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12/12

おしまい 惜しまぬ愛

 五歳の時、僕は幼稚園の演劇で王子様役に選ばれた。

 人生で初めての主役となる舞台だ。嬉しくないわけがない。

 練習は欠かすことなく、家に帰ってからも父さんを相手に台詞合わせも入念に行った。父さんがお姫様役の台詞を裏声であてるのがおかしくて笑い転げた記憶がある。

 こうして演技も台詞も全て頭に叩き込み、あとは舞台を飾るだけとなった本番前日。珍しく夕飯時に帰ってきた母さんが笑顔で僕に言うのだ。


「明日の演劇、楽しみにしてるからね」




「おーい、ナルさーん? 生きてますかー?」


 間抜けな声が僕の意識を覚醒させた。まぶた越しに感じる強い光に顔をしかめて手で影を作る。何事かとうっすら目を開けてみれば、吸い込まれそうな晴天を仰いで僕は倒れているのだった。日光を遮っていた手がブレて隙間から覗いた太陽を直視してしまい、再びまぶたを強く閉じた。


 嫌な夢を見た。気分が悪い。

 全身の疲労感も相まって、寝起きのコンディションは最悪だ。

 それでも鉛のように重い体を起こして辺りを見渡す。まず目についたのは、とてもうれしそうにニマニマ笑うニムニムの姿だ。


「……おはよう、ニムニム」

「はい、おはようございます。こんな状況でもキミはブレませんね」


 こんな状況。ふと考え、そしてすぐに答えを導き出した。

 僕は魔王を倒したのだ。


「そうです! キミはよくがんばった! 偉い! 凄い! バンザーイ!」


 僕の思考を読みとったニムニムはそう告げると、両手を上げて小躍りを始めた。僕の周りをパタパタ飛び回り、全身でその感情を表現している。若干の鬱陶しさがまとわりついた。頭に響いてズキズキ痛む。

 はしゃぐ気持ちもわかるが、僕はこいつよりもアンに用があるのだ。眼前で飛ぶニムニムを押しのけてまた周辺に目を向ける。

 彼女は緑の丘の上に突っ立っていた。


「アン子!」


 大声を出すと全身がきしむ。それでも彼女に僕の声は届かなかったようで、仕方なく僕が彼女の方へ向かうことにした。倦怠感を押し殺し、身体に鞭打って歩を進める。

 しかしこう近付いているものの、半透明な彼女を前にいまいち距離感というものが掴めない。まだ遠くにいると思ったら、なんと眼前まで迫っていたではないか。


「おっと、すまない」

『わ! な、なぜぶつかってくる!』


 背中を押す形になってアンがよろけたところを、腕を掴んで支えてやる。

 振り返ったアンと目が合うと、彼女はしばしば僕の顔を呆けたように眺めていた。

 今にも消えてしまいそうな彼女の表情に不安感を覚えて、心臓が胸を強く叩く。

 沈黙を風の音がかき消す頃、アンは目を見開いてこう言った。


『ナル! お前はすごいやつだ!』


 そして、僕の胸に飛びこんできた。

 銀の甲冑がゴリゴリしていて痛かったが口にはすまい。

 不安を拭うように僕は胸を張って答える。


「当然の結果だ。この僕にかかれば――」


 言葉を中断する。

 違うな、こうじゃない。今この場面で言うべき言葉は、もっと他にあるだろう。この勝利は俺だけの手柄ではない。だから、こう言うのが正しい。


「――いや、僕達にかかれば、不可能なんてないのだからな。なあ、アン子よ」

『ああ……! ああ、その通りだ!』


 ふと、抱きつくアンの背後、つまり僕の正面に見える物体に目が止まった。先ほどまでアンがここで佇んでいた理由はこれだろう。

 邪悪な瘴気は太陽に当てられて消滅していく。それでもなおドス黒いオーラに身を包み、未だに存在感をいかんなく主張しているのは魔王の肉体だ。

 手が震える。武者震いだ。

 死体でさえこれほどまでの威圧を受ける魔王に、されど僕は勝った。

 今にも愉快な笑い声を上げて立ち上がるのではないかと気が気じゃないが、厄落としの意味もこめてここは素直に喜ぶべきだろう。


「そうですよそうですよ! 手放しで喜んでください。高らかと勝どきと上げてください。ていうか、二人とももっと離れてください! 人前でイチャつくな! バーカ!」

「情緒不安定かお前」


 ニムニムに言葉を返しつつも、はたから見ればイチャイチャしているように見えるのかと少し恥ずかしくなった。だからアンの肩を掴んで引き剥がす。

 だが、そうしようにもアンの腕力が強くて無理に終わってしまった。


「お、おい、アン子。少し離れろ」


 ……返事はない。寝てるのか?

