episode-5 ~無心~
少し、時を遡る――――。
何年前かなどは気にしていないため、俺は覚えていない。
あの時は皆、いつも通り動き、いつも通りの天界だった。
そして俺はたまたま神のそばにいた。
しかし、いつもと違うのが起こった。
一つの人間の魂が、神の姿を目撃した。
――これだけならよくあることだ。
実際、天界にいる人間の魂の2割程は神の姿を見たことがある。
だが、その"目撃された少女"が神だと気付いた者は少ない。
仮に気付いたとしても、何も言わずにどこかへ行く。
天界はそういう人間の魂が集まる場所だからだ。
――だから、今回もたいしたことはないだろう。
そう思った。
そんな俺の予想をこの人間の魂は簡単に裏切った。
『あんたが、神様……だな? 俺はあんたに嫌われていたのかね……。』
ただの自分が不幸だったと感じた人間の、冗談混じりの疑問だろう。
この瞬間は、俺が特に気にかけることはなかった。
だが、すぐ横にいる神の反応に、俺はこの安易な考えを捨てた。
「え...」
神は驚き……とは少し違う、"無心の感情"の声を漏らす。
その声が俺に届くのと同時に、彼女のきれいな藍色の瞳から表情が消える。
――――それが、この世界の壊れる合図だった。
そんなこと、現段階での俺は知るよしもなかったが、俺の心は明確な恐怖に覆われていた。
――怖い。
単純な感情。
そして、その感情の先にいるのが自分が誰よりも慕っている"少女"であるという
何とも言えないふわふわした違和感。
このもやもやを追い払いたい。
しかし、俺はこの違和感が何なのかを考える暇もなく
この天界に起こった"異常"を目にしてしまった。
赤い
天界一面が赤い。
一瞬戸惑ったがよく見るとすべて人間の魂だった。
魂は、個々に様々な色をしていたはずだ。
それも、もっと柔らかい色。
もし俺がこの場所に居合わせなかったら状況がつかめなかっただろう。
でも、ついさっき目の前で起こった事態を見ていた俺には容易にこの状況がつかめた。
神にこの世界の調和をするほどの余裕がなくなった。
たったそれだけのことで、ここまで大変な騒ぎになるんだな。
俺がそう思った時には、無意識の内に神である美しい少女をを抱きしめていた――。
あまりに突然起こった目の前の事実に、意識を半分失いながら……
ずっと……
ずっと 抱きしめ続けた――――……