09:おやすみ、おはよう?
「ちょ、ちょっと!」
揺すり起こすと、うみゃうみゃ言いながらおばさんが動いた。
ヤバイ、子猫みたいな声がなんか可愛い。
けどここで情け心を起こしたら僕の負けだ。だからもう一回揺すってみる。
「ここ、僕の部屋なんですけど」
「ふみゃ……? あれ、おはよ」
異世界人っていうのは、猫語で話すクセでもあるんだろうか?
そんなことを考えながら、僕はまだ寝ぼけてるおばさんに説明した。
「起きてくださいってば、ここは僕のベッドです!」
「そんなこと言ったって――あぅ、気持ち悪い」
なんだか具合が悪そうだ。異世界から移動してきたせいかもしれない。
「大丈夫ですか?」
「大丈夫、よくあるから。で、もう寝ていい?」
「ダメですよ、隣の部屋に行ってください」
「イヤよ。あそこ、寝る場所ないもの」
言ってることは分かる。
でもここで引き下がったら、僕の寝る場所が無いわけで。
「でもここでおば……じゃない、イサさんが寝ちゃったら、僕の寝る場所がないです」
「じゃぁあなたが隣で寝たら?」
至極当然、という顔でおばさんが答える。
それから「あ、そうか」という感じで、彼女はぽんと手を叩いた。
「じゃぁ、一緒に寝ましょ。それなら問題ないでしょ」
「いいいいいい一緒?! ダメですっ!」
何考えてるんだこの人は。
けど当のおばさんは、何がいけないのか全く分かってないみたいだった。
「いいじゃない、別に。何もしないし」
「そういう問題じゃないです! 隣空けますから! っていうか僕が片付けますから!」
言ってから気づいた。
墓穴だ。
巨大な墓穴を今、僕は掘った。
目の前のおばさんが、にこにこ笑いながら悪魔の宣言をする。
「ありがと、お願いね。こんなとこへ飛ばされたせいか、ホント調子悪くて。
寝て待ってるから、できたら起こして」
言うなりおばさんは、こっちに背を向けてころりと横になった。
よく見ると、おばさんの息が少し荒い。
少なくとも調子が良さそう、には見えない。
――これじゃ、起こせないじゃないか。
さすがの僕だって、具合の悪い人を無理やり起こして動かすなんてできないわけで。
だから泣く泣く僕は毛布を持ってきて、居間のソファで寝ることにした。
明日は絶対客間を片付けよう、そう心に誓いながら。
翌日僕が起きたときには、おばさんはもう目を覚ましてた。というか、居なかった。
「イサさん?!」
慌てて家の中を探し回ったけど、姿がない。
どこにもない。
だとするともしかして、昨日の騒ぎはぜんぶ夢で幻で、ホントは何もなかったのかもしれない――そう思ったけど、僕の寝床は誰かが寝た形跡がちゃんとあった。
どうやら夢でも幻でもなかったらしい。
だとするとおばさんは消えたか、どこかへ出かけたかだ。
もしやと思って台所へ行ってみる。
けど、おばさんの姿はなかった。そして、隣のズデンカさんから借りたお皿がない。
僕は隣家へ急いだ。
「ズデンカさん、見知らぬおば……じゃない、イサさん居ませんか?」
そう言ってドアを叩くと、すぐに扉が開いた。
うちに住み着いたおばさんを三人束ねたみたいな、押し出し感満載の、ここのヌシが出てくる。
「イサかい? 彼女なら中でお茶飲んでるよ」
「良かった……」
ほっと胸をなでおろした。
って僕、なんでイサさんのこと、こんなに心配してるんだろう?
とは言え、突然迷い込んできたお客が行方不明ってだけならともかく、死体で見つかったりしたら寝ざめが悪すぎる。
「入っていいですか?」
「もちろん。あんたもお茶でも飲んでいき」
そういえばいつも食事を取りに来てるのに、あがったことなんてほとんどなかったな、そんなことを思いながらドアをくぐった。
入ってすぐ、食堂と台所も兼ねた部屋に、イサさんの姿はあった。
真ん中の大きなテーブルのところで、のんびりお茶をすすってる。
「おば……じゃない、イサさん! 勝手にどっか行っちゃダメじゃないですか!」
「お皿返しに来ただけよ。何が悪いのよ。だいいちあなた、寝こけてたし」
答えに詰まる。
たしかにおばさんが出てっても気付かないほど、僕はよく寝てた。
けどだからって、黙って出てったら驚くわけで。
「ともかくやめてください。師匠に僕、なに言われるか分かんないじゃないですか」
「じゃぁ、次から夜中でも起こそうか?」
「そ、それは……」
また言葉に詰まる。毎日ただでさえ師匠に振り回されて、唯一安らげる睡眠時間まで妨げられるのは、さすがにゴメンだ。
ズデンカさんが口を挟んだ。




