もう一度
「....!....ゆ....ちゃ.......!」
「ゆ...ちゃん....て....!」
「悠ちゃんってば!!!」
すぱぁん、と小気味よい音を立てて背中を思い切り叩かれた。少しの間の後にピリピリ、ヒリヒリと背中が痛み始め、それと同時にずるり、と現実に引き戻されたような感覚を全身で味わった。
「全く何してんの?ぼーっとしすぎ!暑すぎて頭溶けちゃったんじゃないの?」
心配と呆れ混じった顔の柑菜に指で頭を小突かれた。
頭が溶ける、か。
あれは、幻覚?それとも夢?
いや、どちらでもない、あれは紛れもない「現実」だ。
「悠ちゃーん?平気?熱中症とかじゃないよね?」
「うん、熱中症じゃないよ、多分...」
私の反応を確かめるように柑菜が私の目の前でヒラヒラと手を振っている。
心配、呆れの次は訝しげな表情で見つめられ、居た堪れなくなってきた。「大丈夫」と口では言うものも、どうにも柑菜の目を見れずに逸らしてしまった。
「本当ー?」
そんな事を柑菜が見逃す筈もなく、逸らした顔の正面に回り込んできっちりと目を見られた。
あぁ、これは明らかに疑ってる顔だ。
「本当だって、私の体が強い事は柑菜だって知ってるでしょ?」
誤魔化すように少し胸を張ってそう言った。
蛇足だが、私は体が強い。腕力とか体力的な意味ではなくて、風邪はひかない、骨折はした事がない、その他諸々。所謂、健康の塊みたいな人間なのだ。
「ならいいけど、心配させないでよねー」
「ごめんごめん」
「謝る気ないでしょ」
まだ疑いの目を向けてくる柑菜にへらりと笑いかけておく。
正直なところ謝る気は、はっきり言ってしまうと、ない。だが口に出すとややこしいので言わないでおく事にしよう。
そうして、また私達は帰り道を歩き始めた。
それにしても、あの龍は一体どこに向かったのだろうか。すぐに雲に消えてしまって向かった方向が良くわからなかった。
また見てみたい。あの美しい躰を、もう一度。
心の奥底からそんな思いが沸々と音を立てながら込み上げてきた。
「....もう一度....」
柑菜に聞こえないように注意しながらそっと風に声を乗せてみた。
『会いに来い』
『待っている』
ふ、と声が聞こえた。
その声は優しく、低く、どこか心に響くような。言うなれば一年前に亡くなった私の祖父の声色に似ている気がする。
少し前を歩く柑菜に目を向けてみるが、呑気に鼻歌を歌ってスキップしているところを見ると、どうやら聞こえていないみたいだ。
「....どこに居るの?」
また、そっと呟いてみた。
『探してみろ』
探さなければ会えないと言う事だろうか。
ここまでで私は何一つ疑問に感じなかった。
声を聞いた瞬間、あの龍だと思ったし、返答が返って来ても、「聞こえたのか」ぐらいにしか思わなかった。何故かは分からない。身体がその声を憶えているような感覚がある気がする。酷く曖昧な、ぼんやりとした掴みどころのない感覚だが。
(早く、早く見つけなきゃ)
焦りにも似た衝動があった。会いにいかなければあの龍が消えてしまう気がした。誰の記憶にも残らず、ただ風と同化するように。
その光景がはっきりと想像出来たその瞬間、えも言えぬ不安感に駆られた。
「ごめん、柑菜。調子悪くなってきたから先帰るね!」
「え!あ、大丈夫?」
「うん、またね」
言い終わらないうちに私は走り出した。
早く、早く。
あの龍が何処に居るかなんて知らない。宛もない。それでも早く探しに行きたかった。
「悠ちゃん...走って平気なの?」
勿論、聞こえなかった。