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五話 果てしない愛よ、我を誘え

 騎士団のリーダーは、名前をコレイトというのだそうだ。彼は僕の華麗な前蹴りに感銘を受けたらしく、ぜひ騎士団に入団してほしいとのことだったが、残念ながら僕は剣と魔法のファンタジアに骨を埋めるつもりはないので、丁重にお断りさせていただくことにした。礼儀正しく芯を持った誇り高き騎士団には少なからず関心を持っていたので、惜しいという気持ちがないわけでもない。


「冒頭からっ! すぐわかるっ! 嘘をつくなぁっ!」


 ニムニムの鋭い突っ込みが僕の顔面を襲う。僕は左手で小さな体を覆い、体当たりの勢いを殺さないように気をつけながら地面に叩きつけた。まったく、僕ともあろうものが何度も同じ手を食らうと思ったか。次は死角からフライトすることだな。

 まあ、騎士団のリーダーがコレイトという名前なのは本当だ。彼が僕の格闘芸術に魅せられたのも本当だ。 しかし僕が遠回しに入団希望を匂わせたところ、ドストレートに断られた点に至っては脳内処理で改変していたことを遺憾ながら認めざるをえない。せめて妄想の中では僕が勧誘を受けたが断ったという感じにしておこうと思ったのに、勝手に心を覗いて不粋な突っ込みを入れてくるとはなんて野郎だ。

 ちょっと僕に似合わず夢見がちなことを言わせてもらうと、僕は昔から騎士道精神とかいう奴に興味があり、ちょっとだけ美徳を感じていたのだ。見る目のないオッサンだ。 そのうちこの団は壊滅するなと内心で悪態をついてはみるが、コレイトの言葉選びはいちいち愚直かつ誠実なので、正直僕はそこまで気分を害しているわけではない。あくまでコレイトの判断能力の浅さに苦言を呈しているだけであって、彼の人間性はなかなか見上げたものだった。

 コレイトは僕とニムニムのやり取りを見届けた後、会話再開のきっかけを作るためか、小さな咳払いをした。


「それで、君はどうしてこんな町外れの危険地帯にいたんだい? 最近、ここ周辺に狼の奴らが集まってくることが多いと聞いて、我々はここまできた次第なのだが……君ほどの者でも、ひとりで歩くには少し厳しいと思うぞ」


『君ほどの者』という言葉の持つ響きに口角を緩めていると、先ほど地面に叩き伏したニムニムが起き上がってきた。


「実はこのナルシズムバカが、犬にビビってホームステイ先の主人に暴言を吐いて飛び出してき……」


 人差し指を親指に引っ掛け、勢い良く弾いてニムニムの腹部を突いた。 軽い攻撃だが、羽虫一匹吹き飛ばすには十分過ぎる。「ぎえっ!」という断末魔は、もしかすると風切り音だったのかもしれない。彼女に声を上げる余裕があったと、僕には思えなかった。


「実は自分、旅の道中でして。英雄ア……ア……アレン?」

「ひょっとして英雄皇女アン=ミラディズィエールのことか?」


 少し惜しかった。 レがなければ完璧だった、惜しい。そんな長ったらしい名前がついているとは知らなんだ。 作中にデイジードールなんて出てきた覚えはないが、作者はひょっとすると絵本を書く前にそれより分厚い設定集を作ってしまうタイプの人間なのかもしれない。


「デイジードールじゃなくてミラディズィエール! アヒルの人形みたいにしないでよ!」


 早くもニムニムが復活した。別に負傷させたいわけでもないのだが、あまりにけろっとしているのを見ると、なんだか腹立たしい。次はもう少し強めにしてみるか。


「英雄アンの墓を一目見ようと思い、旅をしているところなんですよ。それであの村を出たところだったのですが、狼が出るというのならば仕方がない、一度町に引き返すことにしましょう」


『いや、最初から引き返すつもりだったじゃん!』と言いたげなニムニムの口を視線で制する。 一応、余計なことは言わない方がいいと学んだらしい。 次はもう少し力を込め、ニムニムの耐久度を確かめようと思っていたのを察したのかもしれない。

 僕は一通りの礼儀は弁えている。 あの態度を詫びずに逃げ出してしまうほど、僕は卑怯者ではない。


「なるほど、アン王女のな、うむ。それはいい心がけだ。慰霊碑への参拝者は少なくないのだが、墓は王女の遺言で海沿いの静かなところに立っているせいで、あまり訪れるものがいないからな」


 嘘に信憑性を持たせるには、真実を織り交ぜるのが一番だ。

 内心でほくそ笑む僕を、ニムニムが恨めしげな目で睨んでいる。


「いえいえ、そんな立派なものじゃないですよ。ただの好奇心みたいなものです」


「そう謙遜するな。はっはっはっ、俺が君くらいの年齢のときは、女の尻ばっかり追いかけていたものだよ、うむ。気に入った、君を安全な場所まで護衛することにしよう。道は少々遠回りになるが、まあ大丈夫だ。帰りは最寄りの村にいる旅人について行くなり、船で移動するなりすればいい」

 しまった、裏目になった。 今更まだやり残したことがあるなどと言えない。 言い出しづらい。


「い、いえいえ、さすがに悪いですよ。ほら、騎士団のみなさんにも……」


 そう言ってコレイトの部下たちへと目をやると、彼らは笑顔でガッツポーズを向けてくれた。


「自分らは大丈夫っすよ」

「なーにハイキング程度だっつーの!」

「なあなあ、もう一回あの蹴り見せてくれよ!」


 想像以上にみんな乗り気だった。必死にこの場を凌ぐ方法を考えてみたが、焦れば焦るほど思考がばらばらになる。まるでいい考えが浮かばなかった。


「よぉーしお前ら、ナルを海沿いの村まで連れて行くぞぉー!」


 勢い良く右手を天に掲げたコレイトに、今更どう弁解すればいいというのだろうか。

 僕はコレイトに遅れておのおのに手を上げる兵士たちに合わせて、利き手で握りこぶしを作り、空へと持ち上げた。


「ちょっ……ちょっと! どうするのさ! パギューラさんに謝るって言ってたじゃない!」


 海沿いの村への道中、ニムニムが僕の周りを飛び回りながら小声でそう言った。その動作は正に小蝿のようで鬱陶しく、もやもやを抱えて苛立っている僕の脳細胞をほどよく刺激した。ぶん殴ってやろうかと思ったが、明らかに僕に落ち度があるため、ぐっと堪える。


「後回しだ。仕方がないだろう、今から言い出すわけにもいかん」

「ごめんなさい犬にびびって逃げてきただけですって素直に言えばいいじゃん! ナルが言わないなら、私が言ってやるもん。みなさーん聞いてくださいこいつは……」


 急に声を張り上げたニムニムに驚き、同行していた兵士が何人もこちらを振り返った。

 咄嗟に僕は、地平線と平行にチョップを放った。ただのチョップと見くびるなかれ、肩を入れ、肘のバネに遠心力を乗せた僕のチョップは一級品だ。足に力が入っていなかったので不完全ではあるが、それでも人に当てれば骨を折るだけの威力はあるはずだ。

 これはさすがに効いたらしく、ニムニムの頭は地面にめり込んでいる。

 つい焦ってやり過ぎてしまったようだ。いやしかし、僕を追い込んだニムニムも悪い。

 横にいた兵士が「どうしたんですか?」と尋ねてきたが、彼への返答よりニムニムの救助を優先することにした。

 細い両足を掴んで引っこ抜くと、鬼の形相で僕を睨むニムニムの顔がそこにはあった。


「お、おい、大丈夫か? すまなかった、焦ってつい本気でやってしまった」

「私は丈夫だし、寛容ですから……ええ。でも、次はありませんよ」


 ニムニムが未だに無傷なことにがっかりしつつも、無事だったことに少しだけ安堵した。少しだけ。


「それで、パギューラさんは後回しにするんですか? 本当に反省しているのならば、今すぐ引き返すべきだと思うのですが」


 ねちっこく、嫌らしく正論を口にするニムニム。ええい、鬱陶しい羽虫だ。僕に意見するのはその捻ったら潰れそうな体がもう少し成長してからにすることだな。

 自分よりあからさまに非力な存在に上から目線で睨まれるのが、ここまで腹立たしいことだとは思わなかった。

 落ち着け、ニムニムを納得させる言い訳をでっちあげるんだ。所詮は羽虫、脳味噌なんか人間の百分の一の体積もないだろう。


「ニムニム、僕をここへ連れてきた理由はなんだった?」

「それはアン王女の英霊と対面させ、愛の素晴らしさをこの卑しいナルシストに骨の髄まで教え込むことですが……」


 怒るな、怒るな僕。 冷静さを欠いたらそこでおしまいだ。


「そう、そうだろ」

「いやいや、だからってパギューラさんへの謝罪を後回しにしていい理由になるはずがないじゃないですか! なーに言ってるんですかこの自分大好き欠陥人間は!」


 自分の頭に血が上るのをなんとか抑える。低空飛行する羽虫に、僕がかつて地区大会決勝戦で披露した踵落としをお見舞いする妄想を浮かべることで、なんとか鎮めることができた。


執筆担当:ノーベル

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