15:甘い蜜
ともかく僕が案内するんじゃなくて良かった。
そう思いながら、あとを付いていく。
長い廊下を歩いて、くぐり戸をくぐって階段を降りて。
大きな屋敷やお城はたいていそうだけど、ここの厨房も火事予防で、離れにあるみたいだ。
そうやってたどり着いた先は、大きなかまどが四つもある、立派な厨房だった。
「お連れしましたから、あとはお願いします」
案内人の声に、白いエプロンをした恰幅のいい人が振り返る。
「あんたかい、ジモンの言ってた、ふわふわのパンの焼き方知ってる人って言うのは。あたしゃウッラ・ペーデル、ここを預かってる者さ」
「初めまして、イサよ」
イサさんはにこやかに手を差し出したけど、僕は声が出なかった。
おばさんだ。ここにもまたおばさんだ。
たしかに厨房は、女の人が働いてることはある。
あるけど、お城でチーフの座まで行くのは珍しい。というか、僕は初めて聞いた。
何より、なんでこんなに「おばさん」づいてるんだろう。
ただでさえここに厄介なおばさんがいるのに、さらに追加しなくたっていいと思う。
本当に神様はヒドい。
イサさんのほうは、相手がおばさんなことをちっとも気にしてなかった。
きっと、自分もおばさんだからだろう。
「材料は何がいるんだい? 粉がいるのは分かるけどさ」
「あとは卵と油と、砂糖は……あるかな? なければ蜜ね」
「それなら山ほどあるよ。あと、粉は菓子用のでいいのかい?」
「んと……ともかくふんわり焼けるもの。ある?」
「ああ、あるよ。あと道具は何を用意すればいいかね」
二人が相談を始めて、僕はただ立ってるしかなくなる。
なんで僕、こんな場所でこんなことしてるんだろう?
まだ朝ごはんも食べてないのに。
しかもここは厨房なのに。
お預けを食らった犬の気分だ。というか、イサさんおかしい。
夕べだって大して食べてないのに、あの人なんでお腹空かないんだろうか。
そんなこと考えてたら、お腹が盛大に鳴った。
「あら」「おや」
おばさん二人が声を上げる。
「そういえばキミ、ご飯食べてなかったっけ?」
「あれま、じゃぁその辺のものでも食べるかい?」
厨房おばさんがそう言うと、あっという間に食べ物が並んだ。
「残り物だけどね」
厨房おばさんはそう言うけど、パンにチーズにスープまであって、しかもお城のなだけあって、師匠の家のよりずっと質がいい。
おばさんはみんな魔人だけど、飢えから解放してくれることだけは確かみたいだ。
必死にお腹を満たす僕を尻目に、おばさんたちはまだ相談を続けてた。
でもそれも、やっと終わったらしい。
「だいたい分かったよ。ちょっと待ってな」
厨房おばさんが手を叩いて、下働きの少年――だいたい台所の働き手は男だ――を呼ぶ。
「いいかい、いま言った物を持っておいで。割るんじゃないよ」
怯えた顔でこくこくうなずいて、少年が走り去った。
きっと彼も、「おばさん」って種族の怖さを、日々思い知ってるんだろう。きっと僕と気が合うに違いない。
しばらくすると、少年が大急ぎで戻ってきた。
僕が食べてる皿に、視線が突き刺さる。
もう朝ごはんは終わってるはずなのに、僕のまで食べようって言うんだろうか?
隣じゃおばさんが、びっくりした声を出してた。
「ここ、こんなに砂糖あるの?」
「そりゃあるさ」
そんな話を聞きながら、なるほどと思った。
僕らにとってお城に砂糖があるのは不思議じゃないけど、ふつうのユラの村から来た異世界のおばさんには、びっくりすることだったんだろう。
で、当のおばさんは上機嫌だ。
「これなら楽だわー。蜜で作ったときは苦労したのよね」
言いながら、手際よく粉だのなんだのを計ってる。
「砂糖と粉が同量なのかい」
「うん。あとだいたいこの半分の、水と油と……」
「油がバターじゃないってのがね。ふつうはそっちなんだけどねぇ」
「これがキモなのよー」
とりあえず、二人とも楽しそうだ。
これなら僕のほうには、当分矛先は向かないだろう。
ひたすら様子を黙って見つめる。
父さんもいつも、機嫌がいい女の人にはぜったい水を注すな、一生恨まれかねない、って言ってたし。




