男? 女?
目の前にあるのは一つの街。
小高い丘から、その街の事を見下ろし、僕達は一つの問題を考えていた。
「さて……スラたんをどうしようか?」
以前であれば、普通に街へと入るだけなのだけれど、今、僕達のパーティーにはスラたんが居る。
魔物であるスラたんを受け入れてくれる街など、そう多くはないだろう。
「やっぱり、スラたんには街の近くで待っていて貰いますか?」
レイラさんの意見は正しいものだと思う。
魔物であるスラたんならずっと外にいても平気なはずだ。
だけど、
「それじゃあスラたんが可哀想じゃないですか?」
スラたんはただの魔物ではない。
僕達の仲間と呼べる存在だ。
そんなスラたんを一匹で街の外へと残すのは、仲間外れにするようで嫌だった。
「ロイウスさん……」
レイラさんも、辛そうな顔をしている。
あんな意見を言ったレイラさんだったけど、本心では僕と同じ気持ちなのだろう。
それでも彼女は心を鬼にし、あんな事を言ってくれたというのに。
「すみません、レイラさん」
「いえ、良いんですのよ、ロイウスさんの言う通りですもの」
申し訳ない思いで一杯の僕に、レイラさんは優しく微笑んでくれる。
「私が間違っていたのですから、ロイウスさんが謝る必要はありませんわ。さて、そうと決まればスラたんをどうやって街へと入れるか、考えないといけませんわね」
そうやって話を切り替えるレイラさん。
この人は本当に良い人なんだよなぁ。
それなのに色々と酷い目に遭って……不憫なんだよなぁ。
「ロイウスさん、何か良い方法はありますか?」
「レイラさんがもっと幸せになれればいいと思います」
「……はい?」
おっと、いけないいけない。
レイラさんに同情していたら、関係の無い事を口走ってしまった。
「えっと、すみません。スラたんを街の中に入れる方法ですよね?」
「……ええ、そうですわ」
訝し気な表情をしているレイラさんから顔を逸らしつつ、僕はスラたんを街へと入れる方法を検討する。
「道具袋に入れていくとかですかね?」
スラたんのサイズなら、道具袋の中にも入れるはずだ。
中にあるアイテムはスラたんの中に収納してしまえばいいのだし。
「それで街へと入る事は出来ますけど……それではスラたんが不自由ではないですか?」
確かにそうかもしれない。
スラたんが自由になれるのは人目のない場所。宿屋の部屋くらいになってしまうだろう。
それなら逆に、街の外へと残してあげた方が、スラたんも自由にのんびりできるかもしれない。
「う~ん、けど他に方法は……」
「そうですわねぇ……」
僕とレイラさんが他に方法を考えていると、
「ねぇ、スラたん? スラたんは人間に変身できないの?」
マリィが、そんな事をスラたんに問い掛けていた。
「マリィ、さすがにそれは無理なんじゃないかな?」
マリィの考えに対し、僕は苦笑してしまう。
確かにスライムは不定形の生物で、その姿をある程度自由に変える事が出来る。
「だけど、人間の姿は姿は、さすがに無理だよねぇ? スラた……ん!?」
スラたんに同意を求めようと、僕が振り向いた先で見たものは……人間の姿へと変化していたスラたんの姿だった。
「スラ……たん?」
そこに居たのは八歳くらいの子供。
僕の呼びかけに対し、その子供は笑顔で手を振って応えてくれた。
「まさか……人間の姿にもなれるなんて」
形だけではない。
スラたんは色すら人間と同じようになり、おまけに服もちゃんと着ていたのだ。
「スラたんは……何でもありですわね」
呆然と呟くレイラさん。
それはそうだろう。
スラたんが色々と規格外なのは知っていたけど、まさかこんな事が出来るとは思っていなかった。
この場で平然としているのはマリィだけだ。
「……けど、これなら街へ入っても平気そうですね」
「え、ええ、そうですわね」
僕達は自分を納得させ、無理やり喜ぶ事にした。
目の前で起きている事は現実なのだから、納得しなければ先へと進めない。
「ところで……スラたんは男の子? それとも女の子?」
そんな僕達を余所に、マリィは一人だけ別の疑問を浮かべていた。
その質問に、ハッとする僕とレイラさん。
人間に変身したスラたんの顔は、中性的で可愛らしい顔立ちであり、服もブカブカの上着と半ズボンと、男女の判別は付けにくかった。
「ど、どちらなんでしょうね、ロイウスさん?」
「さ、さぁ……?」
スラたんが話せれば聞いてみる事も出来たのだが、姿を人間のように変えられても、スラたんは話す事が出来ないようだった。
いや、スラたんなら、そのうち話せるようになるかもしれないけど……。
「他に確かめる方法とすれば……」
僕とレイラさんの視線が、自然とスラたんの半ズボンへと向けられる。
「か、確認するのですか、ロイウスさん?」
ゴクリと、レイラさんがツバを飲み込む。
顔は恥ずかしそうに赤くなっているものの、その目は興味津々といった感じだった。
「いえ……止めておきましょう」
だけど僕は、これ以上確かめる気はなかった。
「スラたんが男か女かなんて、どっちでもいいじゃないですか。スラたんはスラたんなんですから」
僕の言葉に、我を取り戻すレイラさん。
「そ、そうですわね。元々スライムなんですし、性別なんてないようなものですわよね」
レイラさんも僕の言葉に納得し、諦めてくれた。
これで良かったんだと思う。
だって確認したところで、ろくな事にはならないのだから。
仮に付いていたとすれば、さすがに子供のものとはいえ、レイラさんやマリィにそんなものを見せる訳にはいかない。
逆に付いていなかったとすれば、それを見た僕が、マリィに惨殺されるのは間違いないだろう。
だから、これで良かったのだ。
無邪気にじゃれ合っているマリィとスラたんを眺めながら、僕はそんな事を思うのだった。