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九話 もしお前が私を愛してくれて

 先程魔王と再会したしたアンの墓前、そこから少し離れた森に隣する海辺で、アンとニムニムはその姿を見つける。

 ナルをこれ以上危険な目に合わせるわけにはいかない。それが二人の答えだった。

 遠目にはぼんやりとしか見えなかったその大柄な影は、近付くと共にやがて魔王の脅威をその姿からも思い出させる存在感を放っている。その姿は『第一形態』のものであった。

 近付く彼女に対しもはや気配を殺すなど不用と、魔王は気を解放する。

 次の瞬間、少女の顔の隣に浮いていたはずの妖精が消えた。それと一瞬遅れ、アンの横顔へと鈍痛が走る。吹っ飛ばされながら彼女は横目で魔王と、それから赤い液体と白い小さなものを見た。

 受け身を取るため、回転しつつ抜けた歯を掴む。そして着地するやいなや、魔力を込めて、アンはそれを全力で投げた。しかし歯は、魔王のもとへと突き刺さる以前に粉のようになり消えてしまう。

 圧倒的威圧。明らかに数時間前の奴とは違うもの。

 まさか既に力を取り戻したと言うのだろうか、そんなアンの不安は、ぱぎゃりという破裂音のようものにより遮られた。

 ぶさっ、という衝撃が足下に来る。下にやった視線から見えたそれから鳴るには、少々重すぎる音だと思った。そのとても見覚えのある肉片の付着した羽のような何かが、彼女の闘争心を揺さぶった。

 出だしから、何をされたのか理解できなかったアンは、身に付けたイヤリングを外しながら跳ねて後退する。そして外した鉄の装飾品を握り、愛の魔力を込めた。

 その間、勿論魔王も黙って見ていたわけではない。彼の手には魚らしきものの残骸があった。先程の高速で飛ばされたのは、その眼球である。小さなニムニムを後方へと一瞬で吹き飛ばすことが容易な程の大きさだ。

 魔王は無造作にそれをアンへと投げる。しかし当たる直前、アンの魔法により下から現れた光沢のある壁により、それは阻まれた。それと同時、アンは壁を拳で叩く。壁はいとも簡単に粉砕し、そのまま魔力を帯びて高速で飛び、散弾とって魔王へと襲いかかって行く。先程の歯のように、小さな破片は魔王を囲う魔力のオーラにより消滅していったが、大きなものはそうもいかない。魔王は片手を振って霧を産み出す。それは腐ったような青紫色であったが、薄暗い視野の中では闇そのものであった。そして散弾は、闇に吸収されるように消えて行く。


「これは……酔魚の骨か。魔王、貴様酔っているな」


 ようやくここで、アンから口を開いた。

 その声の直後、魔王の全身に大量の何かが叩き付けられる。額に突き刺さったそれを引き抜き確認すると、先程の魚の骨が返ってきたらしい。大したダメージもならなかったそれを、魔王は口に入れ噛み砕く。

 酒類などに使われることもあるこの魚の鱗の独特な色見は骨にまで渡る。緑色に煌めく辺りに散らばった残骸は、砂浜を薄く照らしていた。


「お主にずっと見られている気がしていたよ。この魔王の抑えきれぬ魔力を探り何を企むかと思えば、まさか殺意剥き出しで現れるとはな。……それにしても不味いな。貴様もこの残骸も」


 ただの骨であるというのにオーラの壁を越え、更にはこの身体へと突き刺さるほどの魔力を込めるということは、どうやら彼女はよほどご立腹らしい。ちまちまと遠距離からの攻撃を続けているが、それも冷静さを失い荒々しい。

 「舐められたものだ」。魔王はそう、訝しげな表情を浮かべた。


「やはり時間とは辛辣なものだ。この我が輩ですら封印に手こずったとはいえ弱体化し、そしてお主はこんな魚を飛ばす魔法しか使えなくなった。主はこの長い年月の間で魚にでもはまったのか?」

「なんだと ―――? 」


 魔王の挑発に、アンは容易く乗らされてしまう。その様子を見て魔王は、声を出して笑い、煽る。


「魔法はこうして使うのだよ小娘」


 ひらりと振られた左腕から、アンは咄嗟に魔力を全身に纏わせ服を硬質化し身を守る。しかし魔王から放たれた魔法はアンから90度離れた森へと走り、大量の木々を巻き上げて爆散した。


「ふん、やはり獣などはいないようだな。皆我が輩が近付くと一目散にどこかへ行ってしまう。魚くらいしか相手にしてくれなくてな、腹も減って退屈していたところだ」


 それでまだ海辺にいたのか、なんてことはどうでもいい。森で命を失うものがいなくて良かった、などとも思えなかった。その力を見て昂る胸を、彼女は必死に押さえ付ける。弱体化しても尚、森を大きくを削る威力。自分はそれの本調子を相手に昔、戦っていたのだ。そして勝った。

 消えてしまったニムニムのことが頭から離れずにいる。一刻も早く姿を探し、回復させたい一心は、これに背を向けることに対する危険と更に追われた場合、わざわざ傷付いたニムニムの元へと魔王を連れていくことになる。双方の思いが近付くことも退くこともできずにジリ貧と化していた。

 おちょくられていることにようやく気付き、アンは体制を立て直す。やり返してやらねばならない。


「魔王、貴様こそなんだ。挨拶もなしに不意討ちとは堕ちたものだな、魔物」


 ふと、今さら騎士道も何も無いかもしれないと思った。


「なにを言うか悲しいものだな。我らはもう勝手知ったる仲ではないか? 小娘よ。それに貴様も今や立派な『さまようゴースト』。どちらかといえば魔物側ではないか、死に損ないが」

「お互い様だろう」


 魔王がこちらに手をかざし魔王を撃ち込もうとしてくるのを見て、アンはじぐざぐに駆け出した。放たれ始めた破壊の魔力の玉をかわしながら、アンは地面で光る小さなものを目指し駆ける。先ほど吹き飛ばされたときに外れた指輪だ。走りながらそれを拾い上げ、魔力を込める。それは光を放ち、質量を越え剣へと姿を変えた。


「私のは、愛するものを守るための魔法だ!」

「相変わらず稀代なことをするなぁ英雄さんよ。お主のようなガキにもできるというのなら―――私にできない筈がないよな」


 張り裂けるような音と共に、魔王はそれを腕から生やした。握っているようにも見えるその剣は、魔王の腕と一体化しており、生えてきた、というのが相応であるとみえた。


「それはそうと小娘よ、先程主は守るための魔法だと言っていたな。ところでメスガキよ、お前さんの連れてきた羽虫はいったいどこへ消えたのだ? 私はちょっと腹が減っていてねえ」


 アンの怒号と魔王の喧しい笑い声と同時、二人の刃が混じった。火花を散らしながらの打ち合い。魔法は片手、アンは両手でそれを受ける。

 互角とも思えたそれは、まず最初に耳、それから二の腕、頬、太股を抉られたアンの様子から勘違いだと知れる。

 回復の魔法をかけながらも押され続けるアンは、剣撃では勝てないと理解しながらも激しい打ち込みから逃れることができず、やがて腹部を貫かれた頃にはもう彼女の魔力は枯渇仕掛けていた。あっけなく、終わりかける。


「いつぞやとは違い短い争いであったな。次は人魚にでもなるといい、小娘」


 食ってやるから、そう言いながら魔王は遠慮なくアンを蹴り飛ばす。ごろごろと血と砂を撒き散らしながら、彼女は受け身も取れず転がされる。

 早まりすぎた。そう後悔した。何より予想外だった。ここまで自分は弱体化していたとは。尚強大であった魔王を、侮っていた。冷静さを欠かれていた。ニムニムは無事だろうか。浮かれていたのだ。恋などなんだのと。……ナルの存在が。

 ナルの、存在が。


「なんだ、まだやるのか小娘」


 ああ……そう、そうだった。私にはまだ……。

 恋の力があるじゃないか。

 腹部から仄かに光が発され、服に染み込んだ血までが元に戻り、完治する。握りしめていた浜辺の砂が姿を変え身に纏わり付き、鎧となって彼女を支えた。その懐かしさに、自嘲気味な笑みがこぼれた。

 思えば、何故今まで魔王相手に裸同然で戦っていたのだろうか。防具を纏えば怪我をするという名の迷い恐れは薄れ戦える。彼女は立ち上がりつつ砂から更に、剣をもう一本生成した。盾は捨てよう、もとより本調子ではない魔王をすぐにでも倒してしまおうと来たのだ。攻め続けてやろう。