 体をゆすってもう一度声をかける。だが彼女は僕から離れようとはしなかった。やはり返答はない。


「アン? おい、アン! 答えろ! おい!」

『……な、なんだ。どうした』


 三度目の呼びかけにアンはようやく反応を示した。よほど疲れていると見える。

 僕の束縛を解いて数歩下がるアンの姿は、驚くことに、見えなくなってしまいそうなほど薄ぼんやりと透けていたのだ。

 半透明どころではない。ほぼ、その存在感が薄れてしまっていた。前よりも明らかに透明感が強くなっている。まるで幽霊のように……。幽霊だった。

「アン、お前! やっぱり幽霊って、明るいときは姿が見えなくなるものなのか!?」

「アン様……」


 ぼんやりするアンは自分の手を見てその状況を確認する。そして何かに納得したようにため息をつくと、笑顔を作ってこちらに向き直った。


『ああ……、全ての力を使ってしまったからな。霊体を維持する力も、残ってはいなかったか』


 その言葉を聞いてすぐに俺はアンの手を掴んだ。

 そして愛の魔法で回復してやる。アンは一瞬輝くが、それでも薄くなった存在を元に戻すことはできなかった。何度も挑戦する。継続して魔法をかけ続ける。アンはよせと咎めるが、僕にその選択肢はない。

 すると途端に目まいを起こし、僕は膝をついてしまった。


『無理をしないでくれ。お前も愛の魔法を使い過ぎてボロボロなのだから』

「うるさいぞ。お前も少しは維持できるように努力してみせろ」


 アンを掴む手は離さない。だって感触があるじゃないか。消えてしまわないように、より強く握ってやる。そして魔法をかけ続ける。激しい頭痛は警報のように鳴り響く。

 アンを見上げると、疲れた笑顔がそこにはあった。優しい慈愛に満ちた顔だった。


『全くお前という男は、本当にカッコイイな』

「当たり前だ!――あ」


 トン。と指先で額を小突かれた。

 その力にさえ抗えず、僕は仰向けに倒れこんでしまった。アンの手もするりと抜けて簡単に引き離される。

 急いで起き上がるも、立ち上がることができなかった。


『済まない、ナル。天に帰る時がきたようだ。もう残された時間も少ない』

「ふざけるな! 僕は君に、言いたいことがあるんだ!」


 その時、叫ぶ僕の前にニムニムが立ちはだかった。小さな妖精の小さな背中は、小さく震えている。


「アン様……。もう、行ってしまうのですね」

『ニムファ・ニムフェ。お前にも迷惑をかけた。そして、何回も助けてもらった。ありがとう。心から感謝している』

「私もですよぉ! アン様あ!」


 そしてわんわんと泣きだしてしまった。

 アンも辛そうに眼を閉じる。次に目を開くと、視線は僕に向いていた。


『ナル。私も、お前ともっと話がしたかった』

「もう、無理なのか」


 こくりと頷くアン。彼女の悲しむ顔を見たくなくて、僕は無意識に顔を下げた。もっとも、俺の表情を見せたくないという思いの方が強かった。


『大丈夫。私に伝えたかった言葉は、他に言うべき相手がいるはずだ。そしてきっと、ニムニムがそれを知っている』

「……何を言っている?」

「あ、アン様! そんな、気付いてらしたんですか!」

『お前は顔にでるからな、分かってしまうのだ。……さて』


 訳が分からないまま、アンはくるりと背を向けた。

 顔を落としているのがわかる。彼女が見据えているのは、魔王。


「こいつも一緒に連れて行く。もう二度と復活できぬように、今度は冥界まで直々に送り届けてやろう」


 冗談めいた言葉でアンは腰を下ろし、そして魔王の髪の毛を鷲掴みにすると、ひょいと持ち上げてしまった。

 またこちらをクルリと振り返ると、アンは、とても魅力的な笑顔で最後の言葉を告げた。


『ナル。大好きだ。きっとまた会おう』


 あっという間に、光となってアンは消えた。




―――




 翌日。

 僕はとあるオフィスで熱いコーヒーを飲んでいた。自宅から三駅程離れたこの場所で、僕はあの人と会う約束をしたのだ。受付で尋ねるとスタッフの人が出迎えのコーヒーを出してくれて、呼び出してもらうことになった

