12:「自由」な生活?
「布団は軽いから、あたし干してくる。あとシーツを洗い場に持ってけばいい?」
「頼むよ。その間にあたしゃ、ここらの床、掃除しちまうから」
気付けば昼になる前に、客間はあらかた掃除が終わってた。
あとは出して分類したものを、棚に戻すだけだ。それを指示されるとおりに――なんで僕、言うこときいてるんだろう――入れていく。
「うん、思ったとおり」
おばさんがにこにこしながら、ひとりでうなずいた。
思ったとおりって言うのは、物の収まり方だろう。
僕もびっくりだけど、あれほどあふれ出してたはずのものが、ぜんぶ棚に入りきってしまったのだ。
「何の魔法ですか……」
「別に魔法じゃないわよ。分けて、要らないもの捨てて、ちゃんと揃えてしまえばこうなるの。最初に部屋見てわかんなかったの?」
「わかりませんよ……」
わかってたら、僕だってやってる。
というか、見ただけで物の量としまえる量が分かるなんて、このおばさんの頭の中、どうなってるんだろう?
「あーよかった、ズデンカ、ほんとにありがと。これで今晩はゆっくり寝れるわー」
「なーに、あたしも前から、この家は掃除したくてね。すっきりしたよ。さて、お茶にでもするかい?」
おばさん二人が、今度は我が物顔で台所を占拠して、お茶を淹れ始める。
「ここの台所もヒドいねぇ」
「そのうちやったほうがいいかもね」
おばさんには絶対逆らっちゃいけない。僕はそう心に深く刻んだ。
片づけの一件以来、イサさんとズデンカさんは、すっかり打ち解けてしまった。
しかもそれだけじゃなくてイサさん、ズデンカさんの友だちとも仲良くなってしまった。
そして今じゃこの屋敷の広い食堂は、おばさんたちの溜まり場だ。
僕としてはすごく複雑だった。
おばさんたちが遊びに来るときは、必ずと言っていいくらい、手土産を持ってきてくれる。
それは料理だったり、手作りのお菓子だったり、野菜だったり、チーズだったり……ともかくそのおかげで、僕の食糧事情は素晴らしく改善した。あのひもじかった日々が、嘘みたいだ。
ただ、なんか肩身が狭い。
ここは師匠の屋敷で、僕はその一番弟子、しかもただ一人の弟子のはずな
のに、屋敷の中にいまひとつ居場所がない。
ならばと部屋に籠って静かにしてると、必ず呼び出される。
それも食べ物付きで、ってところが卑怯だ。拒否できるわけがない。
そんなわけで僕はいつも食堂へおびき出されて、おばさんたちの井戸端会議の中に無理やり入れられて、愚痴や噂話を聞くのが日課になってしまった。
唯一呼び出されないのは師匠の研究を手伝ってるときだけど、それはそれでコキ使われるから、心の休まるときがない。
ちなみに師匠のほうは、見事に逃げ切ってる。
午前中はいつも寝てるし、お昼どきはおばさんたちは一回帰るから、朝食という名の昼食を食べに出てきた師匠は顔を合わせない。
午後は研究室にこもりっきりで、おばさんたちもさすがにその邪魔はしない。
そして夕方にはみんな帰るから、師匠は一日中「おばさんフリー」な生活だった。
――やっぱり神様は不公平だ。
僕がこんなに苦労してるのに、どうしておばさんたちや師匠は、あんなに好き勝手してるんだろう。
「おやスタニフ、どしたんだい? 深刻な顔して」
「ズデンカ、訊いちゃ可哀想だろ。きっと彼女にふられたんだよ」
「え、キミにカノジョなんていたの? ずーっと家にいるから、そんな人いないんだと思ってた」
「イサ、ホントのこと言ったら気の毒だよ」
僕を囲んで、いつもこの調子だ。
ただ時々、意外な噂も聞けた。
「そういやイサ、あんたが教えてくれたお菓子ね、お城の料理人が教えてくれないかってたよ」
「お菓子って、ビスケット?」
「違う違う、ほら、ふわふわしたパンさ。姫さまに差し上げたいんだと」
「あぁ、シオンね」
ズデンカさんのいちばん上の息子は料理好きで、修行に出て今はお城の厨房にいるって聞いたから、そこから料理人の耳にまで届いたんだろう。
そういえば何日か前、ちょうどズデンカさんのところに、お茶の葉を取りに戻ってきてたし。
そしてイサさんが作ったシオンとか言う、陶器のコップに生地を入れて焼いて、最後に逆さにして冷ましたパンみたいなお菓子は、たしかにふわふわで美味しかった。
あれはぜったい、貴族の食べ物だ。
姫さまにって言うのもわかる。




