第21話 白い国の入口
聖教国の国境に差しかかったのは、出発から四日目の昼過ぎだった。
馬車の窓から見える景色が、じわじわと変わり始めた。草原が減り、白い石造りの建物が増えた。街道沿いの家も、柵も、橋の欄干まで、全て白か薄い灰色で統一されている。看板の文字にも、決まった書体が使われていた。
「徹底していますわね」
「信仰の国ですから。見た目の清潔さは、信心の表れとされているようです」
「中身が清潔かどうかは、別の話ですわ」
国境の検問所は、思ったより簡素だった。白い制服を着た係官が二人、馬車を止めて書類を確認する。シリルが事前に用意していた慈善活動の証明書と、貴族の身分を示す書状を差し出した。
係官がそれを眺め、馬車の中を一瞥した。私は穏やかに微笑んだ。リタは無表情のまま、ハサミには触れなかった。
「問題ありません。お入りください」
「ありがとうございます」
馬車が国境を越えた。シリルが小声で言った。
「思ったよりあっさりしていましたね」
「検問が厳しいのは、出る時ですわ。入ってくる人間より、出ていく人間を管理したい国なのでしょう」
「なるほど。帰り道は少し考えておく必要がありますね」
「ええ。特に、何かを持って出る場合は」
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聖教国の首都、ヴィタ・アルバに着いたのは翌日の朝だった。
白い、という言葉しか出てこない街だった。建物も道も、広場の噴水も、修道院の尖塔も、全て白で統一されている。王都とは全く違う景観だ。整然としていて、埃一つ落ちていない。
「綺麗ですわね」
「はい」とシリルが答えた。「ただ」
「ただ?」
「空気が少し、重い気がします」
私も感じていた。表面は清潔だが、何かが澱んでいる。換気が足りていない部屋のような、こもった感じだ。
宿は事前に手配してあった。慈善活動の拠点として使う、小さな宿舎だ。街の中心から少し外れた場所にあり、目立たない。
荷を解いていると、宿の管理人が挨拶に来た。四十代の女性で、白い頭巾をかぶっている。表情は穏やかだが、目が少し疲れている。
「遠いところからよくいらっしゃいました。何かご不明な点があれば、何でもお申し付けください」
「ありがとうございます。少し聞いてもいいですか。この街で、慈善活動をしている方はどちらに連絡すれば?」
「大聖堂の南側に、慈善局という部署がございます。ただ……」
女性が少し言葉を止めた。
「ただ?」
「最近、慈善局の方針が少し変わりまして。外からいらした方が活動しにくくなっている部分もあると聞いています。お気をつけて」
それだけ言って、女性は部屋を出た。
シリルが静かに言った。「カビが生えているのは、慈善局の内側かもしれませんね」
「あるいは、もっと上かもしれない」
私は窓の外の白い街並みを眺めた。清潔に見えるほど、汚れは見えにくい。見えにくいほど、根は深い。
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夕方、三人で街を歩いた。
大聖堂は街の中心にあり、白い石造りの巨大な建物だ。夕暮れの光に照らされて、橙色と白が混ざって見える。信者たちが列をなして礼拝に向かっていた。
その列の横を、白い制服の男が三人、早足で歩いていった。係官とは違う、もう少し上の立場の人間の制服だ。表情が険しい。何かを急いでいる様子だった。
「シリル、あの制服は」
「聖務局の人間です。宗教上の規律を取り締まる部署で、聖教国では警察に近い権限を持っています」
「聖務局が、急いでいる」
「何かあったのかもしれません。今夜、少し調べておきます」
宿に戻ると、管理人の女性が夕食を用意してくれていた。白いパンと、根菜のスープ、それから薄い色の果実酒だ。素朴だが、温かかった。
スープを一口飲んで、私は静かに考えた。
この街の白さは、清潔さではなく、塗り固めた壁の色かもしれない。剥がせば、その下に何年分ものカビが潜んでいる。
それを確かめるのが、ここでの仕事だ。




