11:僕の遠大な計画
「スープ、食べますか?」
「食べる食べる」
師匠は午前中はだいたい寝てる。だから待っても仕方ない。
「どうぞ」
温めたスープと切ったパンを出すと、おばさんから抗議が来た。
「多い」
「残りは僕が食べますから」
「ならいいけど」
どうやらおばさん、僕の遠大な計画には気付かなかったらしい。
夕べ見たとおり、おばさんはすごく少食だ。僕の半分どころか四分の一食べるかどうかだ。
だからおばさんに一人前の食事を出せば、当然残って、それが僕のところに来る寸法だ。
これならおばさんがいる限り、僕は飢えから解放される。
素晴らしすぎる。
いなくなったときが困るけど、それはしばらく先だし、考えると悲しくなるから考えないでおくことにした。
「ごちそうさま、あとはあげる」
予想どおり、おばさんは半分以上残す。
大して減ってないスープと、二切れ渡したパンのほとんどがこっちへ来た。
――神様ありがとう! これで僕はしばらくの間、師匠に文句を言われることなく、おなかいっぱい食べられます。
やっぱり今度ちゃんと神殿へ行ってお祈りしよう、そう心に誓った時だった。
「イサ、いるかーい?」
ドア越しに、よく響く女性の声。
「手が空いたからさ、来てみたんだ。掃除するんだろ?」
声の主は、さっきスープを作ってくれた、隣のズデンカさんだ。
おばさんが立ちあがってドアを開ける。
「ありがと、助かるわぁ」
「なーに、こういう力仕事は、あたしみたいのが向いてるさね。あんたの身体に細腕じゃ、すぐ倒れちまうだろ」
茫然とする僕なんかお構いなしで、ずかずかズデンカさんが入ってくる。
「どこを掃除するんだい?」
「あ、こっちこっち」
イサさんがまるで自分の家みたいに、ブラシとモップとバケツを抱えたズデンカさんを案内した。
「ここなのよー。今晩からここで寝なきゃなんだけど、ヒドいでしょ?」
「こりゃヒドいね。人が寝るようなとこじゃないよ」
僕は慌てて頭を振って、両頬を手ではたいた。
茫然として固まってる場合じゃない。
「や、やめてください。勝手に触ったら、師匠になんて言われるか」
「じーさんなんて知らないわよ。ここで寝ろっていうんだもの、こっちには片づける権利があるわ」
「そうそう。それにこんな部屋放っておいたら、そのうち病気になっちまうよ」
「だいいち誰も、捨てるなんて言ってないでしょ。整理して掃除するだけ」
「まーだいぶゴミも混ざってるみたいだがね」
倍加したおばさんたちから、多重攻撃が繰り出される。もう誰にも止められなさそうだ。
「さー始めましょ」
「さっさとやらないと、日が暮れちまうしね」
――神様なんか大嫌いだ。食糧難から解放されたかっただけなのに、僕に代わりにこんな試練を与えるなんて。
師匠が起きたらなんて言い訳しよう。きっとすごく怒るに違いない。憂鬱すぎる。
そうやってため息をつく僕に、容赦なく声が飛んだ。
「ほら、これ持って!」
「は、はい……」
おばさんたちの迫力がすごすぎて、逆らえない。
父さんの言うとおりだ。女の人が思い込んだら、自分で止めるまで放っておくしかないんだって言ってた。
そしてその間は、なるべく言うことを聞くようにしないと自分に矛先が向いて、もっと大変なことになるとも。
父さんの言ってたことは、いつだって正しい。間違ってたことがない。
けどそのとおりにしてると、なんだか悲しくなってくるのも事実だ。
情けなさ満載のまま、僕は片づけを手伝い始めた。
部屋の中、あちらこちらに置いてあったものが食堂に運び出されて、テーブルの上に積まれていく。
「キミ、これとっとと分類して! 魔法なんてあたしわかんないんだから。じゃないと、テキトーに片づけちゃうわよ」
「そ、それはやめてください!」
そんなことをされたら、大事な資料まで行方不明だ。
中には王様だってそう簡単にお目にかかれないような、古い時代の魔道士が書いたものだってある。
僕は慌てて、分類作業に取り掛かった。
たくさんの魔道書、有名な歴史書、兵法書、魔法の道具、触媒、あとは日記にメモにゴミに……なぜか裸の女の人の写し絵まで出てくる。
「やっぱり若いわねー」
「ちちち違います、師匠のです!」
「嘘言わなくていいわよ。男の子はそうじゃなくちゃ」
抗議したけど取り合ってくれない。
おばさんなんてもうイヤだ。
けど家の中を掌握する魔人が二人もいるというのは、想像以上にものすごいことだった。
あの手がつけられなかった部屋が、どんどん片付いてく。




