01:僕は歴史に名を遺す
「よいかスタニフ、ぬかるでないぞ。
これが成功すれば、理論が実証されるのじゃ」
「分かってます、師匠」
「ならばよい。
それからその魔法陣、合図するまで触れるでないぞ」
薄暗い部屋の中に僕は居た。
かなり広くて、ベッドをいくつか置いてもまだ平気だと思う。
ただ地下だから、窓は明り取りが上のほうにある程度だ。
しかもその明り取りぎりぎりまで、壁という壁がすべて本棚になっているから、けして明るいとは言えない。
だいいちそうじゃなきゃ、明かりをわざわざ灯したりしない。
広い部屋の半分は作業台と机と、あとはガラクタにしか見えないものが占領していた。
ただ残り半分は何も置いていなくて、僕が今いるのはそこだ。
目の前の床には、両手を広げたくらいの大きさの魔法陣。
他にも大小幾つかある。
要するにこれのために、この部屋は半分が空けてある。
じゃなきゃ三日もしないうちに、床は何かで埋め尽くされる。
そんな散らかしの離れ業を為すのが、今この部屋にもう一人居る老人で、僕の師匠だ。
偏屈で、気分屋で、頑固で散らかし魔。
「付き合い辛い」を絵に描いたような人だけど、魔法の腕はピカイチだ。
そんな人が、なんでこんな片田舎に居るのかは知らない。
でも昔は都に居たらしいから、あの偏屈さでトラブルを起こして、ここへ引っ込んだんだろうと思ってる。
訊く気はなかった。
うっかり訊いて師匠のご機嫌を損ねたら、どんなお仕置きをされるか分かったもんじゃない。
「ではこれから、呪を唱える。
それが完全に終わって合図するまで、けして触れるな」
「はい」
また同じことを言われたけど、素直に返事する。
今師匠がやろうとしてるのは、異世界とこことをつなぐ実験だ。
そんな歴史に残るかもしれない実験に参加させてもらえるんだから、ここは逆らわないほうがいい。
師匠が呪文を唱え始めた。
前に試したときにも聞いたけど、すごく長い呪文だ。
隣の家まで行って、戻ってこれるくらいの間続く。
それを全部覚えてるんだから、年寄りの割りに師匠の記憶力はすごい。
――誰かに頼まれたことはすぐ忘れるけど。
そのおかげで、何度神殿やらご近所に僕が頭を下げたか分からない。
なのに弟子の僕が悪いことになってしまったりで、この辺はすごく理不尽だと思う。
でも、我慢だ。
何しろ僕は、魔道士ザヴィーレイのただ一人の弟子なんだから。
絶対に弟子は取らなかった人が、なぜか僕だけは弟子にしてくれた。それは凄い事だ。
師匠の呪文はまだ続いてる。その間僕は、じっと立ったまま待ち続ける。
ただ試したときと違って、今日はあんまり退屈しなかった。
さすが本番なだけあって、魔法陣の様子が少しずつ変わっていく。
石の床に白い粉で描いただけのものが、だんだん光を帯びていく。
これが完全に光で満たされると、陣の完成だ。
そうしたら僕がその中に踏み込んで、異世界へ行く。
今まで、誰も行ったことがない。だから僕が初めてだ。
成功すれば、僕の名前は「初めて異世界に行った魔道士」として絶対に魔法史に残る。
師匠が機嫌を損ねて途中でやめたりしないよう、ただただ黙ってじっと待つ。
そうしてやっと呪文が最後になって、魔法陣が光で満たされて、師匠が僕に合図を――しようとしたそのとき、カン高い声が響いた。
「いやだ、なにっ!」
慌てて周りを見回す。
けど、僕と師匠のほかには誰も居ない。誰かが屋敷に入ってきた様子もない。
「どいてどいてーっ!」
切羽詰った声と同時に僕に何かが激突して、思いっきり後ろへ吹っ飛ばされた。
そしてキキーッという、何かがこすれるような音。さらに。
「ちょっと、ここどこよっ!」
女の人の怒声。僕はくらくらしながら起き上がって、呆然とした。