 緊張などしていない。ただ少しだけ、気まずいだけだ。


「……ナル?」


 背後から女性の声。一瞬だけ振り向きかけ、その行動をすぐさま抑制した。僕は呼びかけに答える事はしない。

 なぜなら喉がカラカラで、生唾を飲み込むのがやっとだったからだ。くそ、総理大臣やビル・ゲイツ相手ならまだしも、僕としたことが不甲斐ない有様だ。

 まあ、仕方がない。

 初めて親の会社を訪問するのだ。緊張して当たり前か。

 そして僕の背後に居るのは……、僕がこの世の誰よりも、犬よりも嫌いな人物だ。


 彼女はそこから動こうとしない。僕も振り向きたくはない。僕の対面は空席なのだから、勝手に座ればいいのだ。親に、この人に気を使う筋合いはない。

 まだ動く気配はない。


「……えっと、ナル、なの?」

「当たり前だろ、他の誰に見えると言うんだ」


 五分のこう着状態が続き、耐えきれなくなった僕は二度目の呼びかけに瞬時に振り向いた。

 着こなしたスーツが良く似合う、実年齢よりは多少若く見えるだろう女性がそこにいる。僕が目を向けるとビクっと慌てて、なぜか――おそらく、座っている僕と目線を合わせているつもりなのだろう。――中腰の変な体勢で向かい合っている。

 僕の母さんだ。

 母さんは僕の顔をまじまじと眺めると、とある疑問を口にした。


「……え、本当にナルちゃん?」

「毎日顔は合わせているはずだが!?」


 思わず立ち上がって抗議する。確かに会話らしい会話をここ数年はしたことがなかったが、それでも母さんがたまに早く帰れば夕飯を囲んだりもするし、居間でテレビを見ている時などは同じ空間にいたではないか。

 第一、息子の顔を見た上で記憶に自身がないとはどういう了見だ。

 いきり立っていると、母さんは失言を挽回しようとフォローをいれる。


「違うの違うの! なんか、どうしてかしら、変ね。ナルちゃん、顔つきが変わったような気がするの」

「……とりあえず、こっちきて座ればいいじゃないか。話があるんだ」

「そうね、それじゃあ、おじゃまします」

「あんたのオフィスだろう!?」


 母がようやく席につくと、すぐさまコーヒーが用意された。まるでホテルマンのような身のこなしは、きっと母さんの指導だろう。この人の仕事にかける情熱は社員にも行き届いている。……子育てという役割を放棄してまで捧げたのだ。そうでなくては困るがな。

 僕は大きく息を吸いこみ、ゆっくりと吐き出していく。

 違う、そうじゃない。僕がここに居るのは、この人を非難するためではないのだ。

 気持ちのリセットの意味を込めてコーヒーを一気に飲み干し、僕は苦みと熱さで少し涙目になりながらもカバンから一冊の絵本を取り出した。


「まあ、これって」


 僕が愛の世界に連れ去られる原因となった絵本だ。

 母さんはため息のように呟いた。そして手に取り、表紙をなでる。それから頬笑みを浮かべて、嬉しそうに僕を見るのだ。


「読んでくれたのね」

「しぃ子にせがまれてな。するとどうだ、今時魔王を倒すなどと下らない内容に、愛だのなんだの叫べば都合よく状況を打破できる甘い設定。それなのに最後は主人公が死んでしまうとは、一体どこの層に狙いを定めたらこんな物語が生まれることやら」

「一応、幼年層向けなんだけどね」


 笑いながら困り顔をする表情が器用な母さん。僕の批評など歯牙にもかけないようだ。僕もこきおろしたいわけじゃない。

 本題に入ろう。


「これは、母さんが書いたものだと聞いた」

「そうね、三年ほど前にね」


 三年。それほど前か。

 僕は息をこぼした。


 母さんは僕が幼稚園の頃、勤めていた商社を辞めて起業した。その頃からほとんど家に帰らない日も多く、母と過ごした休日なんて数えるほどもない。

 当然、父兄参加型のイベントに出られるはずもなく、遠足や運動会にも姿を現すことはなかった。主夫をしている父さんがいつもそばに居てくれるのが、僅かながらの救いだったかもしれない。


