三匹の子ブタと私と彼女
三匹の子ブタと私と彼女
「三匹の子ブタって話、知ってる?」
友人の有子はお盆を運びながら、向かい側に座っている私に言った。そのお盆には豚丼が乗っている。
「知ってるけど……、なぜ豚を食べながらその話を思い出すかな?」
ちなみに、私は牛丼だからいいのだ。
「違うのよ。あの話を思い出したから豚丼にしたのよ。」
私の友人の有子は理系なせいか、理屈っぽい。しかし、その理屈が一般常識的なものかと問われると首をひねる。それはさておき。彼女はそう言って、箸を割った。
「あ、そう。あれでしょ、昔とエンディングが変わっているってやつでしょ?最近のはオオカミが痛い目に合うだけで死なないって。」
「そこはいいのよ。」
「じゃ、あれ?あの豚の手でどうやったら家が建つんだ?とかそんな突っ込み?」
「そんなことを言ったら、物語にならないじゃない。この間学校でさぁ、道徳の時間の食育の話からその三匹の子ブタのエンディングが昔と違うって話にずれた、って話を国語の先生から聞いたのよ。今あの人、三年生の担任してるのよ。」
「へぇ、そうなんだ。」
有子には、想いを寄せている国語担当の先生がいる。有子自身は理科の先生だ。ところで、食育ってどんなことをするのかという疑問をぶつける暇もなく、有子の話が続く。
「それを言い出したのが、生意気な女の子で。昔も今もいるのよ、優等生な子が。」
「女の子って……小学校三年生だから、9歳か10歳くらい?生意気って、子供なんだし。」
苦笑いをした私に有子はキッと睨みつけた。
「甘い!子供でも女なのよ!お母さんが教育年熱心な人でさぁ。きれいで先生に色目使うの!親子で好きじゃないよのねぇ。子供も可愛いんだ、これが。」
色目な部分は本当かどうかはわからない。恋は盲目というし。
そして、先生なのに生徒が嫌いでいいのだろうかという疑問はほっておくことにした。まぁ、先生だって人間だし。
「んで?」
「そんなたわいもない話でも、先生と話せてラッキーくらいに思っていたのよ。そうしたら!算数の先生が話に加わってきたのよ。」
数学ではなく、算数なのは小学校の先生だからだ。
「算数の先生が加わったもんだから、話がへんな方向にずれて、オオカミが家を吹き飛ばすのに必要な力がどうとか、オオカミの肺の大きさ、どれくらいなら吹き飛ばせたと判断されるかとか、そんな話になっちゃって……。」
「あー、国語の先生ひいてたでしょ。」
「うん。」
そう言いながら、有子は大口で豚丼を食べる。
「でもそれに気が付かなくて。こっちは熱中しちゃってさ。そもそも豚はオオカミを食べるのかどうかとかさ、食べずに毛皮と肉にして売った方が価値があるんじゃないかさ。」
「あー、話がどんどんずれてるね。」
「でしょ?今、日本でなら、絶滅したオオカミを襲ったってことで、豚のほうが悪者になる話ができそうだよねぇ。」
有子は食べながら話を続ける。
「ホントは、あの人とエンディングが変わったことにおける、現代社会の教育の在り方について話したかったんだけどなぁ……。」
「……国語の先生と?」
「だめ?」
「いや!……立派だともう思うよ。」
確かに先生としては、立派だ。だが、そんな教育論で相手に恋心が生まれるかどうかは疑問である。
「ところで、豚ってオオカミを食べるの?」
話のついでに、聞いてみた。
「あー。なんにも食べ物がなかったら、食べるんじゃない?だって、草食じゃなくて雑食だし。イノシシだって、人を襲うし。あ、豚ってイノシシ系ね。」
「そうなの?」
私は目を丸くした。
「うん。最近の豚はないけど、牙だってあるしね。」
「そうなの!?」
私はますます目を丸くした。その様子を見ていた有子は言った。
「あー、国語の先生と同じ顔してるなぁ……。」
「へ?」
「やっぱり、理系と文系じゃダメかなぁ……。」
有子は豚丼の横についていたみそ汁をすすった。どうやら、今頃になって、文系と理系の違いに悩んでいるようだ。私に言わせれば、なにをいまさら?な感じである。
同じ、豚がテーマでも、国語は豚の心情、作品が書かれた背景、豚を使った慣用句やことわざを持ち出す。理系なら、生物学的にとか、育てるにはとか、食糧の問題などを持ち出すだろう。
私も最後のみそ汁を飲んで、聞いてみた。
「なに、あきらめるの?」
「……んー。心拍数が上がらなくなったら、あきらめようかなぁ。」
そう言って彼女は箸をおいた。