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八話 自己愛者は異世界勇者の資質を持つか

「……ル! …………きて!」


 むう、なんだ? うるさいな。

 この僕の眠りを妨げるのは誰だ?


「ナル! お願いだ、目を覚ましてくれ、ナル!」


 目を……あれ? 僕は眠って……なんでだ?

 確か、英雄アンに言い寄られて、その後……どうしたんだっけ。

 ああそうだ、魔王だ。魔王が甦ったんだ。

 その魔王と戦って、僕は……。


「そうだ、魔王は! ……っつっ!」


 意識を無くす直前までのことに思い至った途端、一気に覚醒した。が、体を起こそうとしたものの、激痛に阻まれてしまう。

 情けないことに上体を持ち上げることすらできなかった。


「ナル! 良かった、気が付いたのか。……ああ、まだ起きあがっては駄目だ。魔王から受けた傷が癒えていない」


 立ち上がろうともがいた僕の両肩を、アンが優しく押さえつける。    

 心配そうに見下ろしてくるその瞳には、うっすらと涙が浮かんでいた。


「ここは……あれからどうなった?」


 アンの肩越しには見慣れない天井。そして僕が寝かされているのは、柔らかいベッドの上だった。

 意識はまだ乱れていて、時間の感覚もはっきりしていない。どれほどの間気を失っていたのだろうか。


「ここは、エアリさんという方の家だ。ニムニムに案内されて、ここまで運んできた」


 ぐ、と苦い記憶が甦る。あんな風に飛び出してきてしまって、今さらどんな顔をして会えばいいのか。

 まあしかしそれは僕に非があったわけだし、いずれは謝らなければいけなかったことだ。その時が少し早めにやってきただけで、大きな問題じゃない。今はそれよりももっと気にしなければならないことがある。


「なあ、魔王はどうなったんだ?」


 聞かなくても、だいたいの想像はつく。

 大方、奴はこちらのことなど歯牙にもかけず、悠々と去って行ったのだろう。

 遊び心か、はたまたただの余裕かは分からないが。


「ナル……あんな目に遭わされたというのに、自分の事は後回しなんだな。いいか、お前は死にかけたんだぞ」


 そんなことは百も承知だ。

 ……いや、それは違うか。正直、今の僕に『死にかけた』という実感はない。

 確かに全身が耐え難い苦痛に見舞われてはいるが、それは我慢できる程度のものだ。

 血ヘド吐いてのたうち回ったり、腕や脚が斬り飛ばされたりしたわけでもない。


「後回し、ってわけでもない。あいつは、あの野郎は僕の美しい体を傷つけた。この報いは必ず与えなきゃいけない」


 半分本気、もう半分はただの強がりだった。あれだけ力の差を見せつけられては、今のままじゃ敵いっこないのは明らかだ。

 ならどうするべきか。

 幸い、この世界には魔法という便利なものがある。今の僕はその力を持ってはいるが、どうやら上手く使いこなせていないようだ。魔法を意のままに操れるようになれば、あるいは魔王に対抗しうる力になるのではないか、と考えられる。

 いや、きっとそうであるはずだ。

 愛の強さがそのまま魔力になるのならば、僕が自分を愛する心は何よりも強いものに違いない。


「やめてくれ、ナル。私はこれ以上お前が傷つくのを見たくない。勝ち目のない戦いを挑むなんて、そんな無謀な真似は――――」

「アン子」


 涙を流しながら必死で訴えかけてくる英雄の言葉を遮り、胸の裡を吐き出す。

 今までの僕がそうであったように。

 これからも、揺るぎない自分でいるために。


「僕は負けた。これ以上ないぐらい徹底的にな。でも、敗北は諦めと同義じゃない。僕はまだ生きている。挑戦することができるんだ。たかだか一度の挫折や失敗でどうにかなるようだったら、今の僕はいない」

