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伝説の魔物と恐怖の化身

「参ったなぁ……」


 四方を囲む鉄格子を見つめて、僕はため息をついていしまう。


「ふっふっふ、恐ろしいか? 人間よ」


 鉄格子の向こう側には粗野(そや)な鎧を着た、虎の頭を持つ魔物の姿が。

 人間の言葉が話せるという事は、それなりに知能が高く、高位の魔物という事だ。

 今までマリィが戦った魔物よりも手強いのかもしれない。

 

「こうもあっさり罠に掛かってくれるとは、まったく間抜けな奴め」


 魔物は鉄格子の中の僕の事を、愉快そうに眺める。

 僕は今、魔物の仕掛けた罠に掛かってしまい、捕まっているのだ。

 けれど、仕方ないと思う。

 魔物の城に突入した瞬間、足下に魔法陣が現れたと思ったら、(おり)の中へと転移させられてしまったのだから。

 魔法の知識に(とぼ)しい僕らでは、そんな罠は想像できなかったのだ。


「やっぱり魔法に詳しい人がパーティーには必要だよなぁ……問題はマリィに付いてこれる人が居るかどうかだけど……」


 今後の事を考えつつ、僕は状況を確認する。

 マリィとレイラさんの姿はここにはない。どうやら魔法陣の範囲外にいたようだ。

 檻は広い部屋の真ん中へと置かれ、豪華な造りの部屋の奥には、玉座のような物が見える。

 そして、目の前には狂暴そうな虎頭の魔物。

 その周囲には数体の魔物が控えている。

 この虎の魔物こそが、恐らくこの城のボスなのだろう。

 

「それで、僕をどうする気なんですか?」


 殺すのではなく、こうやって捕まえたからには、何か考えがあるのだろう。


「クックック、怖いか? 怖いよなぁ? 自分がどうなるか分からず、怯えているのだろう?」


 もったいぶるような話し方をする虎の魔物。


「だが安心しろ、下等な人間よ。貴様に利用価値があるうちは生かしておいてやる」

「その利用価値って?」


 隠すような事でもなかったのだろう、僕の質問に魔物は素直に答えてくれた。


「勇者に対する人質さ。まぁ、そんなものは必要ないかもしれないがな」


 豪快に笑った魔物は、自分の部下達へと振り返った。


「この城には俺様の鍛えた精鋭が揃っている。それに様々な罠もな。勇者がここまでたどり着けるかどうか」


 どうやらこの魔物は、自分の城に絶対の自信があるらしい。

 マリィがやられるとは思えないけど、もしかしたら苦戦するかもしれない。


「さて、どうしようか」


 このまま大人しくいてれば、マリィが来るまで安全かもしれないけれど、その後どうなるか分かったものではない。

 それに、マリィとレイラさんの事も心配だし……。


「やっぱり、早く合流した方がいいよね」


 そうと決めたからには、早くここから脱出しなければならない。

 けれど、もちろん僕にはそんな力があるはずもない。

 だから、


「出来るかい? スラたん」


 足元にいたスラたんへと頼んでみる。

 実はスラたんは、僕が転移させられる瞬間に魔法陣へと飛び込んできて、一緒に転移してきていたのだ。

 魔物達に囲まれている中、僕が冷静でいられたのも、これが理由だった。


「やっちゃう? やっちゃうの? やっていいの?」とばかりに身体を震わせるスラたん。


「うん、頼むよスラたん」


 そんなスラたんへと、僕はお願いする。

 何だか最近、スラたんの表情というか、言いたい事が分かってきたなぁ……。

 そのうち、他の魔物の考えている事も分かるようになるのだろうか?


「ん? 何だそのスライムは?」


 魔物達は今になってスラたんの存在に気付いたようだ。

 檻の中にいるスラたんを、不思議そうに眺めている。


「人間に懐いているのか? まったく、これだから低能な奴は……」


 魔物の中でも、スライムの地位は低いのだろう。

 檻の外にいた魔物達が、スラたんの事をせせら笑う。

 魔物達の嘲笑に対し、激しく身を震わせるスラたん。

 僕もスラたんを馬鹿にされて、ちょっぴり頭にきてしまった。


「……スラたん。遠慮はいらないからね?」

「人間よ? お前は馬鹿か? そんなスライムに何が……え?」


 魔物達の笑いが止まった。

 スラたんが身体の一部を鉄格子へと伸ばし、一瞬にしてバラバラにしてしまったからだ。


「馬鹿な!? スライムがどうやって!?」


 身体の先端を刃と化し、鉄格子を容易く切り裂いたスラたん。

 普通のスライムでは出来ない芸当に、魔物達も度肝を抜かれたようだ。


「ええい、すぐに取り押さえろ!」


 だけどすぐに我を取り戻し、檻を出ようとした僕達へと襲い掛かってくる。

 しかし、スラたんから伸ばされた無数の腕(?)が鞭のようにうねり、魔物達を次々と打ち倒す。


「ありえん!? ただのスライムではないのか!?」


 部下では歯が立たないと知った虎の魔物が迫り来る。

 鋭い爪をきらめかせ、スラたんを切り裂こうとする。

 その勢いは凄まじく、僕だったらあっさりと真っ二つにされているだろう。

 だけどスラたんは、それを平然と受け止めてしまった。


「何だと!?」


 驚愕に目を剥く虎の魔物。

 そしてスラたんは無数の拳を作り出すと、お返しとばかりに魔物へと連打(ラッシュ)を叩き込む。


「うおおおおぉぉぉぉ!?」


 両腕をクロスし、何とか拳を防いだ魔物。

 スラたんを危険だと判断したのか、そのまま魔物は距離を取った。


「このスライムはいったい…………まさか! あの伝説の……!?」


 え? 伝説? 伝説ってなに? スラたん、伝説になってるの?


