あの鐘を鳴らすのは
僕達の身体を包んでいた光が消え、周りの景色が鮮明になってくる。
「この景色……やっぱり都会は凄いなぁ」
目の前に見えるのは、賑やかな街並み。
活気に溢れた街の中心部には、立派な建物もが建っているのも見える。
「ロイ、早く早く」
隣りにいたマリィが、待ちきれないとでもいうように、僕の袖を引っ張る。
「そんなに慌てなくても大丈夫だよ、マリィ」
今日は、マリィと約束したデートの日。
僕たちは今、他の仲間達と別れ、二人で息抜きに来ていた。
「それにしても、転移の魔法は凄いね。歩けば何日も掛かる道を、一瞬で来れるんだから」
やはり、転移の魔法は便利だ。
遠くの場所であろうと、一瞬で来れるんだから。
僕の言葉を聞いていたのだろう、マリィがえっへんと胸を張る。
そんな彼女の姿に、つい笑みがこぼれてしまう。
「それじゃあ、そろそろ行こうか。デートの前に、用事だけは済ましておかないとね」
そう言って、僕は歩き出した。
街の中心にそびえる、立派な建物。
王城へと向かって。
「せっかく息抜きをするのであれば、やっぱり王都がお勧めだと思いますわ。お店も多いですし、色々な地方から珍しい物も集まってきますから」
僕とマリィが出掛ける場所を相談している時に、そうアドバイスをくれたのは、レイラさんだった。
「確かに、王都は良いかもしれませんね。マリィに転移の魔法を使ってもらえば、移動もすぐにできますしね」
「そうでしょう。それに、せっかく王都に戻るのであれば、王様へも挨拶してきては? 旅に出てから一度も戻ってはいないのでしょう? 王様も旅の報告を聞きたいはずですわ」
いや、それはどうだろうか……。
あの王様は多分、マリィには戻ってきてほしくないと思っているんじゃないかな?
とはいえ、王都まで戻っているのに、王様の所へと挨拶に行かないのも、おかしな話なのかもしれない。
「分かりました。せっかくですし、王様にも挨拶してきます」
と、いう訳で、僕達は今、王城を目指して歩いているのだ。
王城へと続く大通り、そこには色々な店が連なり、多くの人々で賑わっていた。
店頭に置かれている様々な品物に、マリィも目移りしているようだ。
「ロイ、ロイ! あれ、美味しそう!」
僕の袖を強く引っ張り、おねだりをするマリィ。
「我慢してね、マリィ。まずは用事を済ませないとね」
「……むぅ~」
彼女の拗ねた様子に、苦笑いしてしまう。
「用事を済ませたら、気が済むまで遊ぼうよ、マリィ。だから、それまでは我慢してね」
「……分かった。ロイがそう言うなら」
マリィは少し残念そうにしていたけど、何とか納得してくれた。
さて、急いで王様との謁見を済ませないとね。
店が建ち並ぶ通りを抜けた先、そこには大きくて立派な城門が、王城を守るようにそびえ立っていた。
「待ちなさい、そこの子供達」
城門を潜り、王城へと入ろうとした僕達は、両端に立っていた門番に呼び止められてしまう。
「ここから先は、王様の住まうお城だ。許可のない人は入ってはいけないんだよ。分かったら、街へと戻るんだ」
「いえ、僕達は……」
勇者の一行であり、王様に挨拶に来たのだと、そう説明しようとした矢先、
「おい、待て! その少女は……まさか……!?」
門番の片割れが、顔を青ざめさ、震え始めた。
どうやらあの門番は、マリィの事に気が付いたみたいだ。
面倒な事に……なるんだろうなぁ……。
「どうしたんだ、お前? この少女が、何か……」
もう一人の門番も、マリィの顔を改めて確認して気が付いたようだった。
「ま、まさか! ゆ、勇者!? 勇者なのか!?」
その反応は勇者に対してどうなのだろう? と思わなくもないけど、前に来た時に、あれだけマリィが暴れたのだ。
まぁ、仕方ないよね。
「や、やっぱりそうだ! 惨劇の勇者だ!」
何だか妙な称号まで付いてるし!?
まぁ、仕方ない。仕方ない……よね?
「あの……」
「ひ、ひぃっ!? 何の用だ!? あ、いや、何の御用でしょうか!」
軽く声を掛けただけで、怯えた様な態度を取る門番達。
マリィは平然としているけど、さすがに僕は居たたまれない気持ちになってしまう。
「実は、王様に挨拶に来たのですが……ここを通してもらう事はできるでしょうか?」
早々に用事を済ませてしまおうと、こちらの要求を彼らに伝えたのだけれど、
「そ、それは……王様に許可を頂いてこないと……」
困った事に、彼らはすぐに首を縦には振らなかった。
まぁ、彼らは門番だし、それが当然の事なのかもしれない。
だけど、あの王様が惨劇の勇者に謁見の許可をくれるだろうか?
「いや、くれないだろうなぁ……」
どうしたものかと、僕が悩んでいると、
「ねぇ、ロイ? まだなの?」
今まで黙っていたマリィが、口を開いた。
「まだ、用事は済ませられないの?」
その声には、確かな感情が込められている。
それは、苛立ちだ。
どうやらマリィは、早く街へと遊びに行きたいらしい。
「ごめんね、マリィ。この門を潜って、王様に会わないといけないんだけど、まずはその許可を貰わないとね……」
僕がそう説明すると、マリィはゆっくりと門番達の方へと振り向き、静かに言い放った。
「通って、いいわよね?」
「……マリィ、それはいくらなんでも無茶だよ。彼らは王様の許可を貰わないと……」
「た、ただいま城内へとご案内させて頂きます!」
あっれ!? 許可出ちゃったよ!?
あれ? 王様の許可は!?
「おい! すぐに城内へと知らせに走るんだ!」
「ああ、分かった!」
僕が動きを止めている間に、慌てて城内へと走っていく門番の一人。
そして少しして、けたたましい鐘の音が、お城の中から響き始めた
「……すみません、あの鐘って確か……」
「勇者様歓迎の鐘を、鳴らしているのであります!」
いや、違うよね!?
確かあの鐘は、魔物の襲来とか、非常事態に鳴らすものだよね!?
現に城内からは、慌ただしい物音と、悲鳴や怒号が聞こえてきているし……。
「勇者様! どうぞこちらへ!」
だけどそんなのは関係ないとばかりに、城内へと案内する門番。
「ロイ、早く行こ?」
そして平然と付いて行くマリィ。
「……うん、そうだね。行こうか、マリィ」
もうどうにでもなればいいや。
そんな投げやりな感情と共に、僕も王城へと入るのだった。




