだろうか?
「あの、マリィの事が怖くないんですか?」
不思議に思って、つい聞いてしまった。
そんな僕の質問に、セラさんは表情も変えずに答えてくれる。
「魔物を倒し、人々の平和を守ってくれる勇者様に対して、感謝こそしても怖がる理由はないと思いますが?」
確かに、本来であればそれが普通だとは思う。
ただ、今回は勇者が普通じゃないから、まぁ仕方ないよね。
そんな風に僕は思っていたのだけれど、セラさんの言葉はそこで終わりはしなかった。
「それなのに……衛兵達ときたら、勇者様に少し稽古をつけて貰っただけで、あのような態度を……」
え? 少し? 稽古?
あの時のマリィの暴れっぷりは、その程度の言葉で済むのだろうか?
「まったく……この城の男共は、主も含めて情けない者ばかりです」
あれ? 主って、王様の事だよね? この人、今……王様の事を貶さなかった?
まさか、そんな事は……。
「さ、早く玉座の間に参りましょう。少し急がないと……逃げてしまうかもしれませんので」
「……ええ、分かりました」
誰が、というのは聞かなくても分かった。
そして、同時に理解もした。
ああ、この人も、普通の人とは少し違うのだと。