「ぐうぅ、このままでは不利だな。ここはひとまず撤退を……」


 スラたんに敵わないと悟った魔物が逃げだそうとする素振りを見せる。

 だけどその時、城が大きく揺れ動いた。


「今度はいったい何だ!?」


 立て続けての思わぬ事態に、動揺する魔物。

 振動は断続して響き、何かが破壊される音と悲鳴が、城内へと響き渡る。


「いったい、何が……!?」


 徐々に大きくなる悲鳴と破壊の音。

 慌てふためく魔物と違い、誰がこれを起こしているのかは、僕には見当がついていた。

 この広間へと近づいていた物音は、ついにこの部屋の入口へと達する。

 激しい物音と共に、頑丈そうな扉が吹き飛ぶ。


「まさか……勇者か!?」


 吹き飛ばされた扉の向こう。

 そこに見えたのは勇者の少女の姿。


「マリィ! ……あれ? マリィだよね?」


 だけど、その全身からはドス黒いオーラが(にじ)み出ており、とても勇者の姿には見えなかった。

 むしろ魔物よりもおどろおどろしいというか……。


「ロイ……どこなの? ロイ……」

「ひっ!?」


 まだ僕に気が付いていないマリィは、ぶつぶつと(つぶや)きながら、ゆっくりと部屋へと入って来る。

 首が座っておらず、一歩あるくごとに頭が揺れるその姿はホラーそのものだ。

 屈強な魔物であるはずの、虎の魔物でさえ悲鳴をあげかけていた。


「お前か? お前がロイを……?」


 (うつ)ろだったマリィの瞳が、魔物の姿を(とら)えた。

 剣を片手に、ゆっくりと魔物へと近付いて行く。


「お、おのれぇ! 人間風情がぁっ!」


 虎の魔物は心を奮い立たせて、マリィへと襲い掛かった。

 だけどあの状態のマリィに勝てるとは思えない。

 第一、腰が引けている。


「もうこれで大丈夫そうだね。助かったよ、スラたん」


 目の前で始まった魔物とマリィの対決(魔物の処刑)をよそに、僕はスラたんへと話し掛ける。

 スラたんがいなかったら、今頃どうなっていた事やら。

 僕の感謝に対し、スラたんは照れくさそうに身体をよじっている。


「ああ、やっと見つけましたわ、ロイウスさん」


 そんな僕らの(そば)に、いつの間にかレイラさんが現れていた。


「無事なようで何よりです。まぁスラたんが一緒にいたので、そんなに心配はしておりませんでしたが」


 それでも僕の無事を確認して、微笑(ほほえ)んでくれるレイラさん。

 だけど、


「……レイラさんの方は、無事じゃなさそうですね」


 彼女は大した怪我こそ無さそうなものの、装備はところどころ汚れており、その顔も疲れ切ったものだった。


「ええ、あの状態のマリィベルさんと一緒でしたから……」


 心底疲れたような顔で笑うレイラさん。

 その瞳は、死んだ魚のように濁っていた。


「魔物や罠どころか、建物の一部も破壊してきたのですよ、彼女は。それだけロイウスさんが心配だったという事なのでしょうけど、付いて行くこっちの身としては……」

「……お疲れさまです」


 やっぱり僕の心配は当たっていたようだ。

 僕と離れたマリィがどんな無茶をして、レイラさんに迷惑を掛けるか心配していたけど、まさかここまでとは……。


「本当にお疲れさまです」

「まったくですわ……あとは……ロイウスさんにお任せしますね」


 限界だったのだろう。

 レイラさんはそれだけ言うと、その場に倒れてしまった。


「このあとか……」


 僕の目の前では決着が着いていた。

 圧倒的な力で、魔物を倒したマリィ。

 これでもうこの城は落ちたも当然だろう。

 あとは、


「ロイ!!」


 僕の事を見つけ、全速力で駆けてくるマリィ。

 すでに邪悪なオーラは消えており、その目の端には涙が浮かんでいた。

 彼女に対して申し訳ない思いが、僕の胸へとこみ上げてくる。


「心配させてゴメンね、マリィ」


 マリィへと謝りながら、僕は両手を広げる。

 彼女に心配をさせてしまったのだ。

 だから僕は、彼女を受け止めてあげなければならない。




 ……例え僕の身体がどうなろうとも。


「ロイィ!!」

「がふっ!?」


 勇者の力をフルに使い、全力で飛び込んできたマリィを、僕は何とか受け止めた。

 いや、受け止めようとしたのだけど、そのまま壁まで押し込まれ、したたかに後頭部を打ち付けてしまう。


「ロイ! 無事で良かったぁ!」


 僕の胸へとしがみつき、子供のように泣きじゃくるマリィ。

 そんな彼女へと、僕は心の中で再び謝る。


 ごめんね、マリィ。

 だけど、一つだけいいかな?

 僕は今、キミのせいで無事じゃないんだよ?


 僕の心の声が、マリィに届いたかは分からない。

 だけど、少しは届いてくれればいいなぁと思いつつ、僕は意識を失うのだった。



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