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【短編小説】お嬢さん方、詩人と付き合いなさい

掲載日:2025/12/18

 張り付いたシャツが剥がれない。

 分厚い雲の下で湿気は行き場をなくしている。

「アローアロー、聞こえるかい?」

「そうかい、それは良かった」

 駅前の喫煙所で通信を傍受する。

 そこにいるのはどこから見ても破壊された男。男は嗤いながら遠い昔の彼自身が持つ記憶と通信をしていた。

「アローアロー」

 誰だって眠る前にやるやつだ。

 だが普通の人間はそれを声に出したりしない。少なくとも白昼、人前で。

 俺は頭の中で昔に観たヤクザ映画のメロディーを流しながらアルミフォイルの代わりにする。

「俺も破壊されない為だよ」

 短くなった煙草を銀色の箱に落とす。



 彼がどうして破壊されたのかを俺は知らない。

 もしかしたら元から壊れていたのかも知れないし、逆に俺だけが壊れていないのかも知れない。

 俺だけが壊れている可能性もあるが、それは俺だけが壊れていないことと等しい。

 例えば高速道路をみんなが逆走しているなら、それは自分が正しいのか間違っているのか判断できるか?

 もしくはみんなが落下していくのを見ているような感覚ならどうだ?



「アローアロー、聞こえているかい」

「労働コーリング、労働コーリング」

──アローアロー、こちら労働コーリング。

 現実の入射角と夢の反射角が等しいかどうかを調べていると人生の半分が終わってしまった。

 夜だと言うのにエナジードリンクを飲むような愚行権が僕にもあり、つまりイマジナリーラインを越えた先の世界で僕は俺を見ている。

 もしかしたら俺が僕を見ているのかも知れない。


「アローアロー、聞こえているかい」

「アローアロー、聞こえているよ、ご機嫌いかが」

 僕が俺と言い出したのは小学三年生の頃だった。

 俺と言う漢字を辞書で調べた春の日も憶えている。

 俺は少年ジャンプより先に辞書を読んだ。

 それがそもそもの間違いなんだよ、分かってるだろ。

 俺はその時にラインを越えた。

 飛び越えてしまったんだよ。



「アローアロー」

「アローアロー」

 不愉快な同級生たちがラインを越えた先に立っている。

 それがイマジナリーラインかどうかは俺には分からない。

 ただ俺や僕と同じ顔をして、ポケットに手を突っ込んだままで立っている。

 僕が会いたい同級生はそっちじゃない。

 そいつは俺の可能性や可能性だった存在だ。


「アローアロー」

 いや、その言葉は喉まで出かかって引っ込めた。

 会いたくもない人たち。

 実際の同級生たち。

 ただ僕にとって彼らは不愉快極まりない存在で、彼らの子どもがコンカフェに入れ込んで人生を柔らかく破壊して欲しいと思う。

 または彼らの細君でも構わない。

 親が追証を払い続ける人生になったっていい。

 僕はその日に枕を高くして眠ろう。



「アローアロー」

 深夜の通信。いつもの通信。

 薄暗い押し入れの向こうにいるのが俺か僕かどうにも良く見えない。

「アローアロー、お前は誰だ」

 闇の中でフライトジャケットの赤いタグを外す。

 リムーヴビフォアスリープ。

 俺は分度器で入射角を調べる。

 分度器の向こう側にいる僕と目が合う。

 俺は僕を遠くに追いやる。

 喫煙所の灰皿に煙草を落とすように。

 僕が俺に遠くから話かける。

 俺は聞こえないフリをする。

 昔に観たヤクザ映画のメロディーを頭の中で流す。

 アルミフォイルを巻く代わりに。

 だから俺は彼じゃない。俺は破壊された男じゃない。



 アロー!

 俺は産まれる時に母親の胎内で赤いタグを引いただろうか。

 柔らかく埋もれる中指を見ながら思い出そうとしても分からない。

 入射角と反射角が等しい夜中に俺と僕は出たり入ったりしながら俺と僕の境界線を曖昧に溶かしていく。

 アローアロー!愛しているよ!

 高速道路を逆走する車たちを避けながら言う。

 アローアロー!愛しているよ!

 ぼくらの周りをビルが勢いよく昇っていく。



 俺たちは手を振る。

 あなたに、あなたに。

 アロー。

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