グレゴールさんの魔法教室 ~ファイアーボール編~
「ほらほら、どうしたロイウス君? しっかりと鍛えないと、立派な魔法使いにはなれないよ?」
「……いえ、僕は魔法使いになる気もありませんし、そもそも筋トレで魔法使いになれるとは思えないんですけど……」
そんな僕の、常識的とも言える言葉に、グレゴールさんはチッチッチッと伸ばした人差し指を左右に振る。
「いいかいロイウス君? 魔法に重要なのは精神力だ。そして強い精神力というものは……身体を鍛えてこそ宿るものなのだよ」
力こぶを作りながら、僕へと力説するグレゴールさん。
まぁ、何かしら飛びぬけている人達というのは、自分の理論で動いている人が多いからね。僕の反論が通用するとは思っていなかったさ。
「さ、納得したかい? 納得したなら筋トレの再開だ! キミにはしっかりと転移魔法を覚えて貰わないといけないからね!」
歯をキラリと光らせ、グレゴールさんは爽やかに笑う。
つい最近知り合った魔法使いのグレゴールさんは、僕が転移魔法(物理)を覚えるまで付いてくると言い出したのだ。
その為、僕は今、グレゴールさんの指導の下、魔法の訓練に明け暮れている。
しかし今のところ、というかどれだけ訓練してもあの転移魔法を覚える事は出来ないと思う。
それはつまり、一生付きまとわれるという事だろうか?
嫌な想像に冷たい汗が流れ始める。
ちなみに、マリィはすでにグレゴールさんから転移魔法(通常)を教わり、しっかりと覚えていた。
グレゴールさんはあの見た目に反して、やはりちゃんとした魔法使いだったのだ。
転移魔法の他にも、多くの魔法(通常)を使うところを見せて貰った。
「あの実力は、王宮に仕える魔法使いにも匹敵……いえ、それ以上の実力かもしれませんわ」
レイラさんもグレゴールさんの実力を高く評価している。
それなのに……。
「さぁ、どうしたロイウス君? もう限界かね? 諦めたらそこで終わってしまうぞ?」
この人は普通に魔法を使うよりも、筋肉を使う方が好きなようだ。
そしてその考えを、僕にも植え付けようとしている……。
「あの……運動不足な僕に、いきなりこの量はちょっと……」
非力な僕に、いきなりグレゴールさんと同じ量の筋トレを課されても困る。
とはいえ、筋トレ自体は歓迎するべきなのかもしれない。
僕もいつまでも弱いままではいられないのだから。
「そうか。これくらいの量は簡単にこなせないようにならないと、転移魔法を覚えるのはだいぶ先になってしまうのだが……仕方ない」
だいぶ先どころか一生覚えられない気がするけど、とりあえずグレゴールさんが無茶な筋トレを諦めてくれて良かった。
「グレゴールさん? ロイウスさんにいきなり転移魔法を教えるのではなく、もっと簡単な魔法から教えてあげた方が、良いのではないですか?」
「ふむ、成程……」
そんな僕らを見かねたのか、横からレイラさんがグレゴールさんの指導へと口を挟んだ。
正直、僕としてもその方がありがたかった。
いきなり実現不可能な転移魔法を教わるよりも、身を守る魔法などを教えて貰った方が、やる気も出るし、実際に役にも立つのだから。
「そうだね、いささか焦り過ぎてたのかもしれないね」
グレゴールさんも納得してくれたようだ。
「それじゃあロイウス君には簡単な魔法から覚えていって貰おうか。そうだな……火球の魔法なんてどうかな?」
「あ、それでお願いします」
火球の魔法は、その名の通り火の玉を作り出し、相手へとぶつける魔法だ。
単純ではあるけど、威力もあり、攻撃魔法の中では最もポピュラーな魔法とも言える。
「それじゃあ早速始めようか。簡単な魔法だけど、油断していると大怪我をする事になるから、気を引き締めてね」
「はい!」
僕の返事に満足したグレゴールさんは、早速魔法の説明を始める。
「まず、この魔法に必要なのは集中力と想像力だ。この二つはどの魔法にも必要となる基本的なものだからね」
それくらいの事なら僕にも分かる。
魔法を使う為の基本だと、この前グレゴールさんに教えてもらったばかりなのだから。
グレゴールさんは筋トレだけでなく、精神面や魔法の知識といったものも、しっかりと僕に教えてくれているのだ。
「そして、火球の魔法で最も重要なのが……フォームだ」
「はい! ……はい?」
あれ? おかしいな。最後の最後でおかしな言葉が耳に飛び込んできた気がした。
フォーム? フォームって言ったのか? それって……?
「あの、グレゴールさん。最後のフォームって、いったい……?」
「まぁ、今から実演するから見ていてくれたまえ。そうすればすぐに理解できるはずだから」
不安気な顔をしている僕に対し、グレゴールさんは笑顔でそう答えてくれる。
その笑顔は実に明るかったのだけれど、僕には嫌な予感しかもたらさなかった。
「ではまず、これを用意するんだ。無ければそこら辺に落ちている石ころでも構わないからね」
そう言ってグレゴールさんは、懐から白いボールを取り出した。
なぜ火球の魔法にそんな物が必要なのだろうか?
僕の嫌な予感がさらに高まっていく。
「この球に人差し指と中指を引っ掛けるようにして、しっかりと握るんだ。そして腕を大きく上へと振り上げ、上半身を充分に逸らしてぇ……」
説明しながらも、グレゴールさんは両腕を上へとまっすぐに伸ばし、大きく振りかぶった。
そして身体を捻り、脚を高々と上げると、
「ファイアァァボオォォォルゥ!!」
神速の踏み込みと同時に、手に持った球を勢い良く投じた。
ボンッ! という何かを突き破るような音を発した球は、そのまま燃え上がると、その先にあった大樹へと激突する。
メキメキと大きな音が響き、球が大樹へとめり込む。
凄まじい回転の掛かった球は、そのまま大樹の中ほどまで穿つと同時に、対象を激しく燃え上がらせた。
「見たかね、これが火球の魔法だ。慣れてくるとここまでしっかりとしたフォームを取らなくても出来るようになるけど、基本はこの形だ」
大樹が激しく燃え上がるのを確認し、自信満々に親指を立てるグレゴールさん。
「いやいやいやっ! ちょっと待ってくださいよ!?」
あれは違う。僕の知っている火球の魔法とは絶対に違う。どちらかと言えば燃える魔球だ。
「これ無理ですよ! 僕には出来ませんていうかまた筋肉ですよね!?」
突っ込みに対して、グレゴールさんは眉をひそめる。
「これもダメかい? この基本の燃える魔球さえ覚えておけば、その改良型の燃えて分裂する魔球なども出来るようになるのに……」
「その基本すら覚えられないないんですってば!」
この人はどうして僕に魔法(物理)しか教えてくれようとしないのだろうか。
「……いつになったら、僕はまともな魔法が覚えられるのかなぁ……」
燃え上がる大樹の前で、僕はそんな事を呟くのだった。