「相手は魔王だぞ。人じゃないんだ。世界を征服する力を持った化け物なんだ」


 まだ出会ったばかりのアンに分からないだろうが、こんな状況こそ、僕は一番燃え上がるのだ。

 高い壁、大きな障害。

 そんなものを乗り越えたときこそ、自分が成長する実感がある。

 そして、僕にさらなる自信を与えてくれるのだ。


「だからいいんじゃないか。偉業を成し遂げたときほど、嬉しいことはない」

「……賭けるのが、自分の命でもか?」


 ベットは命。

 いいねえ、ゾクゾクする……なんて事は言えない。

 僕はギャンブラーじゃないし、綱渡りに価値を見いだす人間でもない。


「それでも、お前は過去に一度魔王を倒したんだろう? その命を賭けて」

「私とお前では立場が違う! それに、相手は神にも近い存在だぞ!」


 ああ、それはいいな。

 昔からそういうのには憧れていた。


「神に挑む、か。最高だな。人として生まれたからには、やっぱり一度ぐらいは神に弓引いてみたいよな」


 そう、人類の歴史は神への挑戦の連続だったはずだ。

 病や怪我を治すことで寿命を延ばし、翼がないから飛行機を発明して大空を我がものとし、遠く離れた相手との距離をゼロにするために電話を生み出した。

 それらは間違いなく、自然のままの人間の限界を超えている。

 すなわち、種として神が与えた能力以上の力を得てきたということだ。

 そんな試練に立ち向かうことができるなんて、素晴らしいじゃないか。

 この山を越えることができれば、僕はきっとよりよい自分になれるだろう。


「…………ナル、お前は怖くないのか? 魔王と一度対峙して、敗北して、それでもまだ奴の前に立つことができるというのか?」

「怖いさ。怖いに決まってる。でもな、アン子、僕は怪我なんかよりも、自分の誇りを傷つけられることの方が怖い。もっと怖いのは、心を折られてしまうことだ。そうなってしまったら、僕は僕でいられなくなる。だから前に進み続けなきゃいけないんだ」


 この偉大な英雄は、すべての人を愛し、守るためにその命を散らした。

 僕にはそれが理解できない。しようとも思わない。

 だが、それはアン自身のことを理解できないというわけではない。

 実際に会って話してみたことで、僕はアンの強さ、気高さに触れることができたし、心に秘めたものや大切なものを守るために絶望的な戦いに身を投じた、というところには尊敬すら覚えた。

 気に入る、気に入らないの話じゃない。

 それが好悪どちらであろうが、評価に値する、というだけのことだ。

 彼女は、人間の限界を超えるための努力をし、神にも等しい存在に挑んだのだ。

 そして払った代償は大きかったものの、見事にそれを成し遂げた。

 格好いいじゃないか。


「ナル、やはり私の目は確かだった」

「なんだよ、藪から棒に」


 僕を見下ろすアンの瞳に浮かぶ涙は、先ほどまでのものとは少し色合いが違って見えた。

 それは不安ではなく、喜び、そして期待。


「お前に惚れたと言ったな。もう一度言う。惚れ直した」

「だから、いったいなんなんだ?」


 綺麗な――――といっても僕の方が断然美しいが――――女の子にこんな風に言われて嬉しくないわけはない。

 まあ女の子に限らず、誰かから好意を向けられるというのは、それだけで気分が良いものだが。


「ナル、お前は間違いなく勇者だ。魔王を討つ英雄としての資質がある」


 僕が勇者だって?

 変なことを言う奴だ。


「アン子、僕はお前のように無償の愛を振りまくようなことはできないし、誰かを守るために戦いたいわけでもない。これは言うなればただの私怨だぞ」

「戦いの理由など問題ではない。私が言いたいのは、心の在り方だ。お前の考え方、生き方は、まさしく英雄のそれだ。その心が悪いように活きれば魔王のようになるし、善く働けば勇者となる。ナル、お前は間違いなく善の人間だ。自分や他人を厳しく律し、常により良く在ろうとしてる。そんなお前が、悪の心など持つはずがない」


 ……これは、参ったな。

 アンの言ったことは、概ね当たっている。

 そして何より驚いたのは、この短時間で彼女が僕のことをおおよそ理解してしまった、ということだ。

 僕は自分が何より大切だし、常に強い自己肯定を行っている。

 当然だが、周囲との反りは合わない。それは分かっている。

 だから、他人からここまで自分を認めてもらえることはほとんど無かった。下手をすれば、初めてかもしれない。

 自分を理解してくれる相手、アンの言葉は、何よりも心地よかった。


「先ほどの言葉は取り消そう。ナル、おこがましい話だが、この世界に住む者の代表として頼みたい。私と一緒に、魔王を討伐してくれないか」


 真摯な態度で願いを口にするアンは、さっきよりも美しく見えた。

 もちろん、断る理由などどこにもない。望むところ、というやつだ。


「ああ。僕の方こそよろしく頼む」


 横たわったまま右手の拳を上に突き出すと、アンが両手で包み込んでくれた。

 これは誓いだ。

 僕と英雄アンの、必ず魔王を討ち滅ぼすという約束だ。

 微笑むアンに、僕も笑い返す。……と、そういえば。


「ところで、さっきから気なっていたんだが」

「なんだ」

「ニムニムの奴はどこに行ったんだ?」


 こんな場面をあいつが放っておくはずない。

 アンにちょっとくっついただけであれだけ大騒ぎしていたのだ。


「あー、それはその、申し訳ないが、少し外してもらった。お前と二人だけで話がしたかったから……。多分、今は部屋の外に……」


 彼女が指さす方向を見れば、扉の隙間からものすごい形相のニムニムがこちらを睨んでいるのが見えた。

 こいつ…………。


「お前、なかなか酷い奴だな」

「そっ、そんなことないぞ! 私は別に……」

「冗談だよ。まあ、これからよろしく頼むぜ、相棒」


 もう一度拳を突き上げると、アンも自分の拳を打ち付けて応えてくれた。

執筆担当:秘密

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