勇者の少女と従者の少年
目の前で、巨大な魔物が一刀の下に切り捨てられる。
魔物を切り裂いたのは、美しい白銀の髪の少女。
「おお、勇者様! ありがとうございます!!」
助けられた人々が、彼女へと感謝の言葉を述べてゆく。
そう、魔物を倒した少女は、選ばれし勇者。
そして僕は、そんな彼女と旅をする、従者なのだ。
「……ロイ」
「ん? どうかしたのかいマリィ?」
魔物に襲われていた村を救い、旅路へと戻った矢先、勇者の少女、マリィベルが声を掛けてくる。
「これを……」
「……これは?」
マリィは手に持っていた草を、僕へと差し出してくる。
「薬草。ロイはさっき、転んで怪我をしたでしょ?」
「ああ、ちょっと膝を擦り剥いちゃったね」
恥ずかしい話しだけど、僕は運動があまり得意ではない。
さっきの戦闘の際、転倒してしまったのだ。
「だから、薬草。これを飲んで怪我を治して」
「ありがとう、マリィ」
彼女の優しさが心に染みる。
「だけど、マリィ。これ……そこで引っこ抜いた雑草だよね?」
「?」
僕の言葉に、彼女が不思議そうな顔をする。
「父さんが言ってたよ、勇者が引っこ抜いた草は、薬草になるんだって」
「ならないよ!? おじさんは何を教えてるのさ!?」
彼女の言葉に、故郷にいるおじさんの顔を思い出す。
あのおじさんは娘に何を教えてたのさ!
「父さんは、嘘つき?」
「いや、あのね? 嘘つきとか、そういうのじゃなくて……ちょっとマリィ! 草を押し付けないで!? 口に入れようとしちゃダメだって!」
「これを飲んで、早く元気になって」
「その気持ちは嬉しいけど! これ飲んだら、逆にお腹壊すから!」
必死に抵抗するものの、勇者の力に僕が敵うはずがない。
抵抗虚しく、口の中へと雑草が詰められてゆく。
(父さん……母さん……何故僕はこんな目に遭っているのでしょうか……)
口の中に広がる、大地の味を噛みしめつつ、僕は今までの事を思い出す。
数年前、平和だった大陸に突如として魔王が出現。人類に対し、宣戦布告を行ったのだ。
文献を調べてみたところ、この魔王とやらは倒したところで、一定の期間が経つと別の魔王が現れる仕組みになっているらしい。
倒しても倒しても、次から次へと現れる、台所に出現する黒い虫の様な存在だそうだ。
だが、そんな魔王に対して、神様も黙ってはいなかった。
魔王が現れる度に、一人の人間に聖剣を授け、魔王を倒す力を与えたのだ。
そんなある時、選ばれた勇者の一人が、神様に尋ねたそうだ。
「そんな面倒な事せずに、神様が直接倒せばいいんじゃね?」
その言葉を聞いた神様は、困った顔をしながら、
「私が直接手を出すと、すぐに終わっちゃうでしょう? それにほら、スポーツとか自分でやるよりも、見ている方が楽しいしね?」
どうやら神様はスポーツ観戦派の様だ。
そんな神様に、今回、勇者として選ばれたのが、僕の幼馴染のマリィだった。
マリィは子供の頃から物静かで、何を考えているか分からない子だった。
穴を掘っては、埋める作業を延々と繰り返したりとか、
蜂の巣欲しさに、樹に登ろうとしたが、無理だったからクマから強奪しようとしたりとか……。
そんな彼女だから、村の子供たちは敬遠してしまい、いつも僕が面倒を見る破目になった。
クマに追いかけられた時は、死ぬかと思ったなぁ……。
そんなマリィの前に、ある日、聖剣が現れた。
「聞いてくれよロイ! ウチのマリィが勇者に選ばれたんだよ! いやぁ、今まで勇者教育していた甲斐があったなぁ」
おじさんは嬉しそうに僕に語りかけてくる。
おばさんに聞いたのだが、おじさんは大の勇者マニアだそうだ。
娘が勇者に選ばれたなら、そりゃあ喜ぶよね。
ところで……勇者教育ってなに?
「ごめんなさいね、ロイ。あの人ったら、はしゃいじゃって」
おばさんも、おじさんの様子に苦笑いしている。
「それでね、ロイ。マリィはこれから王都に報告しに行かなくてはいけないのだけど……ロイも、付いて行ってあげてくれない?」
「……え?」
何言ってるんですか、おばさん?
「いえねぇ、マリィはあの人が育てたせいか、ちょっと常識が身についていないというか……少し、問題があるでしょ?」
「少しどころか、だいぶ問題ありますよね?」
「だから、しっかり者でマリィの面倒をいつも見てくれているロイに頼みたいのよ」
「僕の言葉はスルーですか」
「もうロイの両親には話してあるから。ほら、荷物も用意しといてあげたわよ」
「もうこれ、お願いじゃなくて強制ですよね!?」
既に外堀は埋められていた! このままじゃ、王都までマリィの面倒を見る破目になってしまう!
村の中でも大変なのに、外になんて出たらどれだけの苦労になるか……。
何とか打開策を考えようとしていたのだが、今まで黙っていたマリィに、袖を引っ張られる。
「ロイは……私と一緒に行くの、イヤ?」
畜生! 可愛い! 上目使いで、そんな事言われたら断れないじゃないか!!
僕が悶えていると、おばさんがニンマリとした笑みを浮かべる。
「うふふ、決まりね。そうそう、ロイ? 帰ってきたら、お義母さんって呼んでくれてもいいのよ?」
そんなおばさん達に見送られ、僕らは、ゴキ……じゃなかった、魔王の駆除へと旅立ったのだ。
「あ~……お腹痛い。口の中も、まだシャリシャリするし……」
結局、王都に着いた後も、僕はマリィのお供をしている。
成り行きもあったし、王様からもくれぐれもマリィを一人にしないよう、頼まれたしね。
……一人にすると、何をされるか分からないから……。
「大丈夫? ロイ」
大丈夫じゃないのはキミのせいなんだけどね!
とは、心配そうに顔を覗いてくるマリィには言えなかった。
「大丈夫だよ、薬を飲めば、治るから」
「……そう」
悪い娘ではないんだ。ただちょっと、いや、だいぶ常識がないだけで……。
まぁ、この程度の事はマリィと一緒に居れば、良くある事さ……。
そうやって、自分の心に折り合いをつけていると、
「ロイ、これ……」
「……マリィ、何だいこれは?」
声が震えてしまうのは仕方ないと思う。
だって、マリィは手にした雑草を、こちらへと差し出しているのだから!
「毒消し草……」
「違うよね!? そこらで採った雑草だよね!?」
「父さんが言ってた。勇者が引っこ抜いたら、毒消し草になるんだって……」
「薬草になるんじゃなかったの!?」
僕の言葉に、マリィが可愛らしく首を傾げる。
畜生! 可愛い!!
「気分……の、問題?」
「気分で、どうこうなるようなものじゃないからね!?」
「早く……良くなって」
「その気持ちだけで充分だよ!」
僕の言葉はマリィに届かない。
再び、口の中へと大地の味が広がる。
(ああ、神様。こんなマリィを勇者に選んだ神様を、恨んでもいいでしょうか? ……あと、おじさんも)
口の中の苦みを味わいつつ、僕は心の中で、神様に恨み言を言うのであった。
ああ、虫の味までしてきたや……。