 彼女は駆け出した。地を斬り、砂埃を巻き上げながら、疾風のように二刀流で構えた。

 同じく身構え、そして突きによりそれを迎えようとした魔王の視界から、突然アンは消える。寸前で後退し、巻き上げられた砂の中へと消えていったのだ。

 悪足掻きを、そう思った次の瞬間魔王の剣の生えた右腕は根本から切断される。


「後ろか!」


 それを左腕で掴みながら勢い良く振り向き切りつける。しかしそれは空振った。アンはいない。気配をも消されその存在を感じ取れずにいた魔王は、警戒を緩めずに掴んだままの右腕を断面を合わせて肩の傷に押し付ける。そうして魔力で無理やりくっつけた。


「貴様もようやく平和ボケが解けたということか!」


 大声を出し、音響により居場所を探るのは、流石に無理であった。しかしその直後、再び背後から、何かの音がする。


「そこか!」


 振り向き様、魔力の玉を大量に撃ち込む。砂埃が更に巻き上げられ、視野は殆ど遮られていた。

 避けようがない筈。それだけ幅広く大量に撃ち込んだ。

 それに撃たれたであろう少女の亡骸を確認しようと、魔王が歩き出すと同時、アンの声が降ってくる。


「上だよ」


 深々と、魔王の両肩に二本の剣が、それぞれ突き刺さる。魔王に動かれた所為で、頭を外した。幽霊とは軽いものだと今さら思った。

 剣を引き抜きながら飛び退こうとしたが、ナルのときにも見た、筋肉による固定により抜けないことに気が付く。それにより、アンはバランスを崩した。

 魔王は両手が動かないことを理解し、宙返りによりアンの腹部を蹴り抜く。無論、ただの蹴りなどではない。砂の鎧は貫かれる。それがなければ確実に仕留められていたことを、魔王は確信していた。それでもなお、強靭な威力であったであろうことには変わりない。

 アンは吹き飛ばされながら、腹部の致命傷を癒した。今度はしっかりと受け身を取り、体制を立て直した顔を上げたところで、既に目の前のまで魔王に追い込まれていたことにようやく気が付く。肩は既に治されたらしく、奪われた剣は魔王の両手にしっかりと握られている。生えていた剣は消されたのだろうか。そんなことはどうでもいい。アンは指に残った指輪を消費し、再び眼前に壁を生み出しながら後退する。壁はあっさりと砕かれ、止まぬ剣撃はアンの手の平を切り裂いた。強靭の仕立てた剣が裏目に出ている。それに魔王の魔力までが加わったとなれば、至近距離での畳み掛けに手ぶらで相手できる訳がない。砂で鎧を繕うも、指輪で、壁を作ろうが、それごと貫かれるに終わって行く。剣を生成できる時間を、魔王は与えなかった。

 魔王は途中で剣を捨てた。そして斬られた箇所から随時回復を続ける少女を無造作に殴りつけ始める。蹴り上げ、殴り叩き落とし、そしてまた殴り。

 やがてはついに膝をついたアンに向けた拳を、魔王は寸前で止めた。今度こそ終わったはず。


「いつつぞやの礼、ようやく返すときが来たな」


 両腕を折られ、手を突くこともままならずに俯くアンを、魔王は見下す。

 死に行く彼女を見るのはこれで二度目になる。人類の希望を一人で二度も打ち負かした自分は、まさに最強であるはずだ。今さら支配の時が訪れた。魔王は全身から涌き出るような快感に身を任せながら少女に止めを刺すため大きくに振りかぶった。

 魔王の渾身の一撃、しかしそれは地面を大きく抉るだけの結果となる。

 アンは折れたはずの両手を地に突き立て大きく跳ね、身を翻しそれをかわしていた。


「なんだと」


 困惑したのは魔王だけではない。アンもまた、咄嗟に治った自身の身体に目を見開いていた。


「っ……これは……、まさか、ニムニム! 無事だったのか!」


 それは明らかに愛の魔法であったが、しかしアンのものではなかった。無論、魔王からかけられるはずもなく、そもそも魔王すら驚いていたのだ。それ程確信的な力を込められて打たれたニムニムが―――。


「おはようアン」


 森から覗くその影は、ニムニムにしては大きすぎた。

執筆担当:くぬ

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