07:カミサマありがとう
「イヤも何も、すぐ頼んでらっしゃい! 急に作る量が増えるのって、ほんっと困るんだから。ほら急いで急いで!」
「スタニフ、この人の言うとおりじゃ。とっとと行ってこんか」
二人に言われて、僕は泣く泣く立ち上がった。
いつも夕食を頼んでる隣の家は、幸い快く引き受けてくれた。
あのおばさんの言うとおり、早めに言ったのが良かったらしい。
「作り始めてからだったら、どうにもならなかったよ」とは、隣のズデンカさん――召喚されたイサさんに負けず劣らずおばさんだ――の言葉だ。
ともかく僕は今日のところは、夕食ナシという最悪の事態を避けることができた。
それだけは素晴らしい。
――他が頭痛いけど。
おばさんが帰れるのは、少なくとも五十日は先だ。
ということはあのおばさんはその間、たぶんこの家に居ることになるんだろう。
そうなると僕はずっと、あのおばさんに振り回されるわけで……考えるだけでも憂鬱だ。
これで言ってることが分からなければ聞き流すこともできるけど、きっちり理解できて、聞き流せないのがまた辛いところだ。
師匠が言うには、魔法陣のある地下は他の世界と繋ぐ関係で、ある程度両方の世界が混ざり合うらしい。
おばさんがこっちの言葉が分かるのも、そのせいだそうだ。
ただこれが曲者で、部屋を出ると分からなくなる。
けどそうなると、てきめんにおばさんの機嫌が悪くなる。
これほど始末に負えないのは、部屋中にはびこって退治できなくなったカビくらいだろう。
結局どうしたかというと、師匠が急いで小さい魔法陣をこしらえて、それをおばさんに持ってもらった。
これだと違う世界に行けるほどの力はないけど、二つの世界が微妙に混ざり合って、言葉なんかが通じるようになるんだそうだ。
で、おばさんはご機嫌になって、ご飯を食べてる。
その嬉しそうな顔がけっこう可愛く見えて、そう思ってしまう自分がなんだか節操がない気がして、なんとも微妙な気分だ。
そんな僕の前に、お皿が突き出された。
「何ですかこれ」
「もう要らない」
「――え?」
おばさんのお皿、まだ八割がた食事が残ってる。
好き嫌いかと思ったけど、よく見るとぜんぶが少しずつ減ってるから、そういうわけじゃないみたいだ。
「要らないって、ほとんど食べてないじゃないですか」
「要らないものは要らないの。それともあなた、食べないの?」
「た、食べます!」
これは天からの恵みだ。
僕におなかいっぱい食べられる日が来るなんて、想像もしなかった。
こういうことなら、おばさんって種族があと五人くらいいてもいい。
師匠がひとりごちる。
「世の中には、食物以外から力を得る御仁というのが居るとは聞いたが……そのたぐいなのかもしれんの」
なるほど、そういうこともあるかもしれない。でもどうだっていい。目の前にあるご飯がすべてだ。
嬉しさで涙が出そうになりながら、僕はおばさんの残した食事をほおばった。
けど、現実っていうのは父さんの言うとおりヒドいもので、僕にそれ以上の安らぎは与えてくれなかった。
「ねぇ、今晩あたしどこに寝るわけ?」
「寝る場所、ですか?」
「そう」
さっさと寝たい、そうおばさんの顔に描いてある。
「後で案内します……」
僕は憂鬱を声に乗せて答えた。
部屋は、ある。けっこう立派な客間だ。
師匠のところには誰も訪ねてこないのに、なんでそんなものがあるのかは分からない。
でも無いのに比べればずっとずっとマシだ。
ただ問題は「立派」なだけで、たぶんおばさんが気にいるとは思えないところだった。
おばさんは僕の気持ちなんてお構いなしに言葉を続ける。
「後でじゃなくて、早めに案内してよ。さすがに疲れたから、脚伸ばしたいし。
あと、この食器はどうするの?」
僕だってすごく疲れてる、そう言いたかったけどガマンした。
言ったら最後、きっと十倍は言い返される。
トラブルを避けたいなら女性に反論するなって、父さんも言ってたし。
「食器は洗って、料理と交換に返すんです」
当たり障りなくそう答えると、やおらおばさんが立ち上がった。
「どこで洗うの?」
どうやら洗ってくれるらしい。これはものすごくラッキーだ。
僕の仕事が減るなら、おばさんって種族がこの家に十人くらい居たっていい。
「こっちです~♪」
「ずいぶん嬉しそうね」
おばさんが怪訝そうな顔になるけど、僕はまったく気にならなかった。
食事が増えただけじゃない、雑用まで減る日が来るなんて、やっぱりカミサマは僕を見てくれてたんだ。
明日は久々に神殿へ行ってお祈りしなくちゃ。




