蝶の色 龍の夢 ―――side LAPIS
不思議な気分です――と、僕は言った。
「あなたとこうして話せる日が来るなんて」
目の前に、金色の龍が鎮座している。
さっきまでは薄いブラウンのサングラスをかけていたが、
不要な気でもしたのか外して横に置いた。
白のまじった半透明の鱗は大理石のようで
すべてが微妙な角度をつけて月光を反射している。
豊かな金のたてがみから覗くトの字のような形をした角はさしずめ真珠だろう。
爪は長くて鋭いが攻撃的な感じはしない。
ライオンにも似ているけれど、この威厳と神秘さは
やっぱり『龍王』と呼ぶのがふさわしいのだ。
ゆるやかなウェーブをえがく深みのある金髪、
きりっとした眉に射抜くような瞳、色白で彫りが深く鼻も高い。
いろんな人に「国籍不明」と言われると彼はいつか言っていたが
まさしくその通りだと思う。
彼は軽く眉をひそめて、なにやら考えごとをしている。
僕のことを考えているのだ。
僕が彼のことを考えているのと同じように。
彼の目に映る僕はどんなだろう。
長年憧れ続けた相手が、今 僕の目の前にいる。
僕の顔をまじまじと見つめて、僕のことを考えている。
ほんの短い間、上質な会話を心行くまで楽しむこれからの時間のために。
現実じゃないと判っていても嬉しい。
僕は笑って言った。
「・・・さあ、話をしましょう。
どんな話でもいい。
僕たちはそのためにここにいるのですから」
龍は思案顔をやめ、ひょいと眉をあげてからふっと笑顔になる。
「ああ、そうだな・・・」
僕達はひたすら話した。
音楽について、絵について、文学、漫画に映画まで。
そしてもちろんお互いのことも。
たしかに龍のことはいくらか知っていたけれど
でもここまで知らないはずだ、ということまでなぜか僕は知っていた。
好きな花、色、音楽、絵、小説・・・・すらすらと言い当て、当然のように話した。
龍は驚く様子もなくうなずく。
むしろこっちが驚かされたことに、龍は僕のことを何でも知っていた。
たった一度会って話したことはあるけれど
彼が覚えているとも思えない。
まあ、どうせそれはここが仮想現実だからだろうから
気にしても仕方ないか。
もちろん、『ぼく』には『ぼく』なりの根拠や理由があって
龍のことをここまで知っているのだし、
その根拠をもってすれば今ここで二人が話していることも
簡単に説明がつくんだろう。
ただ『僕』には支離滅裂にしか思えない。
なんだか他人の体に入っているみたいだ。
ええと、こういうの、なんて言うんだったかなあ。
不思議な気分だよ――と、龍は言った。
「キミとこうして話してるなんて」
僕は嬉しくなって自分の椅子の周りを舞って見せ、龍の肩に留まった。
そこでようやく僕は、自分が蝶だということに気付く。
「・・・俺はキミのことなんか何一つ知らないはずなのに、
どうして次々言葉が出てくるんだろうな」
長い爪で椅子の脚をつつき、
それからふさふさした長いしっぽでそこを払う龍。
自分でも判っているはずのことを模索しているみたいだ。
僕は、前から言ってみたかったことを言ってみた。
「それって、僕はあなただからじゃないですか?」
「キミが俺?」
なめらかな鱗はすべって足場が悪い。
落ちそう・・・と思ったところで、
龍は腕を少し上げて僕を支えてくれた。
「そうです。あなたは僕で、僕はあなたです。
でなきゃ初対面でこんなに知ってません」
「・・・そうか。やっぱり、キミは俺なのか」
僕は龍の肩を離れ、椅子に戻って脚を組む。
「ええ。僕はあなたで、あなたは僕です。
でも日常、僕らは全く別の人間として生きています。
現実で逢うことはたぶんないでしょう・・・
いえ、いいんです。
ここで逢うほうが邪魔が入りませんからね」
足を組み替えて、腕を組んで笑う。
腕を組んで、少し偉そうに椅子にもたれかかる。
龍はふと思い出したように声をかけてきた。
「あ・・・そうだ、あのさ、
今のこの状況ってなんて言うんだっけ?
現実じゃないんだけどマボロシじゃなくて、
デジャヴじゃなくて・・・」
「ん・・・今の状況、ですか?」
どうしてそんな簡単なことを聞くのか、ちょっと驚いた。
「やだなぁ、これは ですよ。
決まってるでしょ」
「え?」
あれ?
判ってるのに、ちゃんと話してるのに、
自分で自分の声が聞こえない。これ、なんだっけ。
「だから、 ですってば」
「ごめん、頼む。もう一回」
「・・・どうしたんです?」
「いいから!」
「今のこれは・・・」
あ。
そうだ。
あれは、
『夢』だ。
知ってるはずなのに言えなかったこと。
これは夢なんだと。
ただ、
布団の中にいる今が現実で
龍と話していたのが夢なのか
布団の中にいる今が夢で
龍と話していたのが現実なのか
僕には判らない。
知りたくもねえや、と僕は
開きかけた羽根をたたんでまた布団にくるまった。