 僕は母さんが嫌いだった。

 それでもあの日、僕は心底うれしかったんだ。母さんの笑顔が未だに思い出せる。

 あの多忙な母さんが、僕が主役の舞台を楽しみにしていると言うのだ。仕事で疲れているだろうに、やっぱり母さんにとって僕は特別な存在だったんだと希望に満ちあふれた。


「あの時からよね。ナルちゃんが私と距離を置き始めたのは」

「……母さんはすぐに約束を破るからな。もう、親としての期待はしないことにしたんだ」


 母さんは泣きだしそうな表情を必死でこらえている。親を悲しませるとは、クールじゃない。僕はひどいやつだな。

 母さんが会場に来てくれたのなら、こうはならなかったのだろうか。バズーカのようなカメラを携える父さんの横で、頬笑みを返してくれたなら……。


 母さんがいない事実を知って、僕は心が冷めていくのを感じたんだ。

 そして全てを忘れて演技に没頭した。敵役の子が迫力におののき泣きだした。馬役の子がいななき本物の馬同然と化した。お姫様役の子が想像妊娠した。

 会場は、盛大に沸いた。僕はこの時悟ったのだ。劇が終わり、鳴りやまない拍手を聞いて、僕は自分が

特別な存在であると理解した。

 確かに母さんにとって僕は特別じゃなかった。

 でも僕は、母さん以外の人々にとって特別だったのだ。


『好きです。愛しています!』


 誰かが僕に言った。やめろ、僕は誰か個人の特別に納まる人間じゃない。


『私は君を愛している。婚姻を済ませば、我が家の家督を君に譲ろう』


 家柄や金で僕を縛れると思ったか。お前が王族だったなら考えたかもしれんが、他を当たってくれ。


『お、俺、お前の事が好きだったんだ! 愛してるぞ、ナルウウウウ!』


 安心しろ。鳩尾への正拳突きは死ぬほど苦しいが死にはしない。なに、お前が悪いわけじゃない。特別な存在である僕が、少し仲良くしすぎてしまっただけの話だ。


『ナル、愛してるのよ』


 ――夢の中で、いつも母さんはそう言っていた。

 やめろ! どうしてそんなことが言える! 僕を裏切ったくせに、僕はあなたにとっての特別じゃないのだろう!? あなたにとってのそれは仕事なはずだ! 頼む、関わるな。愛してるだと? そんな言葉を僕に向けるな! 嘘だって、わかっているんだ!



『キミはずっと、お母様にこそそう言って欲しかったんですね』


 ……ニムニム。お前は本当にひどい奴だな。僕は分かっているんだぞ。


『さて、なんのことですかねえ』


 魔王を復活させたのはお前だろう? 考えてみればおかしな話だったんだ。絵本の世界と現世を行き来できるお前が、所詮絵本の住人である魔王なんかに、必要以上に怖れおののいていたことがだ。


『あははは、バレてましたか。いやね、人の振り見て我が振り直せって言うじゃないですか。あの魔王はキミをモデルに描かれましたからね。ほら、口元とかそっくりですよ』

「造形を似せたわけじゃないだろう!?」


 しかしおかげで、僕は死にかけたんだがな。それにそんなことをせずとも僕はいずれ、アンに心を開いていたと思うよ。


『おや、ノロケですか?』


 ち、ちがう! だが、アンほど僕に愛というものの本質を教えてくれた人はいなかった。彼女は言葉ではなく、行動で愛を伝えてくれたんだ。魔王が最初に現れた時、僕の意志を尊重して手出しはしなかった。魔王の前に倒れた時、今度は身を呈して守ってくれた。そして僕のために命をかけ、そして共に戦ってくれた。

 こんなにも僕に尽くしてくれた人は今まで誰もいない。


『キミが気付かなかっただけでしょ』


 耳が痛い。確かにそうかもしれない。けど、気付かせてくれたのはアンだった。彼女になら、僕は答えてやってもいいと思えた。


『その言葉、どうかお母様に伝えて上げてはくれませんか』


 アンも、そんなことを言っていたな。理由を聞いてもいいか?


『……ついこの前のキミなら問答無用でNOと言ってるところですね。立派ですよ。そしてこの事実を告げても、どうかアン様を嫌いにならないで下さい』


 そんなことあるわけがないだろう。例えどんな事実でも……、例えば、アンのモデルが母さんだったとしても、僕にとってアンはアンでしかない。


『き、気付いてたんですか!? いや、でも、心の声ではそんなこと』

「今わかった。お前は顔に出るからな。全く、アンの言うとおりだな。そしてなるほど、お前がアンを敬っている理由もわかったぞ。生みの親である母さんをモデルとしているのだから自然と態度もそうなってしまうか。分かりやす過ぎるぞお前」

『キミがアン様に引かれたのも……、夢に見るまで欲していたお母様の愛情を感じ取ったからかもしれませんよ?』


 心配そうに見つめるニムニム。

 俺は何度目か分からないため息をついて、そして堂々と言ってやったのだ。


「何度も言わせるな。気付かせてくれたのはアンだ。そんな彼女を、――僕も愛したい」




―――




 三年前、母さんは会社を作り変えたらしい。

 母さんにとって我が子も同然の、いや、我が子よりも大事な会社を一旦とり潰して、そして全く別の方向へと姿を変えた。

 絵本や漫画、小説なんかも取り扱うクリエイター事業へと。意味が分からない。

 しかし思い起こせば、昔よりは母さんが早く帰って来ていた気がする。前は会社に泊まり込みも多かったのに、毎日顔を合わせる事が多かった。僕はそんなことにも気付かなかった。

 三年も前に発足しているのなら会社は回っているのだろうし、そこそこ売れているのだろう。


 そんなことよりも、目の前に居る妹が上機嫌だ。


「なあしぃ子。醜い顔でテレビを塞ぐな」

「何よお兄ちゃんったら! ねえお母さん、ひどくない?」

「やめろ、今母さんに話しかけるな! 手元が狂ったらどうするつもりだ!」

「はいはい、ナルちゃん終わったらしぃちゃんもやってあげるから、それまで待っててね」


 はーいと返事をしてもしぃは目の前から動こうとしない。テレビの邪魔だと言っているだろう、確かにテレビよりも僕のみ顔を拝んでいた方が有意義だろうが、僕はこいつの顔になんら特別な感情を抱くことなどないから鬱陶しいことこの上ない。


 僕は今、母さんに耳かきをしてもらっているのだ。横になりながらテレビを見る贅沢なひと時をなぜこうも邪魔するのだろうか。


「はい終わり! でもナルちゃんの耳ぜんぜん垢なかったわよ?」

「当たり前だ。ケアをしているからな。それでも痒くなったらまた頼むぞ」

「はーい次私!」

「愚か者め! あれだけ僕の邪魔をしといてそう簡単に耳かきにありつけると思うなよ! そんなにかきたければ僕がわきの下をかいてやる!」

「うわあああああやめれええええええ!」


 美味しそうな匂いにつられて振り向けば、父さんが食事の準備を終わらせて呼びに来たようだった。僕は今日も家族で食卓を囲む。




 ――目が覚めると、そこは森の中だった。


「は?」

「わああああああナルうううううう! 大変だよ大変だよおおおお!」


 前方から猛スピードで突っ込んでくる物体が見える。ああ、なんだかデジャブを感じるぞ。

 僕はそっと手の平でその物体を受けとめ……。


「コロバシテヤル!」

「うごお!」


 後ろからの衝撃! 身体がよろけた。高速で向かってくる物体ニムニムの軌道から手の平がズレて、丁度僕の額に――着弾した。


「おい、ニムニム。僕は今、非常に怒っている」

「うるさいうるさい! 大変なんだよ! ま、ま、また魔王が復活しちゃったあああああ! そしてそして、なんとアン様まで連れてきちゃってるんだよおおお! ナルはどこだ、ナルを出せって、うわああああああん!」


 僕は一際大きく息を吸い込み、そして全肺活量でもってニムニムに吹き付けた。「あにゃあ!」と叫んで飛ばされる羽虫のごとき妖精を僕はまだ許しきれない。


「……また復活させたのか」

「うん、そうです! でも今回はナルのためじゃなくて、ちょっとこの世界、今大変な状況になっちゃってるんですよ。だから復活させたんですが、やっぱりどうも人手不足が否めないんですよ。そこで! ここはナルに一肌脱いでもらおうと思ったわけです! てへ!」


 はあ、しょうがない。

 久しぶりにアンの面でも見に行ってやるか。妹のそれよりも、見ていて飽きないしな。

執筆担当:○